第19話 魔法にかかればSPFとPAの概念ガン無視のようです
「よし、星の砂に紫外線を反射する魔法をかけて、日焼け止めクリームを作ろう!」
材料が揃ったところで、
「星の砂にかけた魔法の効力って、どれくらい持つの?」
「半年は持つだろうな」
「凄い! SPFとPAの概念ガン無視!」
半年という常識外れな回答が飛んできて陽葵はギョッとする。一方、ティナはその凄さにあまりピンと来ていない様子。
「えすぴー……なんだそれは?」
「紫外線によるダメージを防止する数値を表わすものなんけど……ティナちゃんの魔法があれば関係ない話だよ」
「そうか」
ティナにかかればSPF50オーバー、PA++++オーバーの完全防御の日焼け止めクリームが作れそうだ。やっぱり魔法は凄まじい。
それからティナは瓶から星の砂を匙で取り出す。木の板に平らに広げると、魔法をかけた。
「パラドゥンドロン」
ポンと小気味いい音が響く。魔法がかかった合図だ。
「これで太陽の光を反射できるようになったぞ」
「ありがとー! じゃあ、さっそく作っていこう」
陽葵は前回乳液を作ったときと同じように、ホホバオイルと精製水を別々のビーカーに入れて湯せんにかける。
温まった頃合いにホホバオイルの入ったビーカーに星の砂を少量ずつ入れて混ぜ合わせた。そこで陽葵は、じーっとティナを見つめる。
「ティナちゃん」
「前回と同じってことは、魔法で水と油を混ぜればいいんだな」
「そのとおり!」
最近はいちいちお願いをしなくても、やりたいことが伝わるようになった。ティナはやれやれと肩を竦めながらも魔法をかけてくれた。
「す、凄いです……」
ティナの魔法を目の当たりにしたリリーは、部屋の隅で目をキラキラとさせていた。
尊敬の眼差しを向けているリリーを見て、なぜか陽葵の方が誇らしくなる。むふふっと得意げな顔をしていると、ティナから「なにニヤニヤしてんだよ」とツッコまれた。
その後はクリーム状になるまで混ぜ合わせればベースは完成だけど、せっかく植物に詳しいリリーがいるのだからちょっとアレンジしてみたい。
「リリーちゃん! 日焼け止めクリームに混ぜたい植物ってあるかな? 保湿作用のある植物とか、消炎作用のある植物とか好きに選んでいいよ」
突然話を振られたリリーはびっくりしたように肩を跳ね上がらせる。
「わ、私が選んでいいんですか?」
「うん。今日の日焼け止めクリームはリリーちゃんのために作っているんだから」
「私のため……」
リリーは驚いたように目をぱちぱちとさせている。そこでティナもリリーに伝えた。
「植物エキスだったら、こっちの棚にある。好きなのを選んでいいぞ」
「あ……ありがとうございます。魔女様」
ティナからも許可されたところで、リリーは遠慮がちに植物エキスの並べた棚に近付く。小瓶を見比べながら悩んでいる中、ポツリとある植物の名を口にした。
「エーベルナーズ……」
聞きなれない植物の名を聞いて陽葵は首を傾げる。咄嗟に近くにあった植物図鑑で調べた。パラパラとページをめくると、リリーが口にした植物を発見。
「あ! エーデルワイスだね!」
キク科の多年草で、白くて可憐な花を咲かせる。古くから薬草としても用いられていて日焼けによる抗炎症作用もある。リリーは植物に詳しいだけあって、ぴったりな成分をチョイスしてくれた。
「いいね! エーデルワイス。ティナちゃん、アトリエにストックある?」
「あるぞ。馴染みの商人が山に登った時に大量に仕入れたからな」
「よかったぁ。じゃあ、エーデルワイスのエキスを入れようか」
ティナが出した小瓶から、エーデルワイスエキスをスポイトで一滴取る。それをクリームに混ぜ合わせた。
その様子を見ていたリリーは、頬を緩ませる。
「私、エーベルナーズの花が一番好きなんです。花言葉も素敵なんですよ」
「え? この世界にも花言葉なんてあるの?」
花言葉なんてもとの世界だけの文化だと思っていたから驚いた。美しい花に言葉を宿したくなるのは、異世界でも同じなのか……。
「ちなみにエーベルナーズの花言葉は?」
陽葵が尋ねると、リリーはふふっと小さく微笑みながら答えた。
「大切な思い出です」
そう話すリリーは、エーデルワイスの花のように奥ゆかしくて可憐な少女に見えた。
「今日、ヒマリさんに出会えたのも、いつか大切な思い出になるのかもしれませんね」
ふわり、と柔らかい微笑みを向けられると胸の中が温かくなる。今日の出会いを大切な思い出として捉えてくれていることが嬉しかった。陽葵は感極まってリリーの両手を掴んだ。
「リリーちゃん! 私にとっても今日という日は大切な思い出になるはずだよ!」
「ヒ……ヒマリさん落ち着いて」
「可愛いエルフちゃんとお近づきになれた日を、佐倉陽葵は決して忘れることはないでしょう!」
「ふっ……大袈裟だな」
ティナからは鼻で笑われた。相変わらずクールな魔女さんだ。
~*~*~
そんなこんなで無事に日焼け止めクリームが完成。仕上げにクリームを腐らなくする魔法もかけてもらったから品質保持の面でもバッチリだ。
出来上がったクリームは、ジャムの瓶のような口の広い瓶に詰める。キュッと蓋を閉めてからリリーに手渡すと、物珍しそうに中に入ったクリームを眺めていた。
「これを肌に塗ればいいんですか?」
「うん。お出かけ前に顔や身体に塗ってね。あ、肌に合うか心配だから、全体に塗る前に二の腕に塗ってかぶれないか確かめてみてね。一日程度様子を見て、問題なければ他の部位にも使って大丈夫だよ」
「分かりました。まずは二の腕で試してみますね」
リリーは小瓶を大切そうに両手で持ちながら頷いた。
「素敵なものを頂いてありがとうございます。それでは、私はこれで……」
ぺこりと頭を下げながら、リリーは店を後にしようとする。その姿を陽葵とティナが見送った。
「こちらこそ、道案内してくれてありがとう! 日焼け止めクリームの感想も今度聞かせてね」
「もう暗くなってるから気を付けて帰れよ」
「はい。魔女様もありがとうございます。では、失礼します」
チリンチリンと、扉の鈴を鳴らしながらリリーは去っていった。パタンと扉が閉まってから、ティナは陽葵に尋ねる。
「あの日焼け止めクリーム、店でも売るつもりか?」
「うん、そのつもりだよ。商品として売るなら安定性試験もしないとね」
「原価計算をして売値を決める必要もあるな」
「原価計算……」
「おい、遠い目をするな。商売をするからには目を逸らせないところだぞ」
「さーて、実験器具の後片付けをしよーっと」
ティナの言葉は聞こえなかったふりをして、陽葵はビーカーや匙を片付け始めた。そんな陽葵を見て、ティナは呆れたように溜息をついた。
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