第16話 エルフちゃんに出会いました

 陽葵ひまりは植物図鑑を片手に森の中を彷徨っていた。


「えーっと、これはカモミールかな? あー……でもあんまり自信ないなぁ……」


 足もとに咲いている白い花と植物図鑑のイラストを見比べる。写真であれば判断しやすかったが、イラストでは合っているのか間違っているのか判断が付かなかった。


「こんなことなら、もっと植物の勉強もしておくべきだった」


 はあ、と溜息をついて頭を抱える。野生の花を見て、パッと名前を言い当てられるほどの知識がない自分を呪っていた。


 陽葵が森の中を彷徨っている理由は他でもない。化粧品の原料になる植物を探すためだ。


 ラベンダー、もといラバンダがこの地にたくさん生息していることは分かったが、それだけでは化粧品原料としては不十分だ。この辺りで入手できる原料が他にもないか調査しておきたかった。


 しかし、植物の知識の乏しい陽葵は、植物図鑑を片手に首を傾げるばかり。


「ティナちゃんが居てくれたら心強かったんだけど……」


 頼りにしていたティナは、この場にはいない。店番をしているからだ。お店が繁盛しているいま、陽葵とティナが二人して店を離れることはできなかった。


「お店が繁盛したのは嬉しいんだけど、圧倒的に人手が足りないんだよなぁ」


 最低でもあと一人は人手が欲しい。そうすれば、陽葵とティナは開発に時間がさける。


 いまはラバンダ化粧水と乳液のみのラインナップだが、できればもっと商品を増やしたい。そのためには開発に専念できる時間が必要だった。


 今日の原料調査だって、お客さんの波が途絶えた隙に抜け出してきた。もちろんティナには承諾してもらったが、『あんまり遅くなるなよ』と釘を刺されていた。


 だからこそ、短時間で調査を完了させて、店に戻る必要がある。


「とりあえずカモミールらしき植物を発見できたのは収穫かなぁ」


 陽葵は足もとに咲いたカモミールらしき植物を摘んだ。これは化粧品原料として使えそうだ。


 化粧品原料の一つに、カミツレエキスというものがある。ジャーマンカモミールの花から抽出されたエキスで、保湿効果や消炎効果が期待できる。乾燥した肌や肌荒れが気になる肌にはおすすめの原料だ。


 目の前の植物にも同じような効果があるのなら、化粧品原料としても使える。帰ったらさっそくティナに、この花の効能を聞いてみようと決意した。


「そろそろお店に戻ろ―っとー……」


 陽葵はカモミールらしき花を片手にもとの道を戻ろうとする。……が、目の前には二手に道が分かれていて、どっちからやってきたのか分からなくなっていた。


「こんな時は、グールル先生!」


 黒のワンピースのポケットからスマホを取り出そうとする……が当然そんなものがあるはずがない。


 迷子。

 そんな恐ろしい文字が、目の前にドンと落ちてきた。


「森で迷子はマズいよ……」


 森で遭難したら命にかかわる。ましてはここは、もとの世界とは勝手の違う異世界。モンスターもいるという言葉を思い出してゾッとした。


「スライムだったら避けて通れば大丈夫かもしれないけど、ゴブリンとかオークが出てきたらどうしよう……走って逃げられるかな?」


 あくまで戦う意志はない陽葵。モンスターと出くわしても【逃げる】一択だった。


 とりあえずは道幅の広い方向へ進んで行く。しばらく歩いていると、見覚えのない景色が広がっていた。


 木々の隙間からは川が見える。こんなのは行きでは見なかった。


「絶対間違えた……」


 ひとまずは迷った地点まで戻ろうと振り返ったが、目の前には三手に道が分かれていた。どの道から来たかは、もはや分からない。


「つ、詰んだ……」


 陽葵はガックリと膝から崩れ落ちた。迷子確定だ。


 道を確認せずにふらっと森で探索を始めた自分を呪った。久々に本気で泣きそうになっていた。


 だけどいつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。陽葵は気を強く持って立ち上がった。


 それから先ほど視界に入った川を眺める。


「そういえば、古代文明は川の流域で栄えたって世界史の授業で習ったような……」


 エジプト文明やメソポタミア文明のことだ。川の近くには町がある……かもしれない。町に辿り着ければ、道を聞くことだってできる。


 そんなあやふやな知識を頼りに道を選んでいる時点で、陽葵の負けは確定だ。不安しかないが、一縷の望みにかけて陽葵は川沿いを歩き始めた。


 陽の光を遮る木がなくなったことで、紫外線が容赦なく降り注いだ。


「この国って、気温は低いけど紫外線は強いんだよなぁ」


 汗を掻くほどではなかったが、陽の光に晒されるのはキツイ。日焼け止めクリームを塗っていない無防備な状態では、あっという間に日焼けしてしまう。


 陽葵は近くに落ちていた大きな葉っぱを拾って、日傘代わりにしながら歩いていた。頼りなさはあるが、ないよりはマシだ。


 川の流れる音を聞きながら、ザクザクと砂利道を進む。すると人影を発見した。


 金色の長い髪を携えた小柄な少女。見た目はティナと同じくらいの10代半ばに見える。瞳の色は優美さを感じさせるエメラルドグリーン。耳は長く尖っていた。


 あの生物を陽葵は知っている。あれはまさに……。


「エルフだ……」

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