第13話 リス族の発明家さんも化粧品に興味津々

 町の中央広場で化粧水と乳液を売り始めたが、これが予想以上の大盛況。人だかりが出来ていることでさらに人が集まり、陽葵ひまりたちはたくさんのお客さんに囲まれていた。


「これならすぐに完売できそうだね!」


 残り少なくなった在庫を眺めながら微笑むと、いつもはクールなティナも満足そうに頷いた。


「まさかこんなに上手く行くとは思わなかった。ヒマリの呼び込みのおかげだな」

「いやぁ、それほどでも~、あるかなっ!」


 あえて謙遜しない陽葵を見て、ティナは「調子のいいやつ」とツッコみを入れた。


 すると、人だかりの中に異質なお客様が混じっていることに気付く。


 腰まであるふわふわとした赤茶色の髪に、大きくて真ん丸な瞳。まだ幼さの残る顔立ちから10代前半と推測できる。


 そんな彼女が周りの女性達と大きく違うのは、頭にぴょこんと付いた三角の耳。お尻には、ふさふさとした尻尾が付いていた。明らかに普通の人間ではない。


「もしかしてあの子って……」


 陽葵が注目すると、ティナも存在に気付く。


「ああ、あいつはリス族だ。前にも話しただろ。町には発明家がいるって」

「リス族の発明家さんか!」


 噂に聞いていた発明家と対面して、陽葵は目を輝かせる。まさかこんなすぐに会えるとは思ってもみなかった。


 リス族の少女は、真ん丸な瞳を輝かせながら化粧品と乳液を交互に見つめる。


「それはなんですの? ただの魔法薬……ではなさそうですね」


 目の前に並んだ小瓶の正体が知りたくてウズウズしている。よほど興味を示しているのか、大きな尻尾がゆらゆらと揺れていた。


 リス族の少女が尻尾を左右に揺らすたびに、周りの女性達にぶつかっている。くすぐったそうにしている女性達の姿はまるで目に入っていないのか、少女はまじまじと商品を観察していた。


「おい、ロミ。また尻尾がご迷惑をかけているぞ」


 ティナが指摘すると、ロミと呼ばれたリス族の少女はハッとした様子で尻尾の揺れを止める。


「ごめんなさい! 何かに夢中になると、尻尾が疎かになってしまうのです」


 ロミは周りの女性達にペコペコと頭を下げる。素直に謝られたことで、女性達もほっこりした様子でロミを眺めていた。


 一部始終を見ていた陽葵は、とろけたような笑顔を浮かべる。


「かっ……可愛い!!」


 リス耳、リス尻尾の女の子というだけでも可愛いのに、好奇心旺盛でちょっぴりうっかり屋さんと来たら、可愛いと言わざるを得ない。


 ティナも十分可愛いけど、ロミにはまた違った可愛さがあった。そして気になるのは、見るからに柔らかそうな尻尾。


「もふもふしたい……」


 ふさふさの尻尾を見ていると、つい願望が漏れ出てしまう。あのふさふさの尻尾に触れたらさぞかし気持ちいいんだろう。


 うっとりしている陽葵に、ロミはこくりと首を傾げながら尋ねてくる。


「もふもふしますか?」

「いいの!?」


 まさか許可してもらえるとは思っていなかったから、陽葵はつい大声を出してしまう。するとロミは、おかしなものを見たようにクスクスと笑った。


「構いませんよ。減るもんじゃないですし」


 神、天使、聖女、菩薩様! 心の広い少女を前にして、陽葵は拝むようにして両手をすり合わせた。


「なんたる幸運」

「なんだかおかしなテンションになっているな……」


 もふもふ教に入信しそうな勢いの陽葵を、ティナは冷ややかに見つめている。そんな冷たい視線には目もくれず、陽葵はロミの前に飛び出した。


 さっそくお楽しみを……と手を伸ばしたところで、まだ自分が自己紹介すらしていないことに気付いた。


 名乗りもせずに、もふらせてもらうなんて失礼極まりない。陽葵は一度手を引っ込めてから自己紹介をした。


「私、佐倉陽葵っていいます! いまはティナちゃんの魔法薬店で居候させてもらってます! よろしくね」


 自己紹介をすると、ロミは納得したようにティナと陽葵を交互に見た。


「なるほど、だから魔女様と一緒に物売りをしているんですね。それじゃあ、ヒマリさんは魔女見習いなんです?」


「魔女見習い……」


 心くすぐられる称号を聞いて、陽葵は目を輝かせる。その勢いのまま、陽葵はバッとティナに視線を送った。


「私って魔女見習いなのかな?」

「いや、お前を弟子にした覚えはない」


 期待を込めて聞いてみたが、あっさり否定されてしまった。釣れない態度を取られて、陽葵はシュンとする。


「残念ながら魔女見習いではないみたい……」

「あら、そうでしたか」


 ロミからは同情の視線を向けられる。あからさまに落ち込んでいた陽葵だったが、続くティナの言葉で考えが変わった。


「ヒマリは私の仕事仲間だ」


 その言葉を聞いて、陽葵は再び目を輝かせる。


「仲間!?」


 ティナから仲間とみなされていたことに驚きを隠せない。ただの居候から昇格した気がした。


 陽葵は喜びを露わにしながら、自己紹介の続きをする。


「私は魔女見習いじゃなくて、ティナちゃんの仕事仲間だよ!」


 元気を取り戻した陽葵を見て、ロミは安堵したように笑った。


「仕事仲間というのは素敵ですね。私は一人でお仕事をしているので、仲間がいらっしゃるのは羨ましいです」


「ロミちゃんは一人で発明をしているんだ! それもそれで凄いけどね」


 小さな女の子が一人で発明家をしているというは驚きだ。あのティナですら一目を置いていたのだから、相当優秀なのだろう。


「ハッ! まさかロミちゃんも実はかなりお歳を召した方だったり?」


 魔女であるティナが200歳を超えているのと同様に、獣人であるロミも人間とは年の取り方が違うのかもしれない。


 初対面でいきなり年齢の話題を持ち出すのは失礼ではあったが、ロミはとくに気にする素振りを見せずに答えてくれた。


「私は16歳ですよ」

「ああ、そこは見た目通りなんだね」


 実際には実年齢よりも幼く見えるが、あえて触れる必要はない。ひとまずはティナのように常識外れな年齢ではないことに安堵した。


「獣人の寿命は人間と大差ないからな」


 ティナが補足をするように呟く。またひとつ、この世界の常識を知った。

 自己紹介が済んだところで、ロミは再び化粧水と乳液に興味を示す。


「これはなんですか? 町の女性達がこぞって買っているということは、相当凄い魔法薬なのでしょうね」


「これは魔法薬ではない。化粧品だ」


「化粧品?」


 聞き馴染みのない言葉だったのか、ロミは首を傾げる。そこで陽葵が役割を説明した。


「これは化粧水と乳液って言ってね、乾燥した肌に潤いを与える役割があるんだよ」


「肌に潤いを与えると、何か良いことがあるんですか?」


「良いこと尽くめだよ! 肌がもちっと柔らかくなるし、乾燥による肌トラブルも予防できるんだよ!」


「なるほど。それは興味深いですね。試してみる価値はありそうです」


 ロミは真剣な眼差しで瓶に入った液体を観察する。それから斜め掛けのポシェットから、財布を取り出した。


「私にもひとつずついただけますか?」

「もちろん!」


 化粧水と乳液は発明家さんにも興味を示してもらえた。ロミは銀貨を差し出すと、大切そうに2つの小瓶をポシェットにしまった。


「使った後に感想をお伝えしますね。今度、魔女様のお店にお邪魔させていただきます」


「ぜひぜひ! 感想聞くのも楽しみだなぁ」


 陽葵は両手を合わせて喜びを露わにする。自分の作った化粧品の感想を聞かせてもらえるというのは光栄なことだ。


 良い感想だったらモチベーションに繋がるし、悪い感想だったとしても今後の改善に繋がる。いずれにしてもプラスでしかなかった。


 陽葵が喜んでいると、ロミは首から下げた懐中時計を開く。時刻を確認すると、ぼわっと尻尾を爆発させた。


「いっけない! 私、そろそろ戻らないとです」


「そうなの? 忙しいんだね」


「明日までに作らないといけないものがあるので! 本当はもっとヒマリさんとお話したかったのですが、今日はここで失礼しますね!」


 そう告げると、ロミはぴゅんと人混みから消えていった。その姿は、物音にびっくりして逃げるリスのようだった。


「あーあ、行っちゃったぁ」


 名残り惜しさを感じながらもロミの背中を見送る。


「まあ、あいつは売れっ子だからな。仕事の依頼がパンパンに詰まっているんだろう」

「なるほどねぇ」


 うんうんと頷く陽葵。その直後、重大なことに気付いてしまった。


「はああ~~! 私としたことが、何たる失態……」


 ショックを受けたようにその場で崩れ落ちる陽葵を見て、ティナはギョッとした。


「急にどうした? 金も貰ったし、商品も渡しただろ?」

「……れた」

「は?」

「もふもふするのを忘れたぁぁぁ!」


 自己紹介で中断したことで、もふもふするという目的を完全に見失っていた。見るからに柔らかそうな尻尾に触り損ねたことで、陽葵はショックを受けていた。


 そんな陽葵を呆れたように見下ろすティナ。


「バカバカしい」


 どうやら魔女さんには、もふもふの魅力は分からないらしい。


「うう……。せっかくお触りを許可してもらえたのに……」

「また店に来るって言ってたんだから、その時でいいだろう」

「ハッ……! 確かにそうだね!」


 まだ希望が消えたわけではない。陽葵はもふもふリベンジに向けて意気込みを露わにした。


「次会った時は、絶対にもふもふする」


 拳を握って瞳に炎を浮かべている陽葵を見て、ティナは深々と溜息をついた。


「勝手にしろ」

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