第5話 魔法薬のお店は閑古鳥が鳴いています

「ここが私の家だ」


 ティナに案内されたのは、森の中にひっそりと佇む小さな家だった。

 褐色のレンガに石造りの白い壁。壁面はツタのような植物で覆われていた。


 西洋の田舎町を彷彿させるような佇まいに、陽葵ひまりはうっとりする。


「絵本に出て来そうな可愛いお家~」


 家のすぐ隣には庭が広がっている。薔薇のような花がアーチ状に絡まったトンネルがあり、その下には小さな鉢植えがいくつも並んでいた。


 魔法薬の店というだけあって、色々な植物を栽培しているらしい。鉢植えに植えられている植物は、もとの世界の植物とあまり違いがないように見えた。


 視線を上げると、入り口に看板が掲げられていることに気付く。目を凝らして観察したが、解読できなかった。英語とは少し違う、もとの世界にはない文字だ。


「看板にはなんて書いてあるの?」

「ティナの魔法薬店って書いてある」

「なるほど」


 そのまんまだった。

 それからティナは家の造りを説明した。


「1階が店になっていて、2階が住居になっている。広い家ではないが、二人で住むならまあ何とかなるだろう」


「6畳のアパートと比べたら大豪邸だよ!」


「……何と比較しているのかは分からないが、気に入ってもらえてよかった」


 それから二人は家の中に入る。チリンチリンという鈴の音と共に扉が開いた。


 中に入ると、ハーブのような独特な香りに包まれた。薄暗い店内には、瓶に詰められた葉っぱや小瓶に入った液体が整然と並んでいる。


「わぁ……これって全部魔法薬?」


「そっちの植物は魔法薬を作る原料だ。魔法ハーブともいう。小瓶に入っている液体は私が調合した魔法薬だ」


「調合!? 凄い! どんな効果があるの?」


 陽葵がキラキラした瞳で尋ねると、ティナは面倒くさそうな顔をしながらも説明してくれた。


「手前にあるピンク色の魔法薬は、赤ん坊を泣き止ませる効果がある」


「凄い! 子育てママには必須アイテムだね」


「ああ、売れると思ったんだけど、味が苦すぎて赤ん坊が全然飲まないらしい。残念ながらまったく売れなかった」


「ありゃま」


 どんなにいい薬でも飲めなければ意味がない。売れなかったというのも頷ける。


「じゃあ、こっちの緑色の魔法薬は?」


「これは猫とお喋りできる薬だ」


「ペットとおしゃべりできるってこと!? それは売れそうだね!」


「ああ、これも売れると思ったんだが全然ダメだった。飼い猫の本音を知ったら、可愛いと思えなくなったそうだ」


「知らない方が良かった真実を知ってしまったのかな?」


「そのようだ。客は軒並み飼い猫と喧嘩別れになったそうだ」


 残念な話を聞かされて、陽葵は複雑そうに目を細める。


 魔法薬の効果は凄いのだけど、微妙にピントがずれている。他にもいつくか魔法薬の効果を聞いてみたが、どこか欠点のあるものばかりで正直欲しいとは思えなかった。


 その後も陽葵は店の中をうろうろと物色する。するとティナから注意が飛んできた。


「売り物だから下手に触るなよ」

「はーい」


 店内をぐるりと回った後、陽葵は棚に置かれた瓶に興味を示した。


 木製の棚には、水のような液体が入った大きなガラス瓶と褐色瓶に入った小瓶がずらりと並んでいる。


「ティナちゃん、あれは何?」

「大きなガラス瓶は植物のエキスを抽出したアロマウォーターで、小瓶に入っているのは精油だ」

「アロマウォーターに精油!? この世界にもあるんだ!」


 アロマウォーターと精油は、陽葵にも馴染みがある。化粧品の原料として使われるからだ。


「どっちも魔法薬を調合するときに使うからな。別に珍しいものでもないだろう」

「珍しいものじゃないから、驚いてるんだよ!」


 しみじみと答える陽葵を見て、ティナは「変な奴」と呟いた。


「じゃあ、さっそくだが、店番を頼んでもいいか?」

「うん、任せて」

「ヒマリが店番をしている間、私は夕食の支度をしているから。客が来たら呼んでくれ」


 そう告げると、ティナは店の奥にある階段を上がっていった。


 ティナが居なくなると、途端に静かになる。陽葵はレジスターの前に置かれた木製の椅子に腰かけて、入り口の鈴の音が鳴るのを待った。


~*~*~


 お客さんが来るのを心待ちにしていたが、一向に来る気配がない。


(お客さん、一人も来ないな……)


 店の中には時計がないため、どれくらい時間が経過したかは分からない。だけど感覚的には数時間は座りっぱなしのように思える。


 小窓から差し込む光がオレンジ色になった頃、ティナが2階から降りてきた。


「ヒマリ、今日は店じまいだ」

「え? お客さん一人も来てないよ?」

「いつものことだ」


 ティナは何食わぬ顔で告げると、入り口の扉に掛けられていた看板を裏返し、鍵をかけた。


「いつもこんなに暇なの?」


 失礼な聞き方もなってしまったが、ティナは意に返すことなく頷いた。


「魔法薬の店は町にもあるからな。わざわざ森の中まで来るやつはいない」

「立地が悪いってこと?」

「まあ、そういうことだな」


 立地が悪くて客の入りが悪いというのは納得できる。同じコンビニでも場所によって売上に差が出るのと同じだろう。


「それなら街の魔法薬店と差別化してみたら? 品揃えを多くするとか?」


 お節介なのは重々承知だったが、居候させてもらう身としては奉公先の懐事情も気になるところではあった。


「うちの店も品揃えは十分多い。主要な魔法ハーブは取り揃えているからな」

「そうなんだ……」

「街の魔法薬店にないものと言えば、私が調合した魔法薬だが……まあ、アレはお察しの通りだ」


 先ほど見せてもらった魔法薬は、どこかピントがずれたものばかりだった。あの魔法薬目当てに店に来る人はいないだろう。


 ティナは肩を落として大きく溜息をつく。


「この先も売上が伸びないなら、店を畳むしかないだろうな……。そしたら私は、どこかのギルドに所属して日銭を稼ぐしか……。あー、やだなぁ、クエストとか正直ダルイ……。ずっとこの森に引きこもっていたい」


 ファンタジー世界では聞きなれたギルドやクエストといったワードが飛び出すが、ティナはあまり乗り気ではない。ギルドに所属して冒険するより、店番をしているほうが性に合っているのかもしれない。


「うーん、なんとかしてお客さんが来るようにならないかなぁ……」


 陽葵は両手を組んで考え込む。しかし閑古鳥が鳴いている店を流行らせる方法なんて思いつかない。


 そもそも陽葵はマーケティングに関しては専門外だ。ものを作ることには興味があるけど、どうやって売るかについては考えたことがなかった。


「店のことはヒマリが考えることじゃない。それより晩御飯にしよう」


 ティナは淡々とした口調で告げると、2階へ上がっていった。その後に陽葵も続いた。


~*~*~


 ティナが説明したとおり、店の2階は居住スペースになっていた。


 温かみを感じさせるカントリー風な部屋は、子供の頃に遊んだドールハウスを彷彿させる。


 白いクロスが敷かれた木製テーブルも、緑色の本棚も何だか可愛らしい。壁にはいくつものドライフラワーが吊るされていた。


「お部屋も可愛いなぁ」

「ぼーっと突っ立ってないでさっさと座れ」

「はーい」


 陽葵はテーブルにつく。すると、ティナは2枚のお皿をテーブルに置いた。


「お夕飯用意してくれてありがとう、ティナちゃん」

「まあ、大したものじゃないけどな」


 またまたご謙遜を、と口にしようとしたところで、陽葵は言葉を失った。


 真っ白なお皿に乗っているのは、斜めにカットされたバケット3枚。表面には蜂蜜がかけられていた。


「お夕飯ってこれだけ?」

「これだけだ」

「随分質素なんだね。ダイエットでもしてるの?」


 そう尋ねると、ティナはガックリと肩を落として項垂れた。そして悲壮感を漂わせながら呟く。


「……いんだ」

「なんて?」

「お金がなくて、こんなものしか食べられないんだ」


 切なげに懐事情を暴露するティナ。何とも悲しい理由だ。

 ティナは俯きながら自らの食生活を明かす。


「パンの材料を買うのがやっとで、付け合わせの食材が買えないんだ。だから買い置きの調味料と森で採れる食材で凌いでいる。ちなみに昨日はハーブバケットで、一昨日はきのこバケット」


「ひもじい! お肉食べよ、お肉!」


「肉なんてしばらく食べてないな……」


 ティナは遠い目をしながら肉への想いを馳せていた。


 もしティナと東京で出会ったのなら、ハンバーグでも焼肉でもお腹いっぱいご馳走してあげることもできた。残業代でたんまり稼いでいるから、可愛い魔女さんのお腹を満たすことなんて造作もない。


 だけど無一文で異世界に放り込まれた陽葵にはそれは叶わない。


「うう……ティナちゃん、ただでさえ細いのに、このままじゃ消えてなくなっちゃうよ」

「いや、なくなりはしないだろうけどさ」


 ティナが貧困生活をしているのは、お店の売上が悪いのが原因だろう。この生活から抜け出すには、お店を何とかする必要がある。


「当面の目標は集客増だねっ」


 売上が伸びれば、ティナの食生活も改善される。そのためにも、まずは客を呼び込む必要がある。


 可愛い魔女さんのためと意気込む陽葵だったが、当の本人からは冷ややかな視線を向けられた。


「いや、お前はもとの世界に帰る方法を探せよ」

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