第10話 仮入部始まる
今日の放課後から本格的に仮入部が始まった。期間は来週の火曜日までで今日(水曜日)含めてあと6日間のうちに入る部活を決めなければいけない。
「相楽、俺今日はトライアスロン部の体験会行くわ」
「え?マジで?!きついの嫌だって言ってたのにどういう風の吹き回しだよw まあそんなのはどうでもいいか、一緒に行こうぜ友よ!」
そうして俺たちはトライアスロン部の活動場所へと向かっていった
「緑川先輩こんにちは」
「おう!今日もよろしくな!ってもう一人連れてきてくれたのか?!でかしたぞ相楽!!」
どうやら相楽と緑川先輩っていう人は仮入部初日の時点で既に打ち解けたようだ。恐るべきコミュ力… そしてこの様子だと俺の入部が確定してるみたいなんだが
「あ、あの盛り上がってるとこ水を差して申し訳ないんですが、僕まだトライアスロン部に入部することが決まったわけじゃなくて興味があってきた感じなんですが大丈夫ですか?」
「おっと、早とちりして申し訳ない… こんな苦しい競技に興味を持ってくれる人なんてそうそういないから1人2人来てくれただけでもめっちゃ嬉しいんだよ!!仮入部だけでも大歓迎だ。あ、俺は2年の
「千条走です。よろしくお願いします」
挨拶を交わし合った後、他の先輩の部員を見つけようとしたがいない…
苦しさに耐え切れず、みんな辞めてしまったのだろうかと邪推していると…
「あーごめん、他のメンバーは今サイクリングに行ってていないんだよね… せっかく来てくれたのに申し訳ない」
「そうですか…」
仮入部期間といえど、大会などが近い場合、優先すべきなのは各々のレベルアップに違いないので全然かまわない
「じゃあそうだなあ、近くの公園のグラウンドで練習しよっか」
曜日で校庭を使える部活が決まっていて、今日の占有権はサッカー部が持っているらしい。俺たちは急いで部室で体操着に着替えて移動を開始した
校舎を裏門から出て左に400m程進むと海沿いに沿ったタータンのランニングロードがあり、それに従って1600m程直進すると400mトラックのある公園が見えてきた
400mトラックに立ち入るのは8か月ぶりだが、感慨深さのようなものは感じなかった。ただそこに400mトラックがあるだけ。見た瞬間、枷が外れたかのようにぶわーっと記憶が流れてくるほどの思い出はなかった。ただ虚無感のままに走り続けただけだから
「ごめん、近くって言って2キロぐらい走っちゃったけど、大丈夫だった?」
「はあ、はい… 水筒を持ちながら路上を走った経験がないので少し疲れましたが」
「僕はまあ、大丈夫です。ペースがゆっくりだったので」
「それなら良かった!じゃあ準備体操しようか」
軽い準備運動を済ませ、どんな練習をするか決めることにあった
「頼りなくて申し訳ないんだけど、俺練習メニューとか考えたことなくて全部部長に頼りっきりだったんだよね… ってやば!仮入部の練習時間あと40分しかないんだった!」
「別に厳格に時間を守る必要はないですし、多少オーバーしても大丈夫ですよ」
「俺もこのあと重要な予定とかはないんで大丈夫です」
「ありがとね…でも僕も仮入部の練習時間が終わったら急いでサイクリングの方に向かわなくちゃいけないからさ」
仮入部生は活動時間が1時間に設定されているのだ。春に県大会予選などがある部活への配慮だろう
時間もない中、悩んでると相楽が急に発言し出した
「あの、ちょっと提案があるんですけど、1000M全力1本ってどうですか?学校からここまで走ってきて身体は十分に温まってますし、ゆっくりジョグをするだけだとなんか味気ないので…」
「あーそれ良いね!帰りの時間も含めてその練習ならちょうど間に合うよ。千条君もこれで大丈夫そうかな?」
「はい、大丈夫です!」
400Mトラックを2周半。自分の好きな曲のイントロが流れた瞬間、反射神経で即座に答えられるように、何度も走って頭の中に叩き込まれてきたこの周回数。時間にして2分35秒から3分。8か月間最低限の運動しかしてこなかった今、果たしてどんなタイムが出るのだろうか
「うわー自分で言い始めたことだけど、なんか緊張してきたな。なんで走はそんな余裕そうな顔してんだよw」
「いや、俺だって緊張してる。でもこの胸の高鳴りはどっちかというとワクワクに近いかもしれないんだ」
自分で言ってて訳が分からなかったが、相楽は首を縦に振って何やら納得していた
「緑川先輩、スタートお願いします」
「はいよ!じゃあ俺が手を叩いたらスタートな よーいGO!」
バシンっと聞こえたと同時に3人は駆け出した
懐かしい感覚だった。だが、そんなに太ったわけではないのに身体は現役時代に比べて明らかに重い。筋肉も衰えていたため身体の力の入りようが違う
かつてのように最初から飛ばして先頭に躍り出るようなことをしたら後半バテるので素直に先輩の後ろにつくことにする
普段から筋トレを頑張っているのか、先輩の走るフォームはかなり良い。肩は安定していて腕を振っても同時に捻じれることなく、腰の位置が高くて疲れにくい姿勢だ
400Mまでは縦3列に並んでほぼ同時に通過したが、500M付近で相楽が少し離れた
600Mで時計を見るとタイムは1分30秒だった。1000Mに換算すると3分ペース。陸上の練習でよく基本ペースと呼ばれるくらいの速さだ
緑川先輩はラスト250Mくらいから徐々にスピードを加速していき、200Mで怒涛のラストスパートをかけたため追いつくことが出来なかった。ゴールと同時に腕時計のストップウォッチを止めると2分56秒だった。練習を積んでいれば普通の中学生でも出せるタイムだ
10秒ほど経って相楽もゴールする
「はあはあ、お疲れ…2人とも タイムはいくつだった?」
俺が2分56秒、相楽が3分6秒であることを伝えると先輩は嬉しそうな顔をしていた
「いや凄いよ、受験終わって間もないのに2人とも普通に走れてるし、こっからどんどん成長してくだろうから俺なんてすぐに追いつかれちゃうよw」
個人的にはそんなに早いタイムだと思ってないが、自分の走りを誰かに褒められるのは本当に久しぶりだったので心が温まった。ちなみに先輩のタイムは2分48秒らしい。ラストの250Mで8秒も差がついてしまった
「特に千条君、横に並んだ時フォームがめっちゃ綺麗だったし、息遣いもそんなに荒くないように感じたんだけど、あれ本当に全力?」
「紛いもなく全力です、先輩のラストスパート速すぎて追いつけませんでしたよ…」
「あのスパートは練習最後に150Mを何本か走ったりして練習してれば、自然と身につくからここで頑張っていこうぜ!」
我ながらちょろいが、あれほど走らない言い訳を作ったり、トラウマを抱えてたにも関わらず、出会って間もない緑川先輩からの温かい言葉でここに入ってみたいという気持ちにさせられた
「いや走マジで速くね?春休みなんか練習してたの?」
「気分転換に家の周りを走ってたくらいかな~ でも元々体力テストの1500Mで10点を出せるくらいの走力はあったから身体が成長しただけかも」
「何だよそれ羨ましいなあ すぐにお前に追いついてやるんだからな!」
青春の1ページを切り取ったかのような会話に帰りの足取りが軽くなった日だった
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