第11話
村は既に、修羅場となっていた。村人勢力と盗賊勢力の間で、村長である老人がが血まみれになって横たわっている。それを庇うように、彼の奥方である老婆が泣きわめいて許しを請う。その度に、盗賊どもはけたけたと笑い声をあげた。村人も鍬や鉈、手鎌で武装しているものの、彼らはあくまで農家や労働者。多くを痛めつけ、時に殺してきた非情な盗賊とは練度が違う。その証拠に、村人は各々震えや冷や汗をかいているのに、盗賊たちは余裕綽々といったふうだ。
「おいてめェ」盗賊の首領らしき男が、老婆越しに村長を踏みつける。男は禿げ頭に稲妻のような傷痕があり、目つきも劣悪さを醸し出していた。体つきもがっしりしており、並の兵士よりも腕が立つだろう事を示していた。「まさかこのオレたちを出し抜けると思ってたのか、オイ」
「お願いです。差し上げたもので全部なんです」
村長に代わり、老婆が涙声で答える。
「てめェに聞いてねェんだよ」
盗賊頭が老婆を足蹴にして、村長から引っぺがす。それから盗賊頭は、村長の頭を掴むと、ナイフを首元へ突き立てる。
「なあ、今年はかなりの豊作だったらしいじゃねェか。ならその分、貰うもんも貰ってんだろ」
「じ、充分差し上げたはずです。これ以上は村が……」
「そうかそうか。なら一人死ねば、その分オレらの取り分も増えるな」
「頼む、命だけは……」
「うるせェ。くたばりやがれ」
盗賊頭がナイフを振りかざした時だった。
「その辺にしておけ」
村人たちの方から、若い男の声が聞こえた。村人が道を開けると、そこにはクレオンが立っていた。
「あ? 誰だ、邪魔をする奴は――」盗賊頭がクレオンへと顔を向けた時、目を丸くした。「――テメェは……」
「お前、あの時の」
それはクレオンも同じだった。二人は同時に、過去の風景を思い出す。
かつて魔王討伐の旅を始めた時、クレオンたちはある村を訪れた。そこは一見平和な村であったものの、盗賊の被害に苛まれていた。そこでクレオンたちは、村人の依頼で盗賊を成敗。その後盗賊頭は、改心すると誓い盗賊を解散した。
その時改心したはずの盗賊頭が、今クレオンの前で、テールキン村の村長にナイフを突き立てている。
「誰かと思えば、くそったれの勇者サマじゃねェか」
「お前、改心すると誓った筈だろう」
クレオンの言葉に、盗賊頭は村長から手を放して仲間と共に近付いていく。既に奴の目的は、クレオン相手になっていたからだ。
「誰がカイシンするって? 冗談じゃねェ。てめェもてめェでバカだな。あの話を信じるなんて」
「覚えてるぞ。お前が泣きわめいて、あの村の村長の前で膝をつき、必死に懇願したのをな」
「んなのウソに決まってんだろーが。まさか本当に、このオレがカイシンすると思ったのかよ?」
「貴様……」
「へっ。こんなとこでてめェに会えるなんて幸運だぜ」盗賊頭は、クレオンの背後へ目を向ける。「それに今は、あのかわいい女神官とムカつく魔法使いもいねェみたいだからな。まさか死んじまったのかァ?」
「黙れ」
安い挑発に乗ってしまい、眉間にしわを寄せるクレオン。それを盗賊たちは肯定と受け取ると、仲間達で一斉に笑いあげる。
「そりゃ残念だ。特にあの女神官は一度味わっておきたかったのによォ」
「黙れと言ったのが聞こえなかったのか」
クレオンは鞘から剣を抜く。
「おいおい、まさかてめェ一人でヤるつもりか?」盗賊頭は仲間のほうへ首をもたげる。「こっちはあん時より仲間を増やしてんだぜ?」
「それがどうした」
「おい聞いたか。ヤるつもりらしいぜ」盗賊たちは再び、下品な笑い声をあげた。「こうしよう。アイツの首獲って来たヤツは、飯も酒もオンナも、好きなだけ選ばせてやるぜ」
おおお、と盗賊たちは歓喜の声を上げる。すると我こそは、と盗賊のひとりが前に出る。背は小さくやせこけていて、斧を手にしていた。彼はすでに、今日自分のものにする女を選んでいた。村へ来た時、ちょうど見かけた若い女。彼の脳裏では、女と寄るを楽しむ想像で興奮していた。
クレオンはやってきた盗賊を、見おろすように睨む。盗賊の男も、こんなガキに負けるはずがないと自信満々だった。彼がある程度クレオンに近づいたところ、身を低くして斧を振り上げようとした。それをクレオンはかわすまでもなく、彼の腕ごと踏みつけると剣を逆手に持ち、盗賊の口へ突きさす。盗賊は自分の口に、剣を突き立てられた事に驚きを隠せなかった。そしてクレオンは片手で柄頭を支え、それを軸に刃をめいいっぱい振りぬく。血しぶきにまぎれて、盗賊の歯が宙を舞う。
まるで赤子同然だった。盗賊は自分の身に何が起きたかさえ分からないまま、地面へ斃れた。頬はくじらの大口のように開き、そこから血があふれ出て行く。他の盗賊たちは、仲間の死に様にうろたえる。対してクレオンは、余裕を崩さなかった。剣を持ち直して、隙だらけの姿勢で立ち尽くす。
「おい、何してる! さっさとあいつを殺せ!」
余裕から一転、盗賊頭は焦って仲間をけしかける。仲間たちもただ事ではないと悟り、殺気立つ表情へと変えて一斉に突っ込んでいく。
クレオンは詠唱を始めた。それはアーレントの魔法よりも短く、弱い。詠唱が終わると片手に火球が浮かび上がる。それを一番前を行く盗賊へ浴びせる。盗賊はよけきれず、火球にさいなまれる。弱いと思われたその炎は、全身を焼き尽くす程に強烈だった。
それを避けて、他の盗賊たちが一斉に飛び掛かる。クレオンは一人の腿を斬り、体制が崩れたところへ脇腹へ一突き。別の盗賊が武器を振りかぶるが、剣を引き抜く勢いのまま切り上げて、よろめいたところへ首を薙ぐ。飛んでいく首を追うと、盗賊頭の前で一人が弓矢を引いて構えていた。矢が飛んでくるものの、クレオンは歩きながら首をもたげるだけで避ける。さらに傍らで炎にのたうち回っていた男へ剣を突き立て、引き抜く。すると剣に炎が移り、悪夢のような光景となる。彼の姿に、盗賊たちは委縮した。
「なんだアイツ、強ぇじゃねぇか!」
「うるせェ! 早くアイツを殺せ!」
うろたえる盗賊たちへ盗賊頭が喝を入れるように蹴りを入れて、無理やり前進させる。不運な盗賊を、クレオンは慈悲もなく斬り伏せる。燃え上がりながら両断される盗賊。その間から再び矢が飛んでくるが、彼は一切そちらを見ずにかわす。代わりにと短い詠唱を済ませて、氷の矢を放つ。その時弓を持った盗賊は、別の矢をつがえようとわき見をしてしまった。氷の矢は、彼の脳天を突きさす。その間にもクレオンは、他の盗賊を炎の剣で斬り結び、ついには盗賊頭一人だけになった。
クレオンは剣についた炎を振り払い、盗賊頭へと詰め寄る。鬼気迫る姿に、盗賊頭はしりもちをつく。
「ま、待ってくれ!」ひどくなさけない声を出すと、クレオンは言われた通り足をとめる。「本当に悪かったって思ってる! つい前みたいにってやったら調子に乗っちまって!」
「それで」
冷たい声で、クレオンは尋ねる。
「こ、今度こそカイシンする! 本当だ! まっとうな仕事を始めるから!」
「で?」
「だから頼む! 見逃してくれ!」
盗賊頭は泣き叫び、頭を地面へと付ける。クレオンは近づいて、奴の前で膝をついた。
「本当か?」
「当たり前だ! もちろん――」
と言いかけた時だった。盗賊頭はにやりと笑い顔を上げると、隠し持っていたナイフをクレオンへと突き立てた。クレオンはそれを掌で受け止める。ナイフは彼の掌を貫いたが、表情に変化はない。冷たい眼差しで、盗賊頭を見おろし続けていた。
咄嗟の防御ではない。クレオンはあからじめこの男が、不意を突いてくるだろうと予測していた。それでも近づいたのは、単純に腹の内を探るためであった。彼は掌からナイフを引っこ抜くと、明後日の方角へ投げ捨てる。それから彼の掌が、魔法の光に包み込まれる。それは見習い女神官セルマから学んだ、簡単な治療魔法であった。傷口はゆっくりと塞がっていき、最終的にナイフの傷痕などすっかり消えてしまった。
「なっ……」
盗賊頭も、その様子にひどく驚く。それもそのはず。以前の彼は魔法を使えなかったからだ。かつて彼に傷を負わせた際、治療をしたのはセルマだった。だからこそ傷を負わせれば勝てる、そう思い込んで不意を突いたつもりでいた。
「それがお前の答えか」
「ち、違うんだ……頼む、命だけは!」
「二度も許した。だがもう許すつもりはない」
許しを請う盗賊頭の頬を、クレオンの掌が掴む。彼は剣を、奴の顎下から突き刺した。舌ごと貫かれた盗賊頭は、奇妙な声を上げる。そして剣が抜かると、力なく倒れ込んだ。
一人残らず盗賊が始末され、その先には返り血を浴びたクレオンの姿があった。まるで戦場跡のような光景に、村人たちは息を飲む。家々には盗賊たちの血しぶきや肉片、つばと汗の混じった液体。それらは取れたばかりの作物にもかかっていた。
惨劇の光景に、様子を見ていた村人の一人アルクが近寄る。彼からすれば、これまでのクレオンとは思えない姿であった。時に旅の功績を語り、時に息子の面倒を見て、時に汗にまみれながら労働に勤しむ勇者クレオンが、今や返り血を浴びて冷酷な眼を向けている。それは勇者の姿ではなく、どちらかというと魔王側に近かった。
「どうして、こんなことに」
アルクの声に、クレオンが振り返る。
「もう大丈夫だ。盗賊は全員始末した」
「始末したって……」彼自身は嬉しくない訳ではない。数か月の間怯えていた盗賊が、もう問題にならないのだから。しかしそれ以上に、この惨劇に対する恐怖が上回っていた。「村が……汚されてしまった」
信心深い彼らにとって、自分達の村で殺戮が行われた事は甚大な被害だった。そう、端からすれば、此度の惨劇は虐殺以外の何物でもない。
「それは、すまなかった」
クレオンとて知らなかったわけではない。彼も事ある度に、アルクたちの信仰について話を聞いていたからだ。それでも彼は、勇者としてできる限りの恩を返したつもりでもあった。そこには半ば、復讐の怨嗟も混じっていただけで。
アルクはクレオンの傍まで寄ると、既に骸となっていた盗賊頭の側へ跪く。
「彼は許しを乞うていたじゃないか。どうして殺してしまったんだ」
「あの男は以前、他の村も食い物にしていた。その時懲らしめてやった際、改心すると約束した。だというのにこの村を……」
「分かってる……だが、人の生き死にを、人が決めていいはずがないだろう」アルクは骸の瞼へ手をかけると、開いていた瞼を閉ざしてあげていた。その光景を、クレオンは冷ややかな眼差しで見つめる。「……出て行ってくれ、今すぐに」
アルクの言葉は、決して本心から出た訳ではない。奥底では、やはり汗を流して働く勇者クレオンの姿が残っていたからだ。だが彼は、目の前の惨劇に戸惑っていた。
クレオンも、褒められたり賞賛されようとは考えていなかった。そもそも盗賊たちを殺したのは、憂さ晴らしも理由の一つだったからだ。だがそれが無意味だと知ると、彼は歩きはじめて鞘を拾い上げる。剣についた血を振り払い、鞘へ納めた。そして再び歩き出す。途中、元鍛冶職人のケルスと目があったものの、彼も今のクレオンの姿に、顔を背ける事しかできなかった。
テールキンの村を出て、しばらく歩いた先。夜も深くなり、クレオンは野営を広げていた。彼は焚火をじっと見つめながら、かつての事を思い出していた。
セルマ、アーレント、レンカの三人がいた頃、こうして野営をするたびに馬鹿げた話をしたもんだ。大抵話し始めるのはレンカで、アーレントは現実的な指摘をする。セルマは希望的な返事をして、最後にクレオンが「だといいな」といった風な事を告げて終わる。
彼の目には、そんな三人の姿が映し出されていた。声はなく、だが楽しそうに話している。話も進んでいくと、三人が彼を見つめる。そこで姿は消えた。あるのは焚火の向こうにある闇。虫のせせらぎと薪がはじける音が、星空に消えていく。
クレオンは改めて、仲間を殺した者たちへの復讐を誓う。同時に、これからすべき事を考え付いていた。復讐を手伝ってくれるだろう、かつての仲間の元へ。クレオンはもう一度の旅を計画してから、焚火の火を消す。夜空は、わずかに金色が増しつつあった。
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