第8話
それから数日間、クレオンは療養と仕事をこなしていった。けが人という事もあり、彼には簡単な仕事を任される事が多かった。収穫まではまだ日にちもあり、肥料を撒いたり害虫の駆除などが主な仕事となっていた。その中でもクレオンは、状態の悪い苗木を見つけて、処理する仕事をやっていた。
アルクはとても丁寧に仕事をしていた。そのお陰で状態の悪い苗木は殆どなく、大抵は一本か二本ほど処理するだけで、後は畑内を見回ったりするのが殆どだった。その度にクレオンは、獣の一匹二匹でも出て来て、畑を守る姿を見せてあげたいと思う程だった。しかしアルクが言っていた通り、畑に侵入する獣は狩人ギルドの面々が狩っていってしまう。クレオンも何度か見かけて、話をしたりもした。曰く、この辺は至って穏やかな方だという。テールキンの村とは逆方向にある村は、もはや狩人と獣の戦争と言っていい程の忙しさらしい。その際クレオンは、狩人に魔族が出現したかどうかと尋ねた。狩人は首を横に振り、テールキンの村周辺では何十年も見かけてないという。最後に見掛けたのはギルド内でも古参の狩人で、神王ジークヴァルドが村に巣食う魔族を駆逐したのが最後だと告げた。
大した仕事もできず、クレオンは剣を買えるほどの資金を工面できるかと心配になっていた。そんな様子を見てアルクは、売り上げのいくらかを出すと約束してくれたのだった。彼らの作物は状態もかなりよく、特に今年は天候にも恵まれたためかなりの豊作になると予想された。実際数日たっても、取り除かれた苗木は人一人分程度の広さに留まっている。他にも村で農業をやっている者もいたが、彼らも同じく豊作が期待されるとの事。
大豊作に恵まれ、ついに収穫日を明日に向かえた夜。非常にめでたい事のはずなのだが、村では収穫祭などは行われなかった。とはいえ完全に祝わないというわけではなく、食卓には普段よりも豪華な食事が並んでいた。アルクたちが晩餐に祈りをささげている間、クレオンは気がかりでならなかった。
以前クレオンは、旅の途中でいくつかの村を訪れた。その中には折よく収穫日を迎え、愉快な収穫祭に参加した事もある。中にはテールキンの村よりも小さい集落でも行っていたほどだ。この村では収穫祭を行わないのか、とクレオンは訝しむ。
祈りを捧げ終わったアルクと妻、二人の息子であるロイは早速食事に手を付け始めた。クレオンは目の前に置かれたスプーンを取らず、三人を見回す。
「少し気になった事があるんだが、いいか?」
アルクとその妻は、一旦スプーンを止める。ロイはクレオンへ目を向けつつも、スープを口へ運んだ。
「どうしたんだい? もしかして、テンサイは嫌いだったかな?」
アルクはスープに入っているテンサイを掬う。
「いや、そうじゃないんだ。ただ」クレオンは一旦言葉を止める。もしかすると失礼な質問になってしまうのではないか、と思ったからだ。しかしそれでも、好奇心の方が勝る。「こういう日は普通、収穫祭を行うんじゃないのか? 皆豊作に恵まれているみたいだし、尚更やらないのはどうしてだ?」
するとアルクとその妻は、冷や汗をかきながらきょろきょろ部屋を見回す。
「あ、ああ別に大したことじゃないよ。それより冷めないうちに食べて。今日のスープは、うちの妻自慢の逸品だから」
アルクはせわしない様子でスープをかけこむ。クレオンは妻の方へと目を向けたが、「どうぞ冷めないうちに」と似たような事を言われてしまった。あまり話したくないようだし、これ以上尋ねるのは野暮だろう。クレオンは仕方なく、好奇心を仕舞い込む。
普段よりも素晴らしい食事を終えて、クレオンとアルクは一服していた。ロイは既に床に就き、妻は食事の後片付けを行っていた。お互いに食事の感想を言い合ったのち、アルクはクレオンの身体を指さす。
「そういえば、怪我のほうはどうだい?」
クレオンは怪我をしていた箇所を指で突く。
「おかげさまで、もう平気だ。あの薬師の煎じ薬はかなりの効果だったよ。すごく苦いが」
「それは良かった」アルクは微笑むと、コップに入っていた葡萄酒をひと口飲む。普段彼は酒を飲まないが、こういう日はせめてもの祝いとして飲むのが習慣らしい。それでも完全に出来るまでは飲まないそうだ。「それで、結局はどうするんだい? 村に残るのかい」
「いや、やらないといけない事があるから。収穫が終わったら発つよ」
「そうか……それは残念だ」
アルクとしても、クレオンの手助けは非常にありがたかった。特に彼は、ロイの面倒をよく見てくれていたからだ。ロイも既に父親よりも、クレオンになついているのでは、と思わせるくらいに。
「本当に世話になった。ありがとう」
「どういたしまして」アルクは葡萄酒を一気にあおると、立ち上がる。「明日は早いからそろそろ寝るよ」
「そうだな。俺も手伝わせてくれ」
「もちろん。だけどその前に一ついいかな」クレオンの提案に、アルクは焦る表情を浮かべた。「明日は陽が昇る前には収穫を終えて、王都に向かわないといけないから」
「随分早いな。何かあるのか」
「まあ……一番収穫に適してる時間だからね。それに真夜中なら涼しいし」
クレオンは疑問に思った。夜に収穫しないといけない作物なんてあるのだろうか。それにアルクの言い分は、とてもこじつけに思えてならない。収穫祭に関しても。何かを隠している。彼の態度は、まるで疑問に思ってくれと言っているような物だった。
「アルク」クレオンは足早に床へ就こうとするアルクを止める。「何か困っている事があるなら相談に乗るよ。これでも問題解決には自信があるんだ」
実際のところ、クレオンは旅の先々で様々な問題を解決し、支持を得ていた。探し物から魔族の討伐まで、彼にはその技量は充分にある。
「いや、大丈夫だよ」アルクは精一杯冷静なふりをする。「収穫祭の件も、村の風習みたいなものだから」
「だがここより小さい村でも、収穫祭は行ってたぞ」
「僕達の村は、こう見えても結構切り詰めて生活してるんだ。前も言ったけど、最悪、具のないスープを毎日一食ずつって生活だってあり得るんだから」
「そうか。変なことを聞いて済まなかった」
ひとまず頷くクレオンだが、やはり内心は納得していなかった。
「気にしないで。確かに他の村と比べれば、うちはちょっと違う所もあるからね」
アルクも話を早々に切り上げて、今度こそ床へ向かう。
「それじゃあ、また明日」
クレオンも立ち上がり、軽い会釈をする。
「また明日」
アルクも答えて、寝室へと向かう。丁度彼の妻も片づけが終わったようで、クレオンに挨拶をして寝室へ入っていく。
納得できなかったクレオンだが、今はこの村の問題を解決する時間はない。そう言い聞かせて、彼も床に就いた。
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