第2話 一筋の涙

「あんたは、もう!心配ばかりかけるんだから!」

双子の姉の阿津が、志津に会いに来て開口一番に叫んだ。どうやら相当、肝を冷やしたようでその目は紅くなっていた。声も若干震えている。

「ごめんってば。そんな怒らんでも。」

「そりゃね?目の前で飛び降り自殺を見て、ショックを受けているであろう妹を労ろうとは思ったよ?でもね、巻き込まれたって聞いて、最悪の結果を想像しない方がおかしいっての!!」

どうやら阿津に母親から連絡が行ったとき、随分と大袈裟に知らされたらしい。実家から独立した志津と阿津は、一人暮らしをするもののアパート自体はそんなに離れていない。そこで地方に住む母親が慌てて、志津の様子を見てくるように阿津に命じたようだ。

実際には飛び降りた人物に接触する事故は免れ、ただただ目の前に倒れる人を見て志津は腰を抜かしたのだった。

念のためと病院に運ばれて、警察からも現場の状況を聞かれている間。阿津は顔色を真っ青にして、病院に駆けつけてくれた。

ようやく解放された頃には午前0時を回っていて、深夜料金をケチることなく阿津が手配してくれていたタクシーに乗って帰ってきた。

「下でタクシーを待たせてるからもう行くけど、明日は仕事を休んでも良いと思うよ。」

志津を送り届けた玄関先、阿津は彼女にアドバイスをする。

「ありがと。朝、店長に電話してみる。タクシーの料金、後で半分出すから。」

「それは別にいいけどさ。こういうのって後からじわじわくるから、気をつけなよ。」

志津が助言に対して素直に頷いたのを確認すると、阿津は後ろ髪を引かれながらも帰って行った。

一人になった志津は玄関の鍵を閉めて、部屋に戻る。

頭の中はぼんやりと霧が立ちこめるようなのに、目の奥は妙に冴えている不思議な感覚がした。夕食を摂っていないのに、空腹を感じない。いつも楽しみにしているテレビや雑誌を見る気にもなれず、今日はもう寝てしまおうと思った。

小さな灯りだけを点けてベッドに潜り込み、瞼を閉じた。しばらく意識を手放すことも出来ず、寝返りを繰り返す。寝ようとしてどのぐらいの時間が過ぎたのだろう、窓ガラスを雨粒が叩き出す音が聞こえてきた。ぽつん、ぽつんと疎らだった雨は徐々に本降りになって、連続した流れる音となった。

まるで、涙のようだと思った。


人間が地面に叩きつけられる音を初めて聞いた。まるで大きな水風船を力一杯、振り下ろしたかのようだった。

目の前で倒れるのは青年で、どこかで見たことのある顔をしながら額から血を流している。

志津は腰を抜かしてぺたりと地面に座り込み、そして。

その青年に声をかけていた。

「あの…、大丈夫…?」

気が動転していたのだろう。決して大丈夫ではない状況で、問うてしまった。

「…。」

もちろん青年は答えることなく、身動き一つとれない。周囲では野次馬が広がりつつあり、遠くから誰かが呼んだ救急車のサイレンが聞こえてきた。

そして救急隊員によって担架に運ばれるとき。

青年の目尻から、一筋の涙が零れたところを志津は見逃さなかった。

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