第31話 お宅訪問

 ピンポーン…


 俺は次の日の14時に桃月食堂に足を運んでいた。

 昨日の夜に茜さんから14時にお店の裏手にある玄関に来て欲しいとメッセージが届いていたので、昨日のうちに俺が使っていた参考書たちと手土産として駅前のお店で買ったプリンが入った箱を持って玄関前で待機している。


「一応サッと目は通して来たけど…ボロボロだなぁ…こんなの使ってもいいのか?」


 そう言って先ほど鞄から取り出して俺の手にあるボロボロの参考書を見る。

 俺の手の中にあるそれは随分と年季が入っており、見る人によってはヨレヨレのみすぼらしいゴミの塊のようにも見える。

 玄関前で俺が一人悩んでいると、不意に目の前の横開きの扉がガラガラと開いた。


「……いらっしゃい。わざわざすまないね」


「…えっあっ!は、初めまして!今日は家庭教師として来ました、辻凪綾人と申します!」


「…瞳から聞いてるよ。どうぞ中に」


「は、はい!失礼します!」


 び、びっくりした…瞳さんかと思ったら初対面の旦那さんの方が出てくるとは…

 しかも凄い無表情で何考えてるかわからないのが余計に怖い…


 俺はそう動揺しながらも玄関に入ってからきちんと靴を揃え、旦那さんの後ろをついて行く。


「…じゃあ部屋はここだから、茜のことよろしくね」


「は、はい!それと、もし宜しければこれ…つまらないものですが、皆さんで召し上がって下さい」


 俺は旦那さんに階段を上った先の部屋に案内され、下りて行こうとする旦那さんに慌てて手に持っていたプリンを差し出す。

 すると旦那さんは無表情だった顔を嬉しそうに少し綻ばせながら、俺に言葉をかけてくる。


「!……ありがとう綾人君、これはありがたく頂こう。……それと一つ聞きたいんだが…その参考書は君が使っていたのか?」


「え?はい、実際に僕が使っていたものですけど…やっぱり新品の方が良かったですよね…今から買って来ます!」


「いや是非ともそれを使ってくれ。…そうか、君は君のままなんだな…」


「え?」


「…いやなんでも。じゃあ宜しく頼むよ」


 そう含みのある言い方をして旦那さんは一階へと下りて行った。…なんだか少し嬉しそうだったのは気のせいだよな?


「…っとダメだ。今日来た仕事をしないと…」


 そう思い直した俺は目の前のドアをコンコンとノックする。すると中から声が返ってくる。


『はぁーいお父さん?どうしたの?』


「え、えっと…辻凪ですけど…茜さん?」


『…えっ!?つ、辻凪君!?嘘!もうそんな時間!?ちょ、ちょっと待っててね!』


 そう俺が声をかけるとドタバタと音を立てて、慌てたように何かをしている茜さん……もしかしてここって茜さんの部屋とか…?


「いやいやまさかな…旦那さんも初対面の男を娘の部屋に二人きりなんて許すはずないしな」


 俺が一人で納得してから数分待っていると、恐る恐る茜さんがドアを開いた。


「ごめんね…辻凪君、もう入っても大丈夫だから…ど、どうぞ?」


「う、うん…お邪魔します…」


 そう茜さんの許可を貰って中に入る。そこはやはり俺が想像していた通り茜さんの部屋らしく、白い壁紙に薄ピンクの絨毯や家具の上に多くのぬいぐるみが揃っており、まさに絵に描いたような女の子の部屋だった。


 …女の子の部屋に入るのは初めてだけど…なんかいい匂いが…って!何考えてるんだ!しっかりしろ!俺!


「えっと…どこで勉強しようか?」


「あ…え、えっと…」


 …俺は見えないぞ!この部屋の中央に置かれている明らかにこの部屋の家具では無い色の机と二つの座布団は!


「えっとね…?お、お母さんが空いてる部屋が無いから…ウチの部屋で勉強しなさいって…」


(絶対瞳さん嘘ついてるだろ!!!もうなんとなく分かるよ!?)


 なんでかは分からないが、こんなに広いお家で部屋が無いなんて事はありえない。なので瞳さんの意図的な匂いがする事は確かだ。

 …しかし決して俺はやましい気持ちがあってここにいるわけでは無い。だから大丈夫だろう…きっと……


「そ、そういう事なら仕方ない…な?…でも茜さんは大丈夫なのか…?俺と部屋に二人きりで…」


「うん…辻凪君となら…ウチも大丈夫だから…」


 そう頬を少し赤らめながら俺に言ってくる茜さん。…美少女に目の前でそんなこと言われたら勘違いしそうになるだろ!?

 でも俺はわかってる。茜さんは俺が痴漢から助けてくれた恩人だからこそ信用してくれているんだ。


「そ…そうなんだ…?じゃ、じゃあ早速勉強始めようか!」


「う、うん!辻凪君、よろしくお願いします!」


 それはそうと俺の中の煩悩が簡単に消え去るわけでは無いので、俺たちは早速勉強道具を広げて勉強に取り掛かることにした。

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