第29話 出来損ないの足掻き

「ふぅ…やっぱり数学が苦手なんだなぁ俺って」


 今日の朝の事件?があった日の放課後、俺は授業以外では透明人間のように存在感を消す事に精一杯だった。なんとか勇次の嘘のお陰でその場しのぎはできたが…面倒ごとも多くなりそうだな…


 そんな事態から目を背ける様に俺は今日の授業の復習は勿論、参考書や苦手な問題や科目を解き直したりしていた。


 ピリリリリリリッ


 今日の分の問題を解き終わり、椅子の上で体を伸ばしていると俺の携帯に電話がかかって来た。誰だ?こんな時間にと思いながら携帯の画面を見た俺は、即座にだれていた気持ちと姿勢を直し電話に出た。


「はい綾人ですが…どうかしましたか?こっちは何も変わりないですけど…」


『………お前の事などどうでもいい。それより黙って私の話を聞け』


「……はい父さん…なんですか?」


 今電話の向こうにいる相手は…俺の父親、辻凪厳三つじなぎげんぞう。…久しぶりに声を聞いた気がする。よっぽどの事がなければ連絡はして来ないはずなのに…


『使用人から聞いたぞお前、お前が行っている三恋高校とかいう偏差値の低い高校如きで首席じゃ無かったそうだな』


「…はい」


『そんなところでも主席を取れないとは……はぁ………お前は本当に私の顔に泥を塗り続ける出来損ないもいいところだな。彰人と瑞樹は昔から優秀なのに…なぜお前は違うんだ?』


「…申し訳ありません…父さん」


『もういい、お前には何も期待していないからな…期待するだけ酷というものだろう。お前が自分の立場を理解した上で家を出た時だけは、その行動力を評価した。しかし住むところも見つからずに野垂れ死ぬだろうと思っていたが…出来損ないにしてはしぶといな?…嫌、出来損ないだからか』


「…」


『まぁいい、お前の人生だ。私には関係ない…が……本当に残念だが、お前の父親は私だからな…世間体もある事だ。必要最低限の生活費だけは出してやる、足りない分は働いて稼げ。だからこれ以上私の顔に泥を塗る様な真似はするな。お前のせいで彰人と瑞樹が大切な予定をほったらかして、のことでお前の元に行ってしまって大事になった事を肝に命じて忘れるなよ』


「…はい。その節はご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳…」


 ブツッ…ツーツー……


 俺が言葉を言い切る前に電話の向こう側にはもう誰もおらず、真っ暗な画面と通話の切れた音が鳴り響いているだけだった。


「そうだな…俺は彰人兄さんや瑞樹姉さんと比べたら出来損ないなんだ…睡眠時間を削ってでも勉強しなくちゃな…」


 それから俺はまた数時間勉強をした…いつかあの人に名前を呼んでもらえる様に。



「…そろそろ腹減ったな…でも作るのは面倒だし美味しくないし…そうだ桃月食堂にいこう…」


 あれから数時間経った頃、時刻は午後8時ほど。自分で飯を作るのが億劫になった俺は桃月食堂の事を思い出し、財布と数冊の参考書をカバンに詰めて家を出た。


 自宅から十数分ほど歩いて食堂にたどり着いた俺は、扉を開いて中に入る。


「いらっしゃいま…あら!綾人くんじゃない!」


「へっ!?つ、辻凪君!?」


「こんばんは瞳さんに茜さん。急に来てしまってすみません」


「いいのよ〜!綾人くんだったらいつでも大歓迎だしね♪じゃあ席は…」


「すみません瞳さん、ちょっと今日は勉強もしたいのでテーブル席でもいいですかね?」


「ん?いいわよ?今はお客さんも少ないしね、じゃあこっちに座って貰って…ご注文は?焼肉定食かな?」


「え?あっはい焼肉定食でお願いします」


「OK、じゃあ茜?料理頼んだわよ?」


「う、うん…じゃ、じゃあちょっと待っててね辻凪君…」


 そう俺に言って茜さんは厨房へと向かい、瞳さんは他のお客さんの食器などを片づけに行ってしまったので、俺は持って来た参考書を広げて勉強を始める。

 …というかここに来るのは2回目なのにもう瞳さんは俺の頼むものを覚えているのか…




 それから数分ほど得意科目の現代文を解いていると俺の横に人影が現れ、横を見ると瞳さんが参考書を覗き込んでいた。


「…もしかして綾人くんってめちゃくちゃ頭良かったりするのかしら?ここって1年生の後期の範囲よね?もうそんな所まで勉強してるの?」


「いえ頭がいいわけでは…入試もクラスメイトに負けて次席止まりでしたし…」


「えぇ!?次席!?1000人くらいの中の2番目って事でしょ?十分凄いじゃない……じゃあ次は学年一位を目指して勉強してるってことかしら?」


「えぇっと……まぁ…そんな感じですね…アハハ…」


 流石に自分の能力の低さがコンプレックスだからだとは言えなかった俺は、少し濁しながら瞳さんに返事を返す。…俺の場合は高校の中じゃなくって、そのさらに高みにいる身内に追いつく為って言っても普通の人にはわかんないしな。


「……そっか、勉強するのも色々理由があるものね…じゃあそんな綾人くんにお願いがあるんだけど…聞いてくれる?」


「はい?なんですか?」


「その…無理なら断ってくれてもいいんだけどね?…綾人くんさえよければ茜の家庭教師をやってくれないかしら?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る