第9話 美人が誰かを探してるらしい

 あの後ギリギリスーパーに間に合った俺は、なんとか今日の夕飯と明日の飯を確保する事が出来た。なんだかんだあったが安く総菜や弁当を確保できたことは、多少面倒ごとがあったとしても俺の財布事情の点からすればプラスだった。


 そして翌日の朝、俺は勇次と一緒に登校していた。


「そういえば綾人、どうしたんだ?その怪我した左手」


「あぁ…昨日ちょっとな」


「ふーん…まぁお前がそう言うなら何にも聞かねぇけどよ。お前は自分に無頓着なところがあるからな、気をつけろよ?」


 …やっぱり勇次にはなんとなくバレてるか…まぁ実際高峰さん達が無事だったし、それで俺は良いんだけどな。

 そんなこんなで学校に辿り着いた俺たちは、周囲から聞こえてくる妙な話を聞いた。


『おい聞いたか?!あの三大美女の一人が人探ししてるみたいだぜ?!』

『マジかよ?!誰を探してるって?』

『なんでも左手を怪我してる奴らしいぜ?』

『マジ?!俺も保健室で包帯もらってくるぜ!!!』


「……これは偶然かぁ?綾人?」


「偶々だ。そもそも俺の話じゃ無いだろ?探される程悪いことした訳じゃねえし」


「そうじゃ無いと思うんだが……まぁそこがお前の良い所だよな」


 何故か勇次から褒められたんだが…?俺はなんで褒められたのかわからないまま教室に入った。


『お!おはよう小柳君!と……え〜……辻名君?も…』

『あ〜勇次君おはよ〜……辻…君も…おはよう〜』

『オッス小柳!次並君も!』


「お〜おはようみんな!…あと綾人は辻凪だぞ?覚えとけよ〜」

「お、おはようございます…」


 そう教室に入った瞬間、勇次はクラスメイト数人に挨拶されている。…ホント凄いなこいつ、昨日の今日だぞ?なんでこんなにフレンドリーな関係が1日で築けるんだ???

 それに比べて俺なんて名前すら覚えられて無いじゃん。まぁ今までもそうだったけどな…

 ってかなんだ次並つぎなみって、勇次の次は並ってか?!イントネーションもちょっと惜しいけどさ…


 そんな事で脳内ツッコミを入れながら、クラスメイトに囲まれている勇次と別れて俺は自分の席に座る。


「はぁ〜…眠い…」


 昨日は左手が痛くて、寝付くのが遅くて少し寝不足だ。風呂も石鹸が手にしみるし、食器は持ちにくいし…ホントに不良ってヤツは関わるとろくな事がない。


 そう机に悲しく一人で突っ伏している様な俺に近づいてくる物好きが一人、さっきまで遠くで話していた周囲の人を掻き分けながらその人は俺の横にやって来た。


「おはようございます辻凪君。今日はなんだか眠そうですね?寝不足ですか?」


「あぁ…おはよう美白さん。そうなんだよ、ちょっとね」


「ふふっ…まさか夜中までゲームでも……って辻凪君?!どうしたんですか?その左手!怪我してるじゃ無いですか!」


 とそう大きなリアクションで、顔を青ざめながら俺の左手を優しく取って撫でてくる美白さん。……なんで手を取られたんだ?美白さんなりの優しさか?


『美白さん大丈夫だって、どうせ例の噂を聞いて怪我してないのに包帯巻いてるだけだって』

『そうそう!そこまでしてお近づきになりたいもんかね〜!男はさ!』


「噂……ですか?」


『そうそう、ほら美少女が左手怪我してる男を探してます〜って奴。教室も見渡してみて?』


 そうさっきまで美白さんと話していた女子達が、呆れた目をしながら教室中に視線を移す。…確かに妙な程左手に包帯やガーゼを巻いたり貼ったりしてる奴が多いな…


『あんな感じで話しかけに行くきっかけを作って、話に行こうって連中ばっからしいよ?だからその……え〜…辻上くん?だっけ?もそうなんじゃ無いの?』


 そう言いながら俺を呆れた目で見てくるクラスの女子。……まぁ確かにそう見えるか、客観的に見たら。


「確かにそういえば皆さん左手を怪我してらっしゃいますね…気がつきませんでした…」


『そうだよ?美白さん。だからそこの子も本当は怪我なんてしてなくて、それが狙いなんだって』


「……そうなんですか?辻凪君?」


「え、えっと……まぁそんな感じ?かな?」


 何故か冷たい目で俺のことを睨んでくる美白さん……怖ぇ!美人に睨まれるってこんなに怖いのかよ!久しぶりだなこの感じ………あれ?久しぶり???俺って美人に睨まれる様な事あったっけ…?なんか最近こういう感じ多いな…?


 そして暫く冷たい目で俺の事を睨んでいた美白さんだったが、少し経つと「ふぅ…」と睨むのをやめ、呆れた様に息を吐いてこう言った。


「全く……ですか、そういう優しいところは全く変わらないですね…辻凪君も」


「え?」


「いいえ、何でもありません。とにかく!痛む様でしたら保健室に行って見てもらってくださいね。く・れ・ぐ・れ・も!その女性に会いに行こうとしない様にしてくださいね!怪我人なんですから!!」


「は、はい…そうします……」


 釘をさす様に俺に近付いてそう言ってくる美白さん……近い…いい匂いするけど、俺の心臓には悪影響だ…


 そしてそのタイミングで丁度「キーンコーンカーンコーン」と始業のチャイムが鳴り、元木先生が教室に入ってくる。


「よーしお前ら〜ホームルーム始めるぞ〜席につけ〜!!……ん?何でお前らそんなに左手怪我してるヤツが多いんだ???」


 先生がそんな疑問を持つほど、教室の中は俺を含め左手を怪我した男子生徒で埋め尽くされていた。

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