第5話 形の無い嫉妬、形の有る嫉妬

 あの後地獄のような空気を、美人スマイルで乗り切ってくれた美白さんに俺は静かに感謝しつつ、自席へ座った。


 そして再び何事もなかったかのように自己紹介は進んでいき、遂に美白さんの番となった。ガタッと椅子を引いて彼女が立ち上がっただけなのに、クラス中が息を呑む程に美白さんには神聖な何かがあった。


「初めまして。美白璃奈と申します。元々はここから遠い所に住んでおりまして、先日引っ越して来たところです。好きな動物は猫で、運動は少し苦手です…」


 流石は美白さんと言うべきか、自己紹介一つをとっても話題を引伸ばせそうなキーワードばかりのハイスペックっぷり…内容だけで見ればいたって普通なのだが…美白さんが言うことでその価値が何百倍にも膨れ上がっている。


 ……ここだけで美白さんの自己紹介が終わっていれば無事だったのだが、彼女は俺にとってとんでもない爆弾を投下していった。


「遠くからの引越しで見知らぬ方ばかりなので、友人ができるかとても不安だったのですが…つい先程一人目の友人として辻凪君とお友達になる事が出来ました!なので皆さんも仲良くして頂けると嬉しいです。どうぞよろしくお願い致します」


 そう言って美白さんは綺麗なお辞儀をし、クラス中が勇次の時よりも大きな拍手に包まれる。


 ………ん???ちょっと待って?聞き間違いかな?


 そう思いながら俺は大きな拍手が鳴り響く教室を見渡す。

 するとなんと言う事でしょう、皆さん笑顔で俺のことを睨むなんて事をされてるじゃ無いですか。

 しかもその辺から『チッ…』とか『なんだあいつ死ねっ!』とか不穏な声が聞こえて来るんだけど?!なんでだよ?!俺が悪いの?ってかそもそも俺たちって友達だったの?!


 そんな事で現実逃避をしていると、席に座った美白さんが小さな声で声をかけて来る。


「(私は辻凪君とお友達になりたいのですが……ダメ…でしょうか?)」


 …女の子に上目遣いでそんな事を言われて、ダメとは言えないよなぁ…


「(ま、まぁ俺なんかで良いなら…でも本当にいいのか?俺で)」


「(勿論です!寧ろ辻凪君じゃ無いとダメなんです!やりましたっ!)」


 そう言って美白さんは満面の笑みを浮かべつつ、その大きな胸の前で小さくガッツポーズをした。…間違えて見てしまいそうになるから見えないところでやって欲しい…ほら左隣の男の子がガン見してるじゃ無いか。


(俺じゃ無いとダメ…か……そんなの勇次以外に言われた事なかったな…)


 俺は嫉妬でクラス中から睨まれていることも忘れて、そんな事を考えていた。…入学して初日なのに胃が痛い……



 あの後すぐに今日は解散となった。美白さんの席の周りには山のように人が集まってきたが、美白さんを迎えに来ためちゃくちゃデカイ男の子が教室に入って来たのを見て、全員蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。…怖いよね、隣に居ただけだけど俺もめちゃくちゃ怖かったし…


 その後美白さんが「私の弟の玄也って言うんです」と紹介してくれた。いや弟には見えないよ…てっきり年上の彼氏かなって思ったよ…

 例の弟君は美白さんに何かを耳打ちされた瞬間、今まで出て居た警戒オーラを引っ込めて「姉ちゃんをよろしくお願いします!綾人さん!」と、一瞬でめちゃくちゃ懐かれてしまった…なんで???


 そして美白さんが弟君と帰って行った後、俺も勇次と共に校門前に集まっている。勇次の家族とはもう記念撮影を終え、今は近くに停めてある車を持って来てくれるそうだ。ありがたい。


「…なぁ綾人、本当にご両親は…」


「来ないよ、あの人達の事だし…来る予定を仮組みすらしてないだろうさ」


「……息子の高校入学だろ?しかもここ偏差値も中々高い難関校じゃん?祝いにすら来ないって……」


「そう言う人達なのは知ってるだろ?……あの人達はさえ居てくれたら良いんだよ……」


「綾人……」


 そう、いつものことだ。両親を含め家族は大切に思っているが、今更悲しいなんて思いすらしない。……あの人達も別に俺なんかの為にわざわざ来なくて良いのにな。


「おーい!綾人!来たぞ〜!」


「綾君!高校入学おめでとぉ〜!」


 そう言いながら高級そうなスーツと服に身を包みながら、こちらに歩いて来る二つの影。……俺の血の繋がった兄と姉の二人だった。


「高校入学おめでとうな!綾人、ほらこれ入学祝いだ。」


 そう言って某高級ブランドの腕時計を渡してきた、俺と似て居ないイケメンは兄の辻凪彰人つじなぎあきと。12歳年上の兄で、今は会社経営をしている超がつくエリートだ。


「綾君おめでと〜!お姉ちゃん嬉しいな〜!」


 そう言って俺を抱きしめて来たのは、6歳年上の姉の辻凪瑞樹つじなぎみずき。実は今芸能界で活躍している超売れっ子女優で、今も変装をしているものの溢れ出るオーラまでは隠しきれて居ない。


 この二人は、こんな俺を見放さないで居てくれている数少ない人達だ。いつもこうして忙しいにも関わらず、親の代わりにイベントごとにはよく来てくれる。


 だからこそ俺は、この人達のことをとても大切に思っているし、感謝もしている。

 こんな俺なんかの為にわざわざ時間を割いて、こうして俺に時間を使ってくれる…とても良い兄と姉だと思っている。






 ………しかし俺はこの二人の言葉が、全く心に沁みてこなかった。

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