【短編】「これが最後でしてよ」と婚約者に言われた情けない王子の話

宇水涼麻

【短編】「これが最後でしてよ」と婚約者に言われた情けない王子の話

「見て見て! 今日はイノシシを仕留めたんだよっ! 夕ご飯はステーキがいいなっ!」


「まあ、すごい量のお肉ですわね。では、クミンとセージで焼きましょう」


 僕の天使は笑顔で答えて、肉を持って台所ヘと消えた。僕は彼女が用意してくれたせ風呂へと向かう。


 きっと彼女はお肉のご褒美にエールを用意してくれるだろう。ちょっと酔ったふりをして、今日は彼女に甘えるのだ。そのためにも身奇麗にしなくてはならない。


 僕はデレデレとした顔でいそいそと服を脱いだ。



〰️ 〰️ 



 僕はこれでも第三王子だった。過去の話だけど。

 僕には幼い頃から婚約者がいて、結婚したら公爵になると言われてきた。

 そのための勉強も武術も頑張ってきたし、社交だって頑張ってきた。


 僕の婚約者の侯爵令嬢はとても優秀な子で、頑張っても何か足りない僕のことをいつも支えてくれていた。










 でも、僕は貴族学園へ入学して二年目に、それを疎ましく思うようになり、婚約者の侯爵令嬢シルエリアを遠ざけるようになっていた。


 だって……


「侯爵令嬢がいないと何もできない王子」なんて言われていることを、教えてくれた男爵令嬢がいたんだ。僕はその話のショックと、本当のことを教えてくれたことで、その男爵令嬢が好きになってしまったんだもの。


 そして学園三年目の卒業パーティーで、僕はその男爵令嬢の言葉を信じシルエリアを断罪しようとした。


 『しようとした』が――できなかった。


 だって……


 ぜぇーーんぶ、男爵令嬢の嘘だったんだもの。そして、その男爵令嬢は、僕以外の僕の側近候補と言われていた者たちと不純異性交遊を働いていたらしい。その男爵令嬢はパーティーの最中、その者たちと共にその者たちの親に連れ去られた。


 僕が信じていた者たち全員が一瞬にしてパーティー会場からいなくなった。


 父上の代理だという王太子の兄上が僕を睨んでいた。


「陛下がお待ちだ。沙汰を受けよ」


 兄上が僕に冷たく言い放った。僕は婚約者のシルエリアを見た。


「シリー! 助けてよぉ」


 僕の目にはシルエリアしか写っていなかった。


 シルエリアはいつもの飄々とした顔でこう言った。


「これが最後でしてよ」



〰️ 〰️ 〰️



 わたくしの幼い頃からの婚約者である第三王子は、なかなかに優秀で、優しく、素直な方です。しかし、決断力や注意力、そして度胸に欠ける方でした。


 そんな彼だからこそ、わたくしがフォローしていこうと思えましたの。


 デビュタントのファーストダンスは緊張しすぎて第一ステップが遅れました。わたくしが空かさずフォローいたしますと、ハッと我に返り、そこからは完璧なダンスでございました。


 隣国の王子と話をしようとするとあちらから先にご挨拶をされてしまい、舞い上がってしまわれました。わたくしが空かさずフォローいたしますと、すぐに思い直され相手のお国のお言葉でスラスラとお話をされました。


 終始このような感じで、優秀であるのに少し気弱な方なのでございます。


 学園へ入学なさってからは、国王陛下から指名された側近候補様方とご一緒にいられる時には、わたくしは離れているようにいたしました。

 学園を卒業しお仕事になれば、わたくしはフォローできませんので、その役目を側近候補様方に託したのでございます。


 それがいけなかったのか、お一人の男爵令嬢様に皆様が懸想するようになりました。

 わたくしは側近候補様方が存在する手前、表立ってフォローするわけには参りません。ですので、その側近候補様方の婚約者であるご令嬢様方のフォローをしていくことにいたしました。


 しかしながら、次々と運び込まれる不穏な噂と不穏な報告に、どうしたものかと悩んでおりました。


 それでも、政略結婚であることを理解されているご令嬢様方は、あくまでも一線を超えなければ赦して差し上げるのだ仰っておりました。そして、手綱の握り方をそれぞれのお母様方に習いながら日々過ごしておりました。


 そんな女性陣やご家族のお心を知らず、不貞を働いていく側近候補様方であります。

 もし、男爵令嬢様が身籠られても、誰のお子かはわかりかねるのではないかと思われるほど多くの不貞報告がもたらされました。


 婚約者の皆様とそのご家族は、彼らと婚姻をする前から男爵家のご令嬢の子を押し付けられては堪らないとお考えになりました。ですので、不貞の報告をされた方々から婚約白紙へと相成っていきました。


 本人たちには婚約白紙について家族から説明を受けたようですが、ヘラヘラと笑っていたと報告がありました。


 卒業パーティー後にわかったことですが、男爵令嬢は催淫剤と催眠術を使っていたそうです。


 元側近候補様方は療養のため、各領地へ監禁されそれぞれに処罰を受けました。とはいえ、薬によるものだという情状酌量をされ、さほどキツイ罰はなかったようですわ。

 一番の罰は『婚約者がいなくなり家督争いから脱落した』ことでありましょう。


 男爵家のご令嬢をその方々の親御様から引き渡された近衛師団は、その日のうちに男爵家へ乗り込み、催淫剤の原料や催眠術の本などを押収いたしました。男爵家は早々にお取り潰しとなり、平民となったご家族は何の弁明も赦されず、内密に処刑されました。そのご令嬢も一緒に。


〰️ 〰️


 僕はパーティーでの失態の後、しばらくは療養という監禁をされた。

 その後、鍛え直せと父上から厳命され、そして、王城にある騎士団一兵卒用の部屋住みになり一兵卒として訓練を受け働いた。


 だが、『短期間だ』との判断と『国王陛下からの命だ』ということで僕にキチンと厳しく接していた者たちも、本当に厳しくしていたのは最初のうちだけであった。半年をすぎる頃になると、腫れ物を触るように僕を扱うようになった。


 なぜなら……


 万が一僕が王様になったらどう扱われるかという不安が彼らにはあるからだ。


 僕にその気がなくともそういう心配をさせてしまう立場であることに、申し訳なさと苛立ちが混ぜこぜになり、僕はこの国にいるべきではないと考えるようになった。


 そんな時、シルエリアが僕の前に現れた。


「これが最後でしてよ」


 卒業パーティーでそう言ってくれたシルエリアは僕のフォローをしてくれたのだった。


「本当に仕方の無い人ね」


 王城の一兵卒の部屋に来たシルエリアは、泣き顔の僕の頭をそっと抱きしめてくれた。




 僕は、

 シルエリアに迷惑はかけないと誓った。

 シルエリアを裏切らないと誓った。

 シルエリアを愛し続けると誓った。


 シルエリアの側にいたいと心から願った。



〰️ 


 第三王子が薬物を体から抜く療養期間の後、再教育という名の下に騎士団で厳しく訓練を受けている間に、わたくしは平民になるべく、メイドや使用人や料理人からいろいろと指導を受けました。


 最初こそ渋顔であった両親も、わたくしが決めたなら仕方がないと、小さな村の管理人のお仕事をわたくしにくださることになり、そちらの勉強もいたしました。


 騎士団で一兵卒として半年間の罰を受けた第三王子は、わたくしのアドバイスで、王位継承権を放棄し平民になることを決めました。

 しかし、王位継承権を放棄しただけではおかしなことを考える輩がいるかもしれないと、第三王子は死んだことにすることとなりました。


 わたくしにとってはどちらでも関係のないことなのでした。



〰️ 〰️ 〰️



 シルエリアは僕と一緒に平民になった。シルエリアは侯爵家領地の小さな村の管理人をしている。

 小さなお家にはおばあちゃんメイドが一人だけ。だからシルエリアが家事のほとんどをしている。もちろん僕もお手伝いをする。


 僕は管理人の夫として村のいろいろなお手伝いをしているのだ。

 今日は猟師のお手伝いをした。武術を頑張ってきたことは本当によかった。


 僕が元王子だったことはこの村の誰も知らない。国としては、僕は毒杯を賜ったことになっているので、政治的混乱もあり得ない。

 すべて、シルエリアが僕のためにお膳立てしてくれたことだ。


〰️ 


 初夜はとっても下手くそだったみたいだ。


「あの方―男爵令嬢―と何もなかったというのは本当のようですわね」


 翌朝、それを言った時のシルエリアが聖母の笑顔だったので、僕はホッとしたんだ。



〰️ 



「どうしてあの方と契らなかったのです?」


 わたくしは初夜を過ごした朝方、まだまどろんでいる元第三王子たる夫に聞きました。寝ぼけ眼の夫はきっと嘘などつけません。


「シリーじゃなかったから……」


 そう言ってわたくしの胸に頭を預け、再びスヤスヤと寝息を立て始めます。


 こんなことをシレッと言ってしまうカワイイ夫をわたくしはいつまでも見捨てることができないのです。


「―侯爵令嬢としてお助けするのは―これが最後でしてよ」


 わたくしは妻としてこれからも夫をフォローして参りますわ。


〰️ 〰️ 〰️


 エールとステーキで気持ちがよくなった僕は、ソファーでシルエリアに膝枕をしてもらっている。

 シルエリアは何でもわかってくれていて、先程僕たちの娘をメイドに託してくれていたのを僕は知っている。


 今夜のシルエリアは僕だけのものだ。


「シリー、僕、幸せなんだぁ」


「そうなのですか? ふふふ」


「そうだよ。僕は、君と娘、二人の天使に囲まれているんだから」


 シルエリアは僕の髪を手で梳きながらクスクスと笑っていた。そして僕が上を向くと、優しく口づけをしてくれる。


 口づけが離れると、僕は立ち上がりシルエリアの手を取って寝室へ向かった。

 

 〜fin〜

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