不完全令嬢の復活劇
🔰ドロミーズ☆魚住
不完全令嬢の開幕劇(1/2)
『せみ』という虫が鳴いている。
せわしなく うるさい雑音で 鳴いていた。
【 縺医?繧 縺医?繧 縺医?繧 縺医?繧 】
『にほんじん』という虫が泣いている。
せわしなく うるさい声で 泣いていた。
【 縺エ繝シ縺ス繝シ 縺エ繝シ縺ス繝シ 縺エ繝シ縺ス繝シ 縺エ繝シ縺ス繝シ 】
『きゅうきゅうしゃ』という虫が鳴いている。
せわしなく うるさい音で 鳴いていた。
【 繧上◆縺励′縺薙m縺励◆ 繧上◆縺励′縺薙m縺励◆ 繧上◆縺励′縺薙m縺励◆ 繧上◆縺励′縺薙m縺励◆ 】
『わたし』という虫が鳴いている。
せわしなく 自分の罪を 告げていた。
──これは遠い10年前のあやふやな記憶。
多少は誇張はあるかもだけど、それは仕方ない。
だって、その時の私はまだ5歳の子供な訳で。
日本という知りもしない異国の地に放り投げられていた訳で。
目の前で母親が死んでいたら、誰しもこんな感じになると思うのです。
かくいう私も目から涙を流すどころか、頭から血を流していた訳で。
よくもまぁ、こんなのを覚えていられるものだと呆れて欲しい訳で。
どちらにせよ、私の人生は、役割は、脚本は、生き方はここで狂ったのだろう。
間違えないようなことで、間違えられて。
間違いに間違いが重なって、奇跡みたいになって。
間違いのような奇跡が、奇跡のような間違いが、私を生かしている。
どうしようもなく奇跡的で、間違っていて、生きてしまっている存在が、この私だ。
何故なら、
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「スウェーデンから留学しに参りました。京歌・エークルンドと申します」
――彼女は、気持ち悪いぐらいの完成度だった。
9月1日。
宮崎県延岡市。
最高気温34・7度。
楽しい夏休みが終わり、つまらない始業式も終わり、いつも通りの日常が訪れるはずだった桔梗学園での高校生活は転校生が言い放ったその一言で終わりを迎えたが、その声は気持ち悪いぐらいの完成度だった。
そんな彼女が私に向かって、花咲くような笑みを向けてきた。
その笑みも、反射的に舌打ちしてしまうぐらい気持ち悪い完成度だった。
「……気持ち悪っ……」
声も綺麗で、テレビアニメで声優業をやっていると言われたらついつい信じてしまいそうになるぐらい綺麗な声質だったが、私にはどうしても気持ち悪く聞こえてしまう。
銀髪のように見える白髪はとても綺麗だが、日本人の黒髪と違っているので悪目立ちする事だろうし、そもそも私は鳥の糞を彷彿とさせる白髪が嫌いで嫌いで仕方がない。
左右対称で均整のとれたモデル顔負けの顔面はまるで作り物の人形のようで、良くも悪くも現実味がなくて気持ち悪い。
いかにも育ちの良さそうな深窓の令嬢と言った風貌で、苦労といった苦労を知らないまま生きてきたという第一印象を抱かせて、私をどうしようもなく苛々とさせる。
――詰まる所、彼女は私の一番嫌いな人間の特徴を集めたような存在だった。
目の前の彼女はどう見ても美形の類で、100人中99人が彼女の事を凄い美人であると褒め称えるのは想像に難くない。
ただ、私がその100人中の1人であるというだけの話で、目の前にあの女がいると生理的嫌悪感を覚えてしまって仕方がないだけなのである。
私は人に見られないように細心の注意を払いながら、机の中にある持ち込みが禁止されているスマホで彼女の名前を入力して検索してみた……幸いなことにクラスメイトと先生の注目は転校生の方に集められていたので、難なく検索することが出来た……が、やはりというか想像通りと言うべきか、ヒットした検索内容に対して私はげんなりとした感情に支配された。
――100年に1人の天才役者。スウェーデンが誇る名優。
――10年前に最愛の母を亡くし、その母の意志を継いだ天才。
――8歳にしてアカデミー主演女優賞を歴代最年少で受賞。
――3年前から学業に専念するため休業中。
――舞台から消えた今もなお、彼女の復帰を望むファンの声は絶えない。
「……クソが……」
軽く調べただけでこんなにも情報過多なのは、流石にやりすぎだと思う。
そんなに演劇をするぐらいだったら、もっと他の事をすれば良かったのに。
「……クソ女……」
ため息を吐きながら、私はそう愚痴った。
転校生というのは、言うなれば池の中に放り込まれる石ころのようなものだ。
外から入ってくる異物というものは水面を波立たせる波紋を生じさせ、水中の魚をびっくりさせる。
詰まる所、京歌・エークルンドという転校生は刺激の少なすぎる田舎にとって日常をぶち壊す非日常であると同時に、歓迎される類の異物なのであった。
しかも、それが日本人とスウェーデン人のハーフともなれば、注目度が違う。
「どうしたの、
隣の席の女子生徒……確か、名前は
このクラスのまとめ役である委員長をやっているのだろう彼女が私にひそひそと声を掛けてきたが、その様子を見るに幸いにも机の中に隠しているスマホの事はバレていない様子である。
「……まさか。私、昔からあの人のファンなんですよ」
紹介し忘れたが、私の
宮崎県立の
好きなものは紅茶。嫌いなものはコーヒー。
母親は幼い頃に交通事故に遭って死に、父親は私が金銭面で困らないようにと仕事に打ち込む日々でその所為で私は思春期真っ最中の高校生にして一人暮らし。
そして、京歌・エークルンドに憧れて演劇の道に進もうと努力する女子高生……という設定のどこにでもいるようなモブである。
━╋━━━━━━━━━━━━━━━━━╋━
「雪鶴って将来は何するの? やっぱり演劇?」
「無職ですかね」
午前中の授業が全て終わり、昼休みに突入したばかりの頃、柳田千春は安国寺雪鶴である私に声を掛けてきた。
「え? そうなの? 意外だわ。雪鶴って意外とサイコパスだから社長とか医者とか新興宗教の教祖になりたいとばかり」
「ブラックジョークはやめてくれません? これでも気にしているんですよ、このクソみたいな性格」
笑いながら、彼女はごめんなさいとしっかりと謝ってくれた。
もっとも、彼女の性格から察するに先ほどのは軽い冗談だろうし、ムキになるようなことでもない。
言い換えるなら、彼女は私に面と向かってそういう事を言える仲であるのだろうけれど。
「千春さんが将来の事を口にするだなんて珍しいですね。アレですか? このクラスに仕事をしていた人が来たからですか」
「そうなのかな。未来の私がどんな仕事をしているかも分からないのに、エークルンドさんっている子供の時から仕事をしている人が来たからなのかも」
「あれは例外です。あんなのに憧れるのは止めておくのが身の為です。それにああいうのに限って勉強は出来ないと相場が決まっています」
「あら雪鶴、知らないの? さっき先生が立ち話しているのを盗み聞きしていたんだけどエークルンドさんは編入試験で全教科満点を取ったらしいのよ」
「……全教科満点? 本当に?」
「学生に役者の二足の草鞋でしょうに、よく両立できるものよね。天は二物を与えずという言葉の存在価値がいよいよ怪しくなってきたわ」
私はきっと苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていることだろう。
まさか、彼女が本当にここまでやるとは予想していなかったのだ。
美人で有名人で、それに加えて学業も出来る……ここまで来ると流石に周囲から更に注目されてしまうのではという懸念が生じてくる訳なのだが、そんな私の懸念を知らずに、千春は私に向かってにこやかにクソ女の話題をし続ける。
「ところで京歌さんってどの部活に入るのかしら。やっぱり演劇部?」
「演劇部なら無事に廃部になって演劇同好会になりましたがね。とはいえ、さっき誘ったら二つ返事で入部してくれやがりましたよ、あの人」
「やっぱり演劇部なんだ? エークルンドさんはプロの役者さんだし、他の部活も声かけづらいわよね」
とても気に食わないが、日本人の母とスウェーデンの父を持つハーフの女子生徒である京歌・エークルンドは数多くの主演女優賞を獲得するほどの確かな実力を有している役者である。
……が、最近では役者として活動する機会が減っており、ネット上の心無い人間に終わっただの、燃え尽きただの好き勝手言われている。
過去の栄光と言うべきか、どちらにせよ京歌・エークルンドという人物は過去の存在となりつつあるのが現状で、数年もしないうちに『名前は忘れたけど昔いた凄い子役』という認識となるだろう。
もちろん、彼女の復活を待ち望んでいるファンも数多くいるだろうが、残念な事に多くの夢物語は叶わないまま幕を降ろすからこその夢物語なのである。
京歌・エークルンドが復活することはこの先絶対にない。
その事は世界で一番、私が分かっている。
「でも、そっか。雪鶴の演劇部の部員数はこれで2人目なのね。やったじゃないの」
「やった? はっ、相変わらずご冗談がお上手ですね。このまま廃部になってくれればいいに決まっているでしょうに」
「はいはい雪鶴は相変わらず捻くれ者ね。こういうのも何だけど、有名なプロの役者が所属している部活ってだけでも、新入生が入ってくる期待度は高いと思うわよ」
「元プロですけどね。そこのところお忘れなく。まぁ、客寄せパンダとしては優秀でしょうけれど」
銀髪。美少女。元女優。お金持ちの御令嬢。成績優秀な留学生。
これだけの要素があって、無視できるような人間が果たしてこの世に存在するだろうか。
正直言って、余りにも属性を詰め込み過ぎで胃もたれしてしまいそうな設定……もとい、実績であり、どれも本当だからこそ堪らない程に苛ついてしまう。
「あら? あまり嬉しそうじゃないわね?」
「分かってくれますか」
「えぇ。だって、いつもの雪鶴だったら凄く喜ぶのに」
「嬉しい訳がないでしょう。あんな人が近くにいるってことは彼女と常日頃から見比べられてしまうってことですよ。そんなの普通の人間だったら嫌に決まっているでしょう」
見た目だけならまだしも、演技も上だとなれば、こちらの立ち場が無い。
私はそれを言葉には出さなかったが、彼女はそんな意図を察知してくれたようであった。
「そういう事。まぁ、そうよね」
「でしょう? こっちはありきたりの黒髪。向こうは銀髪。こっちは普通の家庭。向こうは貴族の御令嬢。何で比べるんですか。色々と比べたところでどうせ全部こっちが余裕で負けますよ」
「そう? 私はそうは思わないけどね。でも、雪鶴からそんな言葉を聞き出せるだなんて思ってもみなかったわ」
「何ですか。私がそんなネガティブなことを言わないとでも?」
「言う言わないであれば、言わない類の人間でしょ、雪鶴は」
「うわ、マジですか。自覚ありませんでしたよ」
そんな風に互いに軽口を叩き合っていると、知らず知らずのうちに周囲の空気ががらりと変わった事に何となく気が付く。
――まるで舞台の上に主役が登場したかのようなこの何度も経験してきた空気を私は知っている。
気が付けば、話をしていた千春までもが黙り込んで私の後ろの方にへと視線を向けていた。
……相も変わらず、気配を隠すのが上手な女だと思う。
いや、気配を隠すのが巧いというよりも、存在感を自由自在に操れる人種と言うべきか。
今この瞬間、この教室の空間を支配したのは間違いなく私の背後にいる彼女だった。
「何でしょうか」
私は後ろを見ずに私の背後に立っている京歌・エークルンドに向かって、用件を尋ねる。
「雪鶴さん。宜しければお昼を
これだけのやりとりだというのに、まるで映画の盛り上がるワンシーンのような緊迫感。
周囲が固唾を飲んで、どうなるかを見守っている感覚……クラスメイト達を一瞬にして観客にへと成り下げる彼女の存在感は、なるほど認めざるを得ない。
「……分かりました。すぐに行きますので、先に部室に行っておいてください」
「分かりましたわ、演劇部室ですわね。それではまた後で」
「えぇ、また後で。……お姉様」
私がそう言うのと同時に、彼女はわざとらしく足音を鳴らしながら教室から出ていった。
まるで嵐が過ぎ去った後のように静かだった教室に再び活気が戻ってくる。
とはいえ、彼女と後で落ち合う予定の演劇部の部室は体育館の中にあるので、わざわざこんな真夏の日に一旦外に出ることを考えると憂鬱な気分になってしまう。
それにあんな狂人と一緒に食事を取るだなんて、普通に考えても嫌なのだが――。
「……千春さん? どうしたんですかそんなアホみたいなバカ面をして。呼吸と一緒に弁当でも忘れたんですか」
先ほどまで仲良く談笑していたはずの千春が何かいけないものを見たかのように、目を大きく見開き、口の開け閉めを何度も繰り返していたのである。
「お、お姉様……? ……お姉様? ……お姉様ァ!? ちょっと雪鶴、あんたどういうプレイをやっているの……!?」
「プレイって何を言っているんですか千春さん。あぁ、言い忘れていましたけど、私と京歌お姉様は
「従姉妹ォ!? 初耳なのだけど!?」
「そりゃあ言ってませんでしたし」
「どっち!? どっちが上なの!?」
「文字通り、京歌お姉様のほうですよ。さっきの呼称は何というか……あぁ、そうそう。スウェーデンでは当たり前のことだそうですよ。面倒ですよね」
「当たり前!?」
彼女は壮絶な勘違いをしているような気がするが、それならかえって
今後の為にも、このまま私たちの関係性を誤解させてやってもいいのかもしれない。
「あの人、あぁ見えてフレンドリーすぎて相手をするこっちが困るんですよね。おかげ様であんなのと同棲することになって」
「同棲ェ!?」
「従姉妹なので特に世間体にも問題になりませんし、質が悪いですね」
「タチィ!?」
「そう言えば知ってます? スウェーデンって同性婚が可能なんですよ」
「同性婚ンンン!?」
「しかも、従姉妹でなくても実姉妹でも同性婚が可能なんですよ。すごいですよねスウェーデン。未来に生き過ぎて気持ち悪いですよね」
「……その、なんというか……えぇ、うん……雪鶴があの人を嫌っている理由がなんとなく分かったわ。大変だったのね……」
「本当にそうなんですよね。という訳で千春さんもあのクソ女……失敬、お姉様には近づかないように」
「……近づいたらどうなるの……?」
「……ふぅん? 興味、あるんですか?」
「え⁉ そ、そんなの……ある訳……⁉」
「おや、それは残念。可愛がってあげるつもりでしたのにね」
私がそう言うのと同時に、顔から湯気が出そうなぐらいに赤面させては彼女は顔を俯けた。
……クソみたいに、ちょろい。
こうしてじっくりと観察してみると、彼女は騙されやすく、損をしてしまう真面目な性格だなと思った。
だが、そんな性格だからこそ面白いというか、遊び甲斐があるというか、ほっとけないというか……なんだかんだで安国寺雪鶴が友達だと認めている数少ない人物であるということを再確認できたのは御の字だろうか。
「そうですか。それは残念。じゃ、千春さん。また後で――」
「――あ! それよ! それだわ!」
別れを告げようとした矢先に、千春はなにか重要な発見をしたかのように声を荒げた。
が、前々から大きな声で騒ぎ立てていた千春に対して、教室にいるクラスメイトのほぼ全員が彼女の方を見ているし、その視線を受けてようやく自身のやらかした失態に気づいたのであろう彼女はわずかに赤面してこほんと咳払いをしてみせた。
「どうしました? やっぱり弁当でも忘れました?」
「忘れてないわよ! ただ、何というか……そう、今日の雪鶴と話していて違和感があったの」
「違和感? 何の?」
「雪鶴、貴女いつも私のことをちゃん付けで呼ぶじゃないの。それだわ、それ! 呼び方が違っていたのね!」
気づかれてしまったのではないかと思わず身構えてしまったが、どうやら杞憂であったようだ。
何を馬鹿なことを言っているのか。そんなしょうもない事を気にする必要がどうしてあるのだ、と観客である千春にそう思わせるように演技をする。
さりげなく、それとなく、私は彼女に嘘を吐いた。
「え~? その場の気分で変えちゃ駄目でした?」
「別に構わないけど、とにかくすっきりしたわ! 魚の小骨が喉に突き刺さっていたのが取れた気分よ!」
「うわ、痛そう。ま、これから気を付けますよ千春ちゃん。それではまた後で。生徒会活動、頑張ってくださいね」
意外とバレないものだと、私は驚きを隠せなかったが……こんなところでバレてしまえば私の人生は本当に終わりを迎えてしまうのです。
そう考えるのであれば、先程教室から立ち去った彼女の観察眼の無さは正しく僥倖そのもので――。
「……こほん。心の声もしっかり役に徹さないとですねぇ。役作りもしっかりしないと……反省反省」
誰にも聞かれないように反省の声を漏らした私は弁当を持たずに京歌・エークルンドが待っている演劇部室にへと向かう。
3年ぶりに演技をしていなかっただけでこうも演技の腕が落ちているだなんて夢にも思わなかった私はげんなりとした感情を胸に抱えて、ため息を吐きながら教室を出た。
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