5 回復役のお披露目
落雷は魔王城の近くまで鳴り響いていた。
「おかえりなさいませ! 魔王ヴィル様!」
魔王城に帰ると、カマエルと巨人の男がひざまずいていた。
「あぁ」
「先の黒い落雷は、魔王ヴィル様が?」
「そうだ。アリエル王国を中心に、アークエル地方を覆う落雷を起こした」
抱えていた、アイリスを降ろす。
すぐに後ろに隠れて、ぴったりとマントにくっついていた。
「その人間は? 食えるんですかね?」
「ゴリアテ、品がないぞ」
カマエルが心底嫌そうな顔をした。
「いや、こいつは・・・・カマエルには伝えていたが、魔族に回復魔法を施す者だ」
「はい。私、魔族の回復薬を務めさせていただきます」
「・・・・・・・」
アイリスが堂々とした声で言う。
「・・・・・こんなにすぐに見つけてくるとは、さすが魔王ヴィル様です」
メガネを少しずらして、こちらを見上げた。
何かを怪しんでるな。
魔族は顔に出やすい。
おおおおおおおお
魔族の声が響き渡り、近づいてくる。
「魔王ヴィル様、魔族のダンジョンから続々と人間どもが逃げ出してます」
「俺が守るダンジョンも、人間がいなくなりました」
「下の者が噴いた炎に、水属性の魔法使いがちびって逃げ出しました。あいつら、本当に貧弱なパーティーで・・・」
5人の魔族が報告しながらぞろぞろと入ってきた。
角を生やしたもの、巨人、悪魔、いずれも上位魔族の部下として集められていた者。
「魔王ヴィル様の御前だ」
「し、失礼しました」
赤い絨毯の前まで来ると、カマエルに止められていた。
「報告は聞いている。よくやった」
「ありがたきお言葉」
「こんなに早く結果が出るとは、嬉しい限りで、今までだったらどんなに力をつけても魔族がやられっぱなしだったのに・・・・」
緑色の皮膚を持つ魔族が嬉しそうに言う。
「お前らの功績は大したものだ。でも、絶対に気を抜くな。まだ、始まったばかりだからな」
「はっ・・・」
人間はしぶとい。
魔族の変化に順応するのも早いだろう。
「・・・・・・・・・・」
ちらりと、アイリスのほうに目をやる。
紹介するなら、今だな。
「ちょうどよかった。こいつを紹介しよう」
軽く咳ばらいをする。
「人間どもに荒らされたダンジョン、領土を取り返すために、魔族にも攻撃を受けた場合に、早期な回復が必要と思ってな。人間の回復魔法使いを連れてきた」
「はい」
さりげなく、アイリスを前に出した。
「アイリスと申します。よろしくお願いします」
「今後、お前らの回復役となる」
「はい! 任せてください!」
アイリスが緊張しながら頭を下げていた。
「魔王ヴィル様」
「なんだ?」
カマエルがメガネを直す。
「私がお見受けするに、その人間の魔力は低いように思えます。どこの馬の骨かもわからない者に、魔族に回復魔法を施すなどと・・・・。誠に僭越ながら、その者は焼き殺し、別の者にしたほうがよろしいかと・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
最もすぎる意見だ。
本当は、王族の配下にいる強い魔法使いを連れてきたかったんだが・・・。
どうしてアイリスを連れてきたんだろう。
押し切られてしまったんだよな。
何て説明するか・・・・。
「え・・・・とそれは・・・」
「ちょっといいですか?」
「ん?」
頭を掻いていると、アイリスが両手を握り締めて一歩出た。
「どこの馬の骨ではありません。私は、アークエル地方、アリエル王国の王女アイリスです」
毅然として言う。
「なんと・・・あの憎きアリエル王国の王女」
「本当か!?」
「見てください。このピアスに刻まれた紋章が王女の証。人魚の涙のピアスです」
右耳のピアスを外して掲げる。
「私は、魔王ヴィルにさらわれてここまで来ました。人質として」
「!」
魔族の表情が変わった。
こちらに視線が集まる。
「それは真でございますか? 魔王ヴィル様・・・確かにそれは、アリエル王家の紋章・・・・」
「俺たちを追い込んだ兵士の盾にも、その紋章が刻まれていた!」
「間違いない。私のダンジョンを奪ったのは、あの王国のギルド・・・」
カマエルが立ち上がって、アリエルのピアスを見つめていた。
「あぁ、アリエル王国の城にいた彼女をさらってきたのだ」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
魔族の沈黙が長く感じられた。
「・・・ククク、復讐は始まっているということですね」
カマエルが口元を押さえながら笑っていた。
「私としたことが、魔王ヴィル様の残虐性を認識していなかった。ダンジョンを制圧してきたギルドの多数存在する、あのアリエル王国の王女を攫ってくるとは・・・」
「城の警備をたった一人で?」
「当然だろう、魔王ヴィル様に失礼だぞ。我が魔族の王なのだから」
ひそひそ話しながら、士気が高まっているのが伝わってきた。
「今頃、あの王国の者共はどうしてるでしょうね? 発狂しているに違いありませんね」
カマエルが高らかに笑っていた。
「この短期間で、王女までさらうとは・・・さすが魔族の王です。先ほどは、大変失礼なことを申し上げてしまいました。どんな拷問でも・・・・」
「いや、いい。意見は大事だからな。魔族に拷問をするつもりはない」
ほっとして、アイリスを後ろにやる。
「先も述べた通り、こいつに魔族の回復役として働いてもらう」
「かしこまりました。王女が回復ですか・・・まぁ、回復なら大抵の人間ならできると聞いていますしね」
カマエルがメガネをくいっと上げた。
「先の落雷は、こいつを攫ってくる際に、魔王が復活したことを人間に知らしめるためのものだ。恐らく人間も武力を強化してくるだろう」
「なんと!」
「魔王城にも来客が来るかもな」
「こちらにとっては都合がいい。魔王ヴィル様に我々の力も見せつけるための最大のチャンス!」
ゴリアテが斧の刃を光らせながら言う。
「どうか、魔王城に来る者があれば、まず我に」
「ゴリアテ、出しゃばりが過ぎるぞ」
「いや、お前らの力も見てみたい。是非頼むとしよう」
腕を組む。
「・・・・私が先に、力をお見せする予定だったのに・・・」
「こうゆうのは早い者勝ちだからな」
「フン、お前のことだ。気が早くて失敗するのがオチだろう。その時は、私が力を使うまで」
「なんだと? この変態悪魔が」
カマエルがゴリアテと睨みあっていた。
仲が悪いのか? こいつら・・・。
「今の魔族なら、すぐにでも奪われたダンジョンを制圧できそうだな!!」
「イベルゼ、慢心は止めろと魔王ヴィル様にも言われたばかりだろうが」
「魔族の士気は止められないだろ。ダンジョンを制圧された恨み・・・・魔族の恐ろしさを思い知らせてやる」
「これだから、脳筋は・・・・」
カマエルが頭を押さえて首を振った。
「・・・・・・・・」
アイリスのほうを見る。
まだ、緊張が解けていないようだった。
何とかうまくいったな。
とりあえず、魔族が単純でよかった。
「では、俺は部屋に戻る。何かあったら言え」
「かしこまりました」
「今あるダンジョンは任せてください。人間どもを全て追い出してやります」
「あぁ、頼んだ。俺はこいつの魔力が魔族に適しているか確認する」
「っと・・・・」
アイリスについてくるよう合図を出して、魔王の席を離れた。
しばらく、魔族の会話は続いているようだった。
力試しをしているのか、時折、地響きのような音が聞こえてきた。
誰かに引き留められないように、足早に自室に戻る。
「・・・まさかこんなことになるとは・・・・」
「魔王ヴィル様って、大変なのね。昔から流行ってるゲームの王道ストーリーの王女を演じてみたら、ピッタリ当てはまったね」
「ふうん、よくわからんが・・・疲れた」
アイリスの話を聞き流していた。
「王女なんてさらうつもりなかったのに。俺の目的は魔族の復興だからな」
「大丈夫。私、王女だから政治的なことも得意。頭脳明晰、何でもできるよ」
「・・・・・・・・」
こいつの能天気さが、心底羨ましい。
王族として育ったから、世の中がわかっていないのか?
「魔王の部屋って広いね。ベッドもソファーも大きい!」
アイリスが部屋をうろうろ見て回っていた。
「あまり触れるなよ。中には激物もあるかもしれないから」
「はーい、魔王ヴィル様」
「・・・・・・・・」
本当に、面倒な奴、連れてきたな。
「肝心なところだが、アイリス。お前は、回復魔法はどれくらい使えるのか?」
「えーっと・・・」
何か実験体がないと、どれくらい回復させられるのかわからないな。
「じゃあ・・・・例えば・・・」
トンッ
飛び上がって、柱に止まっていたカラスを掴んで降りてくる。
ギャッ
カラスを気絶させる。
微弱な電流を流して、一時的なショック状態にさせていた。
「試しにこいつを回復させてみろ」
「あの・・・・・」
「なんだ? 早く・・・・」
「回復魔法のやり方、教えてもらえますか?」
にこっとして舌を出した。
「はぁ? 嘘だろ・・・だって・・・・」
「これから、覚えるの。魔法得意だったって、記憶があるから大丈夫」
「・・・・・随分、都合のいい記憶だな」
「そう。魔王ヴィル様、教えて。魔王ヴィル様から聞いたことは、私、忘れないから」
アイリスが満面の笑みで言う。
逆さになったカラスを落としそうになった。
マジで厄介な王女を連れてきたっぽい。
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