匿名X
垂乃宮
第1話
終点が近づくバスに揺られる。頭もそれに合わせ震えている。頭には毛織物の黒いコートを密着させて、目隠しの機能を果たせやしない部分は全て側頭部に集めて枕にしている。耳はピンクの耳栓で塞ぎ込み、他人の声なんてもろともしない。匿名Xは夜8時バスに現れる。今日は疲れて居眠りしているらしい。
プッという音がした、どちらかというとブッだな。でも今はとにかく寝たい。そういえば今、耳栓してるな…これでこの音量ならかなりデカい音かもしれない。でも今はコートを頭に被せてるから、終点まで寝てるふりをしている正体不明の乗客という役を演じれば、この××を特定されることはないんだ。
personは人間を意味し、語源は"persona"、仮面である。人は誰しも複数の仮面を持っている。匿名Xは今、バスで居眠りをしている人を社会的に演じている。自分の"仮面"を考えてみると、学校にいる自分、塾にいる自分、家にいる自分、そして将来には職場にいる自分、家庭を持った自分などがある。私は中学の頃、"persona"を知らなかったが、色んな自分がいて、そんな自分に困惑したし、小学の頃は自分が男の子であることすら疑っていた時もあった。もちろん今もそんな自分に惑い、せめて彼女の前では"本当の自分"、"素直"になろうとか考えては空回りしてしまった。今の私が気づいたのは、どの自分も愛して良いと言うことだ。社会人になればないだろうが、学校での三者面談は学校と家の自分が無理やりガッチャンコする感覚がある。何かどちらかは"偽の自分"でもう一方だけが"本当の自分"の様で疚しい感覚だ。自分が嘘をついていて、片方はデリートしなければいけない使命感が湧いてくる。でもどちらの自分も自分なのだ。文にすれば当たり前に感じられる等号もリアルには不等号がついている気がする。そしてもう一つ気づいたことは、誰かがどの自分も愛してくれるということだ。遊ぶことが仕事な小学生や中学生の頃は人付き合いの大変さ、自分への異質感を感じていた。そんな中で、異物である自分はそこに馴染む自分を無理に造型しては1年おきにコロコロ変えた。造形した自分は周りには確かに馴染んだが、自分自身に対してはアレルゲンそのものだった。しかし興味深いことには、異物すら愛する曲者が確かに存在する。
匿名Xは変人に見える。私かもしれないし、あなたかもしれない。
匿名X 垂乃宮 @miya_-2
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