第9話 リーナ、ゾンビと場所を共にする

 

 そうと決まれば、話は早い。

 リーナだって、こんな家、早く出ていきたいのだ。


 ただ、今まで出ていかなかったのは、面倒臭かっただけ。

 やはり、どんなに嫌がらせされていたとしても、伯爵令嬢の地位は美味しかったのである。


 中々、書庫でグータラするだけの生活って、出来ないしね。


 しかし、今のリーナには、しっかりと引越し先を確保したのだ。

 ドレスナー伯爵家より格上のアーモンド侯爵家という引越し先を。


 きっと、ドレスナー伯爵家より、たくさんの珍しい本がある書庫に違いないのである。


 てな訳で、ミミに買いにいかせたお高い本だけ持って、殆ど、着の身着のままの状態で、エドモンド様が乗って来たアーモンド侯爵家の馬車に乗ったのだが、


『臭い……』


 そう、エドモンド様の体は、左目が腐り落ち、頭頂部の髪は腐って抜け落ち、ハッキリ言って、物凄く臭いのである。


 リーナも、自分が臭かったので、ある程度の耐性があるが、これは、耐性のない人間なら、卒倒する程の臭さである。

 ここまで臭かったら、我儘のアイナじゃなくても逃げ出すかもしれないと、本当に思うようになって来た。


「あの……リーナ……僕と一緒の馬車で、臭くないかい……」


 エドモンドは、申し訳なさそうに聞いてくる。

 多分、余りに臭過ぎるので、お供も付けずに、ドレスナー侯爵家に来たのだろう。

 エドモンド様以外、御者しか着いてきてないし。


「大丈夫でございます。臭いのは、私もミミも慣れていますので」


 リーナは、ミミに目配せする。


「ハイ! 全然大丈夫です!エドモンド様の匂いは、貧民街のドブ川の匂いと、そんなに変わりませんので!」


 大丈夫だと言おうと思ったのだろうけど、ミミも案外酷い事を言う。


「そうか……私は、貧民街のドブ川の匂いがするのか……」


 なんか、ミミの言葉は、案外、エドモンド様の心に響いてしまってるようだ。

 これには、ミミも慌てる。


「あの! 例えなので、実際はエドモンド様の方が臭くないですから!」


 あんまり、フォローになってない。


「あの……それより、ちょっと寄って欲しい場所があるのですけど」


 放心気味のエドモンド様に、リーナは話し掛ける。

 リーナには、どうしてはやりたい事があるのだ。

 エドモンド様を、絶対に治してあげると言った手前、これはどうしても必要な事なのである。


「なんだい?今の僕が出来る事は限られてるが、僕が出来る事ならなんなりと言ってくれ。必ず対処してみせる」


 エドモンドは、自嘲気味に言う。


「それなら、市場でクサヤを買いたいのですけど?」


「ん? クサヤとは?」


 流石に、クサヤと言われて、エドモンド様は首を捻る。


「えっと、臭い魚の干物なのですが……」


「リーナは、もしかして臭い物が好きなのか?それで、もしかして僕を受け入れてくれたという事なのか?」


「いえ! 違います! 臭いのは、ある程度耐えれますが、臭いのは大嫌いです!」


 リーナは、ハッキリ言っておく。

 勘違いされて、これ以上近付かれると、多分、吐きそうになるから。


「そ……そうか……」


 エドモンド様は、想像以上にショックを受けている。


「兎に角、早く市場に向かって下さい! 急をようするんです!」


 リーナは、急に焦りだす。

 対面に座ってるエドモンドが、もし、リーナの隣に座ったらと想像したら、吐きそうになってしまったのだ。


「しかし、クサヤなんか買ったら、より一層、馬車の中が臭くなってしまうと思うのだが……」


 エドモンド様は、悩み出す。


「エドモンド様! 私を信じて下さい!

 クサヤは、エドモンド様に、必ず役立つものなのです!」


「そ……そうか……リーナが言うなら、多分、そうなんだな……リーナは、こんな体が腐った僕に着いて来てくれると言った訳だし、僕の体が完全に腐りきってしまう前に、子作りする事も受け入れてくれた訳だし」


「ん?」


 エドモンド様が、おかしな事を言っている。

 子作りとか、そんな話、一言も聞いてないのだが……

 というか、ドレスナー伯爵の野郎、その辺の大切な話を省いて話やがったな!


 リーナは、ドレスナー伯爵にクツクツと怒りが込み上げてくる。


 流石にアイナじゃなくても、ゾンビと子作りするなんてゴメンだ。

 というか、リーナは、本来、男と結婚する事もゴメンなのだ。


 リーナが、エドモンド様と結婚しても良いと思ったのは、ゾンビで5年以内に死ぬんだったら、夜の営みしなくても良いなとかいう打算的な考えも、実はあったりする。


 まあ、エドモンド様を治す気満々なんだけど、治せなかった場合でも、全く問題無いと思ってたのである。


 とか、考えてたら、馬車が止まった。

 どうやら、クサヤが売ってる市場に着いたようである。


 ーーー

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