第7話 ゾンビ王子

 

「お久しぶりです。ドレスナー伯爵」


 左目は腐り落ち、腐った体は死臭がし、頭の毛も抜け落ち、落ち武者のような髪型をしたアーモンド侯爵家の長男エドモンドが、単身一人っきりで、ドレスナー領にやって来た。


 話は簡単、体が完全に腐る前に、ドレスナー侯爵家の子種を仕込みに来たのである。


「ドレスナー伯爵! 自分には、もう時間が無いのです。僕が生きれるのは、後5年ほどと医師に宣告されてます!

 そして、性交が出来るのも、後3ヶ月が限界だと言われてます!

 何故なら、私の陰茎が、腐り落ちる期限が、後3ヶ月程度と、医者に宣告されでしまったからなのです!」


 エドモンドは、悲痛な表情で、ドレスナーに事の成り行きを説明する。

 真剣なのだが、左目が腐り落ちてるので、ちょっと怖かったりする。


「そ……そうですか……」


 ドレスナー伯爵も、悲痛な顔をして受け答える。

 悲痛な顔というより、臭さに耐える為に、鼻が曲がってるだけかもしれないけど。


「ですので、至急、約束通り、婚約者のアイナさんと結婚しなくてはならないのです!」


 何故か、エドモンドは自信満々に言い切る。


「しかし……」


 ドレスナー伯爵は、鼻を押さえて渋る。

 そう、ドレスナー伯爵は、臭さにとても弱いのだ。

 どう考えても、侯爵家の跡取り息子の前で、鼻を摘むのは、どうかと思うが、それでも我慢出来ないほど臭いのだ。


「コチラとしても、突然の事で、伯爵家に悪いと思ってます。

 ですので、約束してた結婚支度金の3倍を払おうと思ってます!」


 エドモンドは、真剣だ。

 しかも、支度金まで3倍にすると言う。


「さ……3倍?!」


 ドレスナー伯爵は、3倍と聞いて、動揺する。

 実は、ドレスナー伯爵は、一瞬、断ろうと思ってたのだ。


 リーナが、魔聖水を無限に生み出してくれるお陰で、昔より、ドレスナー伯爵家はお金に余裕があるし、だけれども、支度金3倍と言われると心が動く。


 アイナに目を瞑ってもらえば、元々貰える予定だった1億マーブルの3倍、3億マーブル手に入るのである。


「お義父様! 私、絶対、臭い男と寝所を共にするなんて嫌ですからね!」


 アイナが、貴族令嬢に有るまじき言葉を発する。

 自分より高位の貴族に対して、直接的に、臭いと言うなんて、本来、考えられない事なのである。


「コラ! アイナ!」


 これには、流石にドレスナー伯爵も、アイナを叱る。


「だって! この人臭いんだもん!

 こんな腐れ男なんか、臭いリーナと結婚するのがお似合いなのよ!」


 ここに来て、アイナが、リーナにエドモンドを押し付けようとする。


 アイナは、伯爵家に養女になって直ぐに、まだ、リーナに未練があったエドモンドを落とす為に、あれ程、グイグイ押してたのに、この言い草。


 エドモンドが、超絶美男子だった時は、自分の物にしたかったけど、左目が腐り落ち、頭頂部の毛が抜け落ちた、落ち武者のような風貌になってしまったエドモンドに、もう興味も湧かないようである。


「しかし、リーナが居なくなると、家業である魔聖水の製造が……」


 がめついドレスナー伯爵が渋る。


「そんなの3億マーブル貰えるから、いいじゃない!

 それに、私のお付きのメイドに聞いたの!

 どうやら、リーナは、自分で魔聖水作ってないって!

 つい最近、リーナとそのメイドのミミが、内緒で屋敷を抜け出してたらしいんだけど、その時、魔聖水が湯水のように出てくる、魔法の瓶を、リーナの部屋に偵察に行かせてた私の侍女が、リーナの部屋で見つけたって!」


 そう、アイナは、最近、やけに羽振りが良さそうなリーナを探る為に、リーナが部屋を開けてた時を見計らって、自分の侍女に、リーナの部屋を探らせていたのだった。


「それは、本当か?」


「間違い無いわ!私も、この目で、その魔聖水が溢れ出る魔法の瓶を確認したから!」


 ドレスナー伯爵は、アイナの話を聞いて、ニヤリと笑う。


「エドモンド様、約束通り、ドレスナー家の娘をアーモンド侯爵家に嫁がせましょう!

 但し、アイナじゃなく、元婚約者だったリーナに!」


 ドレスナー伯爵は、即決する。

 だけれども、


「ですが、私は、リーナに嫌われてるようでしたが……」


 そう。元々、エドモンドは、リーナの事が大好きだったのだが、突然、振られてしまったのだ。

 何度も、ドレスナー伯爵家に訪れたのだけど、9歳の時会って以来、もう一度も会って居なかったのである。


「うちの可愛いアイナにも、どう考えても嫌われてるので、一緒でしょうに」


 ここで、ドレスナー伯爵は、エドモンドに追い討ちをかける。


 それを聞いた、エドモンドは、信じられなくて思わず絶句してしまう。


 アイナは、超絶美男子だったエドモンドを手に入れる為に、歯の浮くような恋愛小説に出てくるようなセリフを、ずっとエドモンドに言っていたのだ。


 それで、エドモンドは、アイナなら、例え、ゾンビになったとしても、自分を変わらず愛してくれると信じていたのである。


 家族が、止めるのも聞かずに、絶対にアイナが受けいれてくれると信じて……


 今の今まで、アイナが、エドモンドの事を臭いと言ってるのは、冗談だと、本当に思ってたのだ。


 しかし、アイナのお義父さんまで、アイナに嫌われてると宣言されてしまった……


「ちょっと臭過ぎますで、エドモンド様。とっとと、リーナを連れて、お引き取り願いますか?」


 アイナは、エドモンドに向かって、とても酷い事を言う。つい先日会った時も、愛を誓い合った仲だったのに。


 エドモンドは、悲しくて、悲しくて、泣いてしまいたいのだが、もう、左目は腐り落ちて無いし、涙も干上がって出ない。


「それでは、ずっとここに居られても、困るので、リーナの部屋に行きましょう!」


 ショックで放心状態のエドモンドは、ドレスナー伯爵に言われるまま、リーナが占拠してるという書庫に、ドレスナーに伴われて着いて行ったのだった。


 ーーー


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