帽子をかぶってみる

十三岡繁

帽子をかぶってみる

 我が家の建物は結構古い。庭には昔ながらの蔵も残っている。ある日その中で古ぼけた帽子を見つけた。埃を払って被ってみる。そこにあった鏡で見てみたが悪くない。僕はそれを被ったまま母屋にある自分の部屋へと向かう。


 その途中で食卓に座っている母親と妹の横を通り過ぎる。二人の頭上には数字が浮かんでいた。驚いて少し声が出たが、二人が不思議そうにこちらを見るだけなので、そのまま黙って自分の部屋へ行く。部屋に入って真っ先に鏡で自分の頭上を確かめてみたが、そこには何も映っていない。手鏡を持ってダイニングにいる二人を鏡越しに見てみたが数字は鏡には映らない。帽子を脱いでもう一度直接二人を見ると数字は見えなかった。どうやら数字が見えるのは帽子を被った時だけらしい。


 この数字の意味が最初は分からず、帽子を被って色々な人を見た。総じて若い人の頭上の数字は大きくて、逆に年齢が上がれば上がる程その数字は小さくなっていく。ある時近所に住むお年寄りの頭上の数字がゼロだった。程なくしてその方は急逝されて予想は確信に変わる。数字はその人の残された寿命なのだろう。理屈や機序は全く分からないが、この帽子はそれを見せてくれるという事らしい。


 街では色々な人の数字が見えた。大体の人は二桁であるが、中には一桁の人もいる。高齢の方であれば仕方ないなと思うが、中にはまだ若い人もいて気の毒だなと思う。いや、自分の数字は見えないのだから、他人ごとではなく自分の頭上の数字が一桁である可能性も否定できない。


 その日も何となく駅前のベンチに腰かけて、街行く人の頭上の数字をぼんやりと眺めていた。通り過ぎた乳母車の赤ん坊の顔を見たときに、その頭上の数字が四桁である事に驚いた。それまでも子供や赤ん坊で三桁の数字は見たことがあるが、最初の数字は例外なく一であった。それはそうだ。四桁という事は千年以上生きるという事を示している。いや、もしかしたらこの数字には寿命の年数以外の意味もあるのかもしれない。考えても正解は分かりそうもないので、その事は忘れることにした。


 そうして数年が過ぎた。最近では帽子を被って乳幼児を見れば、その頭上の数字が四桁なのが普通になってしまった。この子達が従来通りの寿命を迎える前に、何かしらのブレイクスルーが人類に起こるのだろうか?


 見届けてみたいとも思うが、自分の寿命を考えれば無理な相談だ。自分の数字が見れなくてもそれは分かる。


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