第20話 サナ・イウィクティスという正義③
トントントン
部屋のドアが規則正しく3度鳴らされる。
壁の時計は丁度6時59分59秒を指していた。
機械並みの正確さだな。
「失礼する。起床の時間だ」
「おはようカマナさん。昨日は色々とありがとね」
部屋に入ってきたカマナを、ベットに腰掛けた部屋着姿のプロミが迎える。
ラフな服装をするプロミに対し、カマナはこんな早朝だというのに昨日同様、カッチリとした汚れ一つない黒い正装に身を包んでいた。
「早速で悪いが、カナタも起こしてもらえるだろうか。所長が
カマナがベットの上で
「所長? 」
「昨夜話したサナ所長だ。旅人が来た時は外の話を聞くのが
「へぇー、分かった。今行くよ。ナチャ、カナタちゃんを起こして」
分かった、と心の中で返事をし、カナタの近くまで飛び、頬を軽く
カナタが
「む、むぇ……やめてぁ、あれ……ナチャさん? 」
「カァー」
目を擦りながら、カナタがゆっくりとベットから降りる。
既に着替え終わったプロミが、カナタの服を脱がし移動用の服に着替えさせた。
ベットの上に置いたバックをプロミが肩にかける。
「あっ、街の中ってナレットブーツで平気? 普通の靴持ってないんだけど」
「一部、床の保護のために禁止されている区域もあるが、基本的には問題ない」
「良かった」
プロミが部屋の隅に置いたナレットブーツを持ってきて、足を入れる。
まだ半分寝ているのかフラフラとしていたが、カナタもどうにかブーツを履いた。
「準備できたよ」
「では行くぞ」
カマナを先頭に部屋を出る。
私たち全員が部屋から出たのを確認すると、カマナが部屋の鍵を閉め、歩き出した。
「ところで、朝ごはんが終わった後も、またあの部屋にいなきゃダメだったりする? 」
「いや。終わったら自由にしてもらって構わない。街の中であれば基本的に出歩きも自由だ。後で街の中の地図を誰かに持って来させよう」
「やった」
プロミが小さくガッツポーズをする。
私も大きな肩の荷が降りたような気分だった。
街の入り口を見つけてから半日以上かかってしまったが、ようやく物資調達ができそうだ。
カマナや昨夜の
もしかしたら食料や衣類以外の
「こっちだ」
カマナが分かれ道を左に曲がり、若干下向きの傾斜のある通路に入る。
しばらくそこを下っていくと、ふと、プロミの前髪が不自然に揺れていることに気づいた。
地下で風が吹いている?奇妙な事態に違和感を覚える。
しかし、防寒の為厚い服を着るプロミはどうやらそれに気づいていないようだった。
「今から街の中心部に出る。少し注目されるかもしれないが、気にしないでくれ」
カマナが突然思い出したかのように言う。
「中心部? この通路がってこと? 」
「そうだ。この通路は上層から街への直通路になっている。これから行く場所が当街でもっとも人の密度が高い場所だ」
「いいね。楽しみだよ」
人が多い、と聞いてプロミが言葉通り楽しそうに笑う。
通路の先が次第に明るくなってきた。
◯
「おっ! カマナさん。こんな朝から仕事かい? ありがたいけど、あんたもたまには休んだ方がいいぜ? 」
「おおカマナ様。朝からお勤めご苦労様です。おや、その方達は……? 」
「カマナさん! 朝ごはんまだだったら、うちで食べてかない? 主人が一層からメナを送ってくれたのよ。この間は色々と世話になったからね」
「やぁ、カマナさん! 今朝はずいぶん———— 」
暗く狭い通路を抜けた先で私たちを迎えたのは、人々の弾けるような笑顔だった。
「……⁉︎ 」
プロミが無言で立ち尽くし、混乱したような視線を私に向けてくる。だが、私も意味がわからない。
なんだ、この街は。
これまでの
地下の不燃地層を資源、及びに住居とする降灰街など、ただでさえ精神を病むものが多いというのに……
こんな活気、地上の
「皆さん。申し訳ないが勤務の途中のため、話は後にしてくれないか? この旅人達をサナ殿の元まで届けなければいけないのだ」
「へぇ、旅人かい。こりゃ珍しい。頑張ってくれよ」
「なるほど旅人の方々でしたか。ほらほら皆、道を開けよう。カマナ殿の邪魔になるぞ」
人々が口々に声を掛け合い、出来かけていた人垣がカマナの一声で綺麗に割れる。
ほんの数十秒で、周囲の人々の反応から相当カマナが慕われている事が見てとれた。
カマナが先に進むのを見て棒立ち状態だったプロミも、カナタの手を引いて歩き出す。
「……」
街の中を歩くと、改めてこの場所の異質さが分かった。
まずは単純な話として、大きさがまともでは無い。
上を見れば、あるはずの天井はあまりに高いせいか欠片も見えず、まるで夜空のような漆黒に埋め尽くされていた。
その上、前を見ても、横を見ても壁が見えない。
こんな事、長い旅の中でも初めてだ。
そして何よりも奇妙なのは、その広い空間を所狭しと埋め尽くす建物と、活気に溢れる人々の姿だった。
「カマナさーん! 仕事頑張ってくれ。これお裾分けだ」
「あれ、カマナさんだ。やっほー」
街の中を歩くだけでそこかしこの人がカマナに声を掛けてくる。時には店頭に並べた商品を投げ渡してくる事もあった。
何もかもが信じがたい。
カナタは人の多さにすっかり萎縮してしまったのかプロミの足元から離れようとしなかった。
「ね、ねぇプロミさん…… まちって、こんなにいっぱい人がいるの? 」
「い、や、こんなのは私も初めてだよ。本当に……どうなってるんだろう。それに、このお店に並んでるのって、もしかしたら本当の—— 」
「もう直ぐ朝食の予定場所に着くぞ」
プロミの言葉を遮り、カマナが街の先を指差す。
赤や黄色のカラフルな店店が並ぶ中に、一際大きな白亜の館があった。プロミの目が点になる。
「あ、あそこで朝ごはん食べるの? 」
「そうだ」
「この街のトップの人と? 」
「そうだ」
「……なんかお腹痛くなってきたかも。朝ごはん食べられるかな…… 」
げんなりとした様子でプロミがお腹をさすった。
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