第15話 街の名はラチノア⑤

 チリチリチリ チリチリチリ チリチリ——チンッ


「ふぁぁあ……どーかしたぁのぉ? 」


 大きな欠伸あくびの後に、恐ろしく間延まのびした中性的な声が、から姿を表す。


「なんだ、寝てたのか? 」


「……まぁーーねぇーー 生きるのはぁ、疲れるからぁ……睡眠だけは、疲れなくていーよー」


「そうか。それで要件なんだが—— 」


「今日はね。普段よりぃ、暖かぁいから、良く、眠れるんだぁ。あっ、それでぇ……要件ってなにぃ? 」


 テンポ感悪くもたもたと話が進んでいく。

 時間が無い状況なだけに、ジリジリと気の急くような思いがするが、いつもの事だ、と自分をたしなめる。


火葬人おくりびとの可能性がある旅人が現れた」


 ガバッ

 受話器の向こう側から大きな布ずれの音が響き渡る。

 だが受話器は押し黙ってしまい、しばらく無言の時間が流れた。


「……それ、ほんとぉ?」


 思わず背筋が粟立あわだつ。

 普段のコイツからは想像もつかないような、冷たく悪意に満ちた声音が、鼓膜をなぶった。

 緊張で急激に乾きつつある口内を唾で少し湿らせ、再び口を開く。

 

「恐らくだがな。最初は単なる旅人だと思ったが、少し気になる事があった」


 ついさっき感じた違和感を簡潔に伝える。


「なるほど……ねぇ……多分だけどぉ、ソイツらの来た方角はぁ、東だろ」


「? ああ。よく分かったな」


 フヒッ、と奇妙な笑い声が一度聞こえる。


「君のぉ、ことだぁ。テント内にー、ソイツらが来るようにぐらいはぁ誘導したんだろう? なら、入って来たらこうしなさい…… 」


 ボソボソと耳に当てた受話器から指令が下る。


「……分かった。万が一反応しなかったら普通の客として扱えばいいよな? 」 


「あぁー、楽しみだぁ。楽しみだぁ」


 狭く、ほこり臭い石棺せきかんのような部屋に歪んだ嬌声きょうせいが響く。

 確認する前に自分の世界に入っちまった。

 せめて話ぐらい最後まで聞いてからにしてほしいもんだ。

 

「出来れば違って欲しいもんだがな」


 今の俺の心のように重い石造りの天井をずらし、電信室でんしんを出る。

 ふと妙な音に振り返ると、置いた受話器からはまだボソボソと声がれ続けていた。

 エネルギーが勿体無いな。


「……ふふふっ。文字通りぃ、プロメテウスの火を奪わせてもらぉーじゃないか。ようやく僕の—————————チンッ


 台座に戻すと、短いベル音を立て、ようやくやかましい受話器は静かになった。


    ●


 入り口の布が外れ、剥き出しになった入り口から薄暗い、石のテントの様な建物に足を踏み入れる。

 石のテントのような建物の中は、地面が掘り下げられており、予想に反しそれなりの大きさの空間になっていた。

 外から見えていた寄りかかった2枚の石板は天井だったようだ。


「おっ、来てくれたか。狭いが勘弁してくれ。今水を持ってくる」


「えっ、いいよいいよ! 最近雨あんまり降ってないし、気にしないで! 」


 立ち上がり、タンクから水をコップに注ごうとしたギンを慌ててプロミが呼び止める。

 だがギンはプロミに部屋の真ん中のソファに座るように言うと、2つのコップと1枚の皿に水を注いだ。


「遠慮するな。旅人のお前さんらと違って俺はこれ以外にも備蓄びちくはある。さっき危うくお前さんらを斬っちまうところだったし、その詫びと思ってくれ」


 ギンが部屋の隅に置いてあった低いテーブルをプロミの座るソファの前に移動し、その上にコップと皿を並べる。

 ギン自身はソファと向かい合うように机の前の床に腰を下ろした。

 

「そこのちびっ子も座りな。立ちっぱなしじゃ疲れるだろ」


 部屋の入り口で立ちすくんでいたカナタをギンが軽く手招きする。

 少し迷ったように部屋の中を見回した後、カナタはプロミのすぐ横に座った。

 

 ギンが私たちの前の3つの入れ物から、それぞれ少しずつ水を自分の前のコップに注いで飲む。


「ふぅ。見ての通り毒は入ってない。安心してくれ」


「……」


 水の安全性を実演するギンを横目に、部屋の中を軽く見渡す。

 部屋のあちこちには、真っ赤に錆びついた謎の棒や、妙にツルツルとした食器などが並べられていた。

  それら以外には、その部屋の中には1つ黄ばみ所々破けたベットが置いてあるだけで碌な家具が無かった。

 当然武器や、武器をしまえるような家具も見当たらない。どうやら本当に敵対の意思はないようだな。


「あれが遺物いぶつってやつ? 」


 プロミが並べられた品々を指差す。

 ギンが待ってましたとばかりに大きく頷いた。


「そうさ。ここで1年半ほど調査してるが、地盤の隆起のお陰か中々なもんが出てきてる。さっきお前さんらに見せた武器もここの地下80メートル付近で見つけたもんを研いで使えるようにしたんだ」


「あれが…… 」


 驚いたようにプロミが目を見開く。


「燃え残った遺物も金属は腐食されてることが多いんだが、アレはプラスチックに包まれた状態で埋没まいぼつしてたからか、錆が比較的抑えられてる」


 プラスチックが何かとプロミが問うと、ギンが腐食に耐える特殊な物質だと楽しそうに答える。

 それから暫く、遺物について色々と興味深い話が2人の間で交わされた。


 本当は私も談義だんぎに混ざりたいところだったが、ギンの前で話すわけにもいかず、退屈するカナタの暇つぶしに撫でられ続けられる羽目になってしまった。


 話が一区切りついた頃には、外にはすっかり夜のとばりが降りていた。

 おもむろにギンがふところからマッチを取り出し、着火すると、机の上のランタンに火をつけた。

 ゆらゆらと揺れながらランタンの炎が、部屋の半分ほどの空間を温かく照らし始める。


「それにしても、お前さんらよく無事でここまで来れたな」


「どういう事? 」


 プロミが首をかしげる。


「ここら辺には厄介な追い剥ぎがいてな。怪我をさせられた奴はいねぇみてぇだが、夜のうちに荷物を奪ってちまうもんだから、ここに来るやつはソイツに物を取られて素寒貧な事が多いんだよ」


 ……思いっきり心当たりがあるな。


「俺もさっきはお前さんがてっきりソイツかと……どうかしたか? 」


「イ、イヤ。ナンデモナイヨ? 」


 プロミが泳ぎそうになる目を必死で堪えながら、出来るだけ平静を装って答える。

 横を見ると、カナタは口を滑らせないようにか、少し怖いぐらい真顔になっていた。


 まさかセンジュのせいであんな目に合っていたとは。

 次に会った時には文句を言ってやろう。


「そういやお前さんら、何処から来たんだ? あっちの方角に街なんて無かったはずだが」


「1ヶ月ぐらいあっちに歩くとペリメジアって街があってね。そこから来たんだよ」


 コップ片手にプロミが答える。

 ペリメジアはカナタに会う前に寄った最後の街だ。

 小さいながらに人々が協力して生きるいい街だった。


「ペリメジア……聞いたことねぇな。そこがお前さんらの故郷なのか? 」


「ううん。1番最近寄った街がそこって話。故郷はずっとずっと遠く。まだ有るのかどうかも分からないくらいね」


「そうか……そんな遠くから、お前さんらは何で旅をしてるんだ? 」


 少し暗くなりそうだった話の方向をギンが自然に逸らす。甘んじてそれを受け入れて、プロミが微笑んだ。

 

「私は旅の中で人を助けたいんだ」


 ギンがポカンと呆気に取られた様子で固まる。


「人を助けるって……何のために? 」


「理由って理由はないよ。ただ私がそうしたいだけ」


「まさかとは思うが、見返りは貰ってるんだよな? 」


「……? 貰ってないけど」


「んなっ⁈ 」


 ギンが細い目をめいいっぱい見開き、顎が落ちそうなほど口を大きく開けた。

 そして、その状態で数秒硬直したかと思うと、勢いよく破顔はがんした。


「がはははっ、人を助ける旅か! 良いなお前さん。そんなこと言う旅人は初めてだぜ」


 上機嫌そうにギンが、あごをさすりながらうんうんと何度も頷く。


「……馬鹿げてると思わない? 」


「確かに馬鹿かも知れないな。だがそれなら、人を助ける為に考古学者やってる俺だって大馬鹿だ。馬鹿同士仲良くやろうぜ」

 

 ギンが笑う。

 無精髭ぶしょうひげだらけでしわも寄ったその顔が純真無垢じゅんしんむくな少年のように、私には思えた。


「なぁ、旅っていうと、俺が見たことねぇような物もたくさん見て来てんだろ? 話してくれよ。なんか最近面白い物とか見なかったか? 」


「え。うーん、何かあったかなぁ? あっ、そういえばこの間行ったそのペリメジアって街には変な習慣があってね—— 」


 今度はプロミが楽しそうに旅の出来事を語り始める。

 心なしかいつも以上にプロミは生き生きとして見えた。

 プロミの素性が知られれば直ぐにでも崩れてしまう、それでも穏やかな時間は、夜を更かしながらゆっくりと流れていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る