第2話 彼方から来たカナタ②

 急いでプロミの元へと状況を伝えるべく蜻蛉とんぼ返りする。


「……! 見間違いじゃないよね? 」


「間違いない。人間だった。あっちに直線で100メートルほど先だ」


「行こう」


 私の話を聞くや否や、プロミは肩にバックを掛け直し少女のいた方向へと駆け出した。

 蹴り上げられた灰が巻き上がり、プロミの後ろに灰色の帯を引いていった。


「……っ居た! 」


 倒れていた少女の元に辿り着くと、プロミは直ぐに首元に指を当てて脈を測り始めた。

 しばらく強張った面持ちで目を瞑った後、プロミがため息を漏らす。


「ちょっと衰弱してるみたいだけど、間違いなく生きてる。良かった…… 」


 へにゃりと、だらしなくプロミが顔を崩した。

 しかし直ぐにまた表情を引き締めると、服をずらしながら、テキパキと外傷の有無の確認と、体つきから推測される栄養状態を調べ始めた。


「どうだ? 」


「ひとまずは他も大丈夫そう。むしろなんでここで倒れてるのか不思議なくらいの健康体だよ」


 少女の服を元通りに戻し終わると、プロミは両手に付けた分厚い手袋を外し、地面に置いた。

 

「大丈夫だとは思うけど、念のためこの子一回燃やしておこっか」


 プロミがそっと少女の胸元に手を当て、消え入りそうな声で小さく一言、呟く。


「——福炎ふくまび——」


 プロミの手元から穏やかな黄金色の光の粒子の波が溢れ出す。粒子達は、少女を包み込むように広がっていった。そして少女の体は、


 消え入りそうなほど小さく儚く、それでいて思わず目を背けたくなってしまいそうな程。まばゆい炎が、少女の体を覆い尽くしていく。


 ドクン ドクン ドクン ドクン


 黄金の炎のうねりに包み込まれる少女の鼓動が、私にも明瞭に聞こえ始めた。


    ◯

  

「ふふーん ふふふーん ふんふんふーん」


 プロミが鼻歌を歌いながら、火の消えた少女をおぶり膝下まで埋まる灰の海を渡っていく。

 余計な重量が増えたはずだが、心なしかその足取りは先程までよりも軽く見えた。


「こんな子供、拾ってどうするつもりなんだ」


「どうするって、流石に応急処置だけして放置なんて酷すぎるでしょ。遭難してたみたいだし、せめて次の街までは届けてあげないと」


「私なら放置そうするがな…… 」


 を使って応急処置をした時点でそうくることは分かっていたが……鳥類の骨格が許すのならばため息の一つでもきいところだ。


「水も食料もそう多くは残っていないぞ」


「どれぐらい持つ? 」


「この子が食べる分を考えれば……7日かそこらが精々だろうな」


 プロミが諦めてくれることを祈り、ダメ元で実際の量よりも若干少なく伝えてみる。


「ピンチだね。頑張って次の街を見つけないと」


 笑顔でプロミが息巻いた。本当に損な性分しょうぶんをしている。


「……んむ……むえ? 」


 小さく、プロミの背後から声がする。


「起きたようだな」


 プロミの背中で少女がもぞもぞと体を動かす。閉じられたまぶたが開かれ、赤褐色せきかっしょくの瞳が顔を覗き込む私を捉えた。


「えっ⁈ うわぁぁ! 」


 少女が控えめに叫びながらのけぞる。

 状況が状況なだけに仕方のない事だが、顔を見て叫ばれては良い気はしないな。


「おはよ。私は旅人のプロミ。こっちは相棒のカラスのナチャ」


「ええ……?」


 少女がぎゅっと小さな手を握りしめ、オロオロと辺りを見渡す。あからさまに警戒されているな。


「落ち着け。私達は敵ではない。お前が倒れていたから保護しただけのしがない旅人だ」


「ふぇっ? 」


 少女が、間の抜けた声を出す。


「か、からすさんが、しゃべってる……? 」


「……文句でもあるのか」


「う、ううん。……でも、からすさんなんて見たの……初めてだったから。図かんには書いて無かったけど……しゃべれるんだ」

 

 ふひひ、と控えめに少女がはにかむ。

 楽しそうでなによりだが大きな誤解があるな。


からすは普通喋らない。恐らく喋る鴉など世界中を探しても私だけだろうな」


「そうなの? 」


 少女が私の方に少し体を乗り出す


「なんで、ナチャさん?は喋れるの? 」


「もちろん、私の相棒だからだよ」


 誇らしげにプロミが言った。

 全くもって説明にはなっていないが、少女はへぇ、と一応は納得した風に小さく返した。


「ところで」

 

 プロミが歩くのを止め、背中の少女に顔を向ける。


「君はなんであんなところに倒れてたの? 」


「……? 」


 赤い手袋に、分厚い耐寒服。首にかけたゴーグル。身につけたそれらが、この少女の持ち物の全てだった。

 この子は旅の為の荷物を持っていない。


 加えてこの歳だ。私達のように旅人というのは考えづらいだろう。かといって、この付近にこの子の家と思わしき建物が無いのはさっきの偵察飛行ていさつひこうで確認済みだ。

 この子は、一体何者なのだろうか。


「え、えっと…… 」


 少女が少し考えるような仕草をした後に口を開いた。


「わ、わたし……たおれてたの? 」


「? そうだよ」


「それって、この近く? 」


「うん。すぐそこだけど」


 プロミが下ってきた丘の頂上付近を指差す。

 少女はしばらく視線を彷徨わせると、頂上付近の、先ほどまで私たちのいた家型の炭に目を止めた。

 

「あのおうちって……わたしのおうち? 」


「え? 」


「……何を言ってるんだ?」


 突飛すぎる少女の言葉が、頭の中を疑問符で埋め尽くした。あの家型のものが単なる炭である事はすでに確認済みだ。

 私が見逃していただけで、この付近に家があり、それと勘違いした……? そんなことがあるのか?

 

「えーと……私は君が行き倒れてた感じだったから、てっきりどこかに向かってたのかと思ってたんだけど…… この近くにお家があるの? 」


「そう……なのかな? 」


「なんで疑問け……あれ? もしかして…… 」


 何かに思い至った様子でプロミが呟く。


「もしかして、何も? 」


「……うん」

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