灰炭街

水細工

第1話 彼方から来たカナタ①

 熱い熱い熱い熱い熱い。

 自分の肉の焼ける匂いが煙と混ざり合い、鼻の奥に針のように刺さり続ける。

 全身が内側に引き摺り込まれるような激痛に、灰の上でのたうち回ってしまう。


 爛れゆく皮膚がちぎれ全身から出血するのが分かった。

 やはり先に◾️◾️◾️を気絶させておいたのは正解だったな。こんなふぬけた姿、アイツに見せたくなんか無い。

 

「格好っ……よぐは……じねっ、なぃか」


 最後の力を振り絞り燃え盛る体を押して立ち上がる。

 

 ヒーローになりたかった。

 ほんの2時間足らずのフィルムの中で遍く人を救い、世界すら変えてしまうような。

 エンディングくらいは、と思ったが、所詮どこまで行っても俺は俺みたいだ。


「ごめっ……んな。さいごまで……無茶ぃっで」

 

 気絶した◾️◾️◾️を見下ろす。

 大丈夫だ。◾️◾️◾️は、きっとあそこに辿り着く。

 ◾️◾️◾️との、これまでの果てしない旅路が俺にそう確信させてくれる。


 足の骨が限界を迎えたのかガラガラと崩れ落ちる。

 意識を保つのもそこが限界だった。


「……ネオ……オトカ……◾️◾️◾️……————


     ●


 目元の違和感で手放していた思考が急速に戻ってくる。


「……? 乾燥しているのか」


 何度か瞬きをすると目元を雫が伝っていくのが分かった。ここ最近雨が降っていないからな。こうもぼーっと目を開けていると目が乾燥する。


「……退屈だな」


「珍しいね、ナチャがそんな事言うなんて。何かあったの? 」


「何かあったら退屈はしない」


「ふふっ、あったらあったで面倒だって言うくせに。まぁ、なら久々に自分の足で歩いてみる? 」


 プロミが肩から私を下ろすような真似をして意地悪く笑う。


「勘弁してくれ。わたしとプロミの歩幅にどれだけ差があると思っている? 」


「でも良い刺激になると思うよ。ほら、私もナチャのペースに合わせてあげるから。どう? 」


「私に合わせて歩いたら刺激以前に餓死まっしぐらだろうが。ただでさえ最近は街を見つけられてないんだ。墓穴を掘るつもりか? 」


「そう? じゃあ……あぁ! 前の街ペリメジアで手に入れた古文書の音読してあげるよ」


「それは…………良いな。頼む」


 思いの外まともな意見がプロミから出てきたことにひっそり胸を撫で下ろす。危うく本当に歩かされる所だった。

 プロミならやりかね無い。


「んーっとね、この古代の人々の失われた経済文化とか面白かったしちょうど良いかな」


 プロミがバックからボロボロの黄ばんだ1冊の本を取り出し、パラパラとめくると本の中程で指を止めた。


「『近年の研究により、現代の私たちとは異なり古代の人々は“カネ”と呼ばれる紙や金属片を媒体とした市場の形成を行っていた可能性がより強く示唆されるようになった』……いわゆる通貨仮説ってやつだね」


「私はあまり好きではないがな」


「でもそれを裏付ける証拠が最近多い事ぐらいナチャも知ってるでしょ? へそ曲がりだね」


「鳥にへそはないぞ」


「そういう所だよ。まぁ良いけど。えーっと『従来の反対派の意見として信頼を元とした市場が3000年以上の長期間にわたり持続することは考え難いというものもあったが、今回の発見はそうした反論を大きく揺るがすものである。古代の人々は我々の想像を優に超え豊かであり、カネ市場が築けるだけのコミュニティが存在したと考えられる。これは別説のクニ仮説とも結びつけることができ……ふはぁ」


「どうかしたか? 」


 話に没入しかけていた思考がプロミのため息で引き戻される。


「うーん、歩きながら本を読むのは疲れるね。やっぱり歩いたらどう? 」


「結局そこに戻るのか…… 」


「はいはい。分かったよ。まったく、ナチャはわがままなんだから」


 プロミがカラカラと笑い古文書の音読を再開する。だが自分から催促したにも関わらず、直前である事を思い出し、自分がさっきほど話に没入出来ていないのが分かった。


 さっきのあれだ。あの空想の様なものはなんだったんだ。私が夢を見るというのはあり得ない話だし、退屈のあまりとうとう幻覚でも見え始めたか……?


「よって推察されるに古代、人はを……街かも」


 私が自分の正気を疑い始めた頃、ポツリと呟いてプロミが足を止めた。プロミがいそいそと古文書をバックに仕舞う。


「街? 」


「ほら、あの丘の所」


「ん……? 何もない様に見えるがぅうおっ!! 」

 

 突然走り出したプロミに驚いて思わず妙な声をあげてしまう。プロミの肩から振り落とされないよう、両足の爪に力を入れ踏ん張る。少し決断が早すぎるんじゃないか?

 

「ペリメジアの街長まちおさはこの方向にしばらく街はないと言っていた。見間違いだったら体力の浪費になるかも知れない」


「家の屋根が見えたんだって。きっと街だよ」


「そう言って灰街かいがいに連れて行かれたことが何度あったか…… 」


「いーから! 信じて! 」


 私のぼやきを捩じ伏せ、プロミが走り続ける。肩から下げたバックがその勢いにバタバタと揺れた。プロミの瞳にメラメラと炎が沸る。

 こうなったらプロミはもう止められない事は嫌というほど知っていた。諦めてくちばしつぐむ。


灰街かいがいで無ければ良いがな…… 」


    ◯


 煙の匂いがツンと鼻の奥を刺す。


「……」


「残念だったな」


 丘の上にあったのは家、の形をした巨大な燃える炭だった。

 壁や床は焼け落ち、黒く炭化した骨組みだけが辛うじて形を残している。

 ここに来る道中に、不自然に積み重なった灰の山が幾つかあった。

 眼前の骨組みの中で赤く燃え続ける火種が、この家を焼き尽くし、アレらの仲間入りさせるのもそう遠い話ではないのだろう。


 かつての街の燃えかす

 やはり灰街かいがいだったか。

 

「はぁーあ。久しぶりに人に会えると思ったのに…… 」


 プロミが屈み込み、両腕に顔をうずめる。

 だが落ち込むプロミには悪いが、私は落胆半分、安堵半分といったところだった。


 確かに私も久しぶりに街を見てみたくはあったし、食料や燃料の補給も行いたかったが、街に寄ることは若干のリスクもある。

 3つ前の街などでは、入街早々、散々なを受けたものだ。

 保守的な私としては立ち寄る街は最小限に抑えたい。

 もっとも、プロミの性分しょうぶんからしてそれは無理な話なのだが。


「ん? 」


 突然プロミが顔を上げた。

 しゃがんだまま不思議そうに眉をくの字に曲げる。

 

「聞こえる? ナチャ」


 誰が聞くわけでもないだろうに、手で仕切りを作ってプロミが肩の上の私に耳打ちをする。


「聞こえる……? 何がだ」


「いやさっき何か……うーん? 」


 プロミがなんとも言えない表情を浮かんで腕を組む。

 今度は付けていたゴーグルを上にずらすと、きょろきょろと落ち着かなく辺りを見渡し始めた。

 

「まさか近くに誰かいるのか? 」


 プロミの調子に釣られ、私もささやくようにプロミに尋ねる。


「勘違いかも…… いやでも、やっぱり誰か……いる? 気がしたような…… 」


 歯切れ悪く、プロミが半ば独り言のような返事をする。

 私も一応耳をすませてみるが、聞こえるのは目の前の家の燃え滓の立てる、パチパチという音だけだった。

 

「少し見てこよう」


 灰の薄く降り積もった両翼を震わせ、プロミの肩から飛び立つ。プロミが立ち上がり、不安そうな目を向けてきた。

 

「見える範囲に何もなかったら、すぐ戻ってきて良いからね」


「分かっている。あくまで念の為だ」


 上空を目指して、規則正しく翼を打っていく。

 飛ぶのは随分と久し振りだ。プロミの肩で胡座あぐらをかいてばかりの日々では、自分がからすだということすら忘れてしまいそうになる時がある。

 体の上を流れる風が心地よかった。


「さてと」


 地上からある程度の高さをとれたことを確認し、周囲を飛び回る。だが、やはりと言うべきか、しばらく飛び回っても何処にも人らしき物は——


「ん? 」


 ふと、目の前を過ぎていった景色の中に違和感を感じ引き返す。今何か妙なものが——


「……驚いたな」


 思わず自らの目を疑う。何処までも続く灰色の絨毯じゅうたん。その上に厚い服に身を包んだ、小さな黒髪の少女が、突如として横たわっていた。

 

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