第15話 再び山の上①

 日向ぼっこを始めてからいったい何時間経ったのだろう。もうあくびしか出てこない。

 よくサリリは、よそから人がやってくるまで飽きもせず、一人でここにいられたものだ。外の世界を知らなくてどうしようもなかったと言っても、限度があるのではないか。

 こちらに来てから何日経ったか数えるのも、いい加減飽きてきた。

 来たばかりのときはそれなりになにもかもが新鮮だったし、モナムを訪ねて出かけたときも、ずっとわくわくし通しだった。

 少し疲れてしまったのか、帰ってきてから、なんだかやる気が出ない。かといって、ずっと日向ぼっこをしているのも、時間がもったいない気がしてしまう。

 私はどうしたいんだろう、そう思いながらも、外に寝っ転がって、太陽の光や風を感じているのはとても気持ちがいい。


 モナムの家は町のはずれのほうにあったので、バス停から三十分くらい歩いた。パンを食べておいてよかった。あの日はバスが故障して突然たくさん歩くことになったので、山の上でずっとのほほんとしていた私は、家につく頃にはかなりへとへとになっていた。

 モナムやサリリはそれくらい歩くのは慣れっこなのか、涼しい顔をしていたけれど、私はそうはいかない。これが終わればようやく休めるんだと、自分に言い聞かせながらようやく歩き通した。家に着いたら、お母さんは出かけているのか、家にいるのは私たち三人だけだった。

 実は、モナムさんのお父さんも旅人だったらしい。お母さんはそのことを、彼女に特に言っていなかったそうだ。旅人のことはあまり公にしないほうがいいので、子供に言ってうっかりもらしてしまうと大変だからと、ある程度大きくなるまでは隠しておこうとしていたのだった。

 サリリはやがて旅先でお父さんと出会って、モナムが会いたがっていたことを伝えて、一緒にここに戻ってきた。それからまたいろいろあったけど、モナムがそれなりに大きくなったときを見計らって、お父さんとお母さんは一緒に旅に出たということだった。

 モナムは、布を織ったり、たまに占いのようなことをしたりしながら暮らしているそうだ。布は小麦粉や日用品と交換しているらしい。家の周りは畑になっていて、食べるものはあらかたそこで作っているので、そこまであくせく働かなくても、ささやかに生活するには困らないということだった。

 翌朝、モナムにもう一度話を聞いてもらってカードでも占ってもらったけど、やはり、結果は彼女の言った通りだった。

「旅人の石って、持ち主の心の持ちようを読み取って、自然とそれに沿った行動をとらせるものなの」

 言われたことを、頭の中で何度か繰り返してみる。

「すみません、よくわからないんですけど……」

「たとえばあなたが、宝石が欲しいって思ったとするわよね。そうしたら、宝石がたくさんある村の情報が集まりやすくなったり、宝石を扱っている人と偶然知り合えたり、あなたが宝石を手に入れるための行動をとれるように、石がさりげなく誘導してくれるようになるの」

「ということは、私が帰ることを望んでいない場合は……」

「帰らなくてすむように、頑張ってくれるの」

 そう言われてしまうと、口をつぐむしかなかった。

「だから、どうしたら帰れるのかっていう質問の答えとしては、帰りたいと思えるようになること、としか言えないわ」

「私は、どうしたら帰りたいって思えるようになるんですか?」

「そこまでは、私に聞かれても、なんとも答えようがないわね」

 モナムは首をかしげながら、サリリを見た。

「ずっとこっちにいればいいじゃない」

 サリリは、満面の笑みでそう言った。

「そういう方法もなくはないけど、でもね」

「なんですか?」

「あんまり長くいると、帰れなくなると思うわよ」

 モナムはサリリを見た。

「サリリがアリさんのいた世界に行ったときに、旅人の石に、あんまり長くいたら戻れなくなるって言われたんでしょう?」

 サリリは「うん」と言う。

「なんとも言えないけど、多分同じ原理で、ずっとこっちにいるのは危ういと思う。もし、今は一時的に戻りたくないとしても、いつかは戻りたいと思う気があるなら、帰れるうちに帰ったほうがいいと思う、そう、ここにいるのは長くてもせいぜい一月以内が無難だと思う」


 町を出るバスは朝の早い時間しかなかったので、翌々日の朝、まだ暗いうちに町を発った。モナムには「もっとゆっくりしていけば?」と言われたけれど、また次の手がかりを探さないといけないから、ひとまず山に戻ろうとサリリが言った。

 戻ってきたところで、特にこれといってすることもない。

「ずっと山の上にいて、ここでの暮らしに飽きたら、早く帰りたいって思うようになるかもしれないよ」

 サリリはそんなことを言うけれど、なかなかそうもいかない。

 そのまま数日が過ぎて、飽きてきたので「またどこかへ行こうよ」と言ってみると、サリリは首をかしげた。どうやら旅人の石の具合があまりよくないらしく、回復するまで待たないといけないようだ。

「石が、具合が悪くなったりするの?」

「たまにあるんだよ、無理しちゃうと、ちょっとね。そういうときは、石を休ませて、持ち主もできるだけ危険のないところでじっとしていないと、石がなかなか回復できないんだ」

「そんなに無理してたの?」

「有泉さんはこっちの世界の人じゃないから、石にはいろいろ大変なのかも」

 そう言われてしまうと、なにも言い返せなかった。

 今日はなにをして過ごそうか、考えてみる。

 冷静になってみると、こんな風に一日中好きなことをして過ごせるだなんて、夢みたいではないか。私はいつも、学校に通ったり、授業を受けたりしながら、こうしてたくさん時間があったら、あれもしたいこれもしたいと、しきりに考えていた。いったいなにをしたいと思っていたのだろう。いざ時間ができてみると、思い出せない。

 することがないのは、ここでは私には本は読めないからというのもある。向こうにいたときには、しょっちゅう本を読んでいた。それ以外にもしていたことはあったはずなのだけど、場所が変わったせいか、なかなか思いつかない。向こうの世界のことを忘れつつあるのだろうか。

 こんなにすごい景色があって、来たばかりのときにはすごく新鮮だったし食い入るように見ていたのに、いつの間にかすっかりあって当然のものになってしまっている。景色はどうせ景色だからなあ、などと思うようになってきている。

 ずっとここにいるわけではないだろうなと思うと、ここの文字を覚えてみようという気にもならない。二人はなにかしら忙しそうで、ずっと私の相手をしていてはくれない。

 時間を持て余して、テーマを決めて考えごとをしてみたりする。今日は、誰かがどこかへ行こうと思ったときのことを考えてみる。

 その誰かは、自分の生まれた町で、そこでの暮らしが世界のすべてだと思っている。

 テレビや新聞もなくて、外の事情はよくわからない。そんなとき、初めて村の囲いを超えて、向こうへ行こう、外へ出て行こうとする。そういう人がいたから、世界は色々な人が混ざるようになって、今あるようになったのだろうけど、初めのほうで、ここではないどこかへ行こうとしていた人は、どんなことを考えていたのだろう。

 旅人の石のようなものがなかったら、一人旅で思わぬ危険な目に遭ったときに助かりようもない。運よく誰かに出会っても、言葉も通じないかもしれない。よその国へ行ったとき、文化や風習だってわからないから、自分の国では普通にしていたことを同じようにしてみただけで、殺されてしまう場合だってあったかもしれない。そういう人が、何千人、何百人といて、でもどうにかして旅に出て、生き延びて、そうしているうちに、今のような世界ができてきて……、遠くにある未知のものに憧れたとしても、旅人の石や案内してくれる人がいなければ、私にできるのはせいぜい本を読んで遠い世界に思いを馳せることくらいだ。今となっては、その本すら読めなくなっているけれど。

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