新説 感染症

ヤギサンダヨ

つまりこういうことだ

「すぐにパウチ博士を呼んでくれ。ああ、そうだ。感染症研究所のパウチだ。ナニ?休暇中だと?ならテレビ会議に出させろ。1時間以内にセッティングするように。とにかく、緊急事態なんだ。」

 カルタ大統領は叩きつけるように受話器を置くと、電話の隣の箱の上の、赤いボタンを押した。するとすぐに、ダイエットコークとグラスが執務室に運ばれてきた。大統領はダイエットコークのボトルをつかむと、グラスを使わずにそのまま口飲みした。2、3回喉が動いたあと、ボトルを荒っぽく盆に戻してつぶやいた。

「だから止せと言ったのに、私の命令に背いて研究を続けた結果がこれだ。そもそも研究費を止めたにもかかわらず、資金提供し続けたのはどこの組織なんだ?今のところ中国の一地方都市の出来事として収まっているが、アレが原因だとすればコレではすまない。中国以外の国に広がるのも時間の問題だ。そして、真相が明るみに出れば、我が米国にも非難は及ぶ。いや、そんなレベルの話ではない。場合によると、人類の危機にもつながりかねない・・・。」

カルタ大統領はボトルに半分残っていたダイエットコークを飲み干すと、大きな声で叫んだ。

「パウチはまだかっ。」


1時間後、執務室に据えられたモニターに、細い眼鏡をかけた白髪のやせた老人が映し出されていた。カメラから視線をそらそうとして、少しおびえているようにも見えた。この老人に向かって、カルタ大統領は鋭い口調で問い続けていた。

「仮にあのウィルスだとすると、致死率はどれくらいなんだ。」

「99パーセントです。」

「な、なんだと。」

「ラットでは感染してから一週間で、ほぼ100パーセントが死滅しています。おそらくヒトでは99パーセント程度かと・・・」

「そんな危険なウィルスが、なぜ漏れた?」

「調査によると、実験済の動物を持ち出して市場で売っていた職員がいたようです。研究内容は極秘だったので、その職員もことの重大性が分かっていなかったようで・・・。」

「いったい、実験はいつからなんだ?」

「米国での研究を止められた翌年からです。」

「誰の許可で継続したのだ?」

「私自身の知的好奇心による研究ですので、許可は得ていません。」

「自身の研究だと?ウソをつけ。成都の研究所に我が国から大量のドルが流れていたことはバレてる。とても個人で捻出できるような額ではない。軍か?またしても私の知らないところで、そういった動きがあったということか。えっ?どうなんだ。」

「軍ではありません。」

「では誰だ。」

「それは言えません。」

「ペニー副大統領、パウチ博士を裁判にかけろっ。売国と、全世界の人類を危険にさらした罪だ。そして背後にいる組織をあぶり出すんだ。」

「はっ、大統領。あとは私ペニーにお任せください。さあ、パウチ博士、まずは帰国してからだ。今そちらに迎えをよこすから、たわごとは後日聞こうじゃないか。」



三日後、国立アレルギー感染症研究所のオフィスに戻ったパウチに、ペニー副大統領から電話があった。

「パウチ博士、どうだったかね?私の演技は。」

「いやいやペニー副大統領、危ないところでした。ありがとうございます。」

「なに、カルタは私を微塵も疑ってないからな。私が君を絞り上げて、真実があぶり出されるとでも思っているに違いない。」

「しかし、大統領はどこまで知ってるんです?我々が中国と組んでウィルス兵器の研究を続けていたということは、いつからバレてたんでしょうねぇ。」

「ああ見えてけっこう勘が鋭いんだ。時に勘だけでカマをかけてくるときもあるから気をつけたほうがよい。もっとも、我々の研究が、大手製薬会社の要請によるものだとは気づいていない。それより、中国での騒ぎが少しおおごとになってきているが、どう対処すればよいのだ?」

「心配いりません。すでに米国のモゲルナ、ハイザー、イギリスのアサッテゼネカ、中国のチャイバックなどにワクチン製造指示を出しました。計画どおりです。」

「ワクチンというのは、ひょっとして未承認のmRNAワクチンのことかね?」

「あのウィルスの感染力から言って、全世界に広がるのは時間の問題です。他に対処する方法が無い以上、未承認だとかなんだとか言ってる場合ではありませんから、各国はワクチンを緊急承認するでしょう。今までなかなか認可がおりなかったmRNAワクチンを売り込むには、製薬会社にとってもまたとないチャンスです。」

「一石二鳥というわけか。」

「もちろん、我々にもキックバックが入りますから、そういう意味でもウィンウィンです。」


パウチの言った通り、年末に始まった一連の感染症騒ぎは、翌2月には中国全土に、そして3月にはヨーロッパやアメリカなど、世界じゅうに広がりを見せた。一部の国では病院が患者で満室になったり、感染予防のために都市をロックダウンせざるを得ない状況となった。ただ、感染はそのあと落ち着いていき、とくにアジアでは思ったほど拡大しなかった。死者も高齢者を除いてはほとんど皆無という状態だった。


そのころ、ホワイトハウスでもちょっとした事件があった。なんと、カルタ大統領が感染したのだ。大統領は70歳を超える年齢だったためおおいに心配されたが、何のことはない、数日で熱が下がってケロッとした顔で民衆の前に表れた。

アメリカはもちろん世界各国は、各製薬会社が製造したワクチンを奪い合うように確保していたが、実際にはこの大統領の例と同じく、国民はさほど重症化せず済んでしまい、ワクチンが余るという現象が起こり始めたのだった。


「パウチ博士、これはどういうことでしょうな。」

「もしかすると・・・。」

パウチが思い当たるフシがある、という顔つきで答えた。

「我々が手がけたウィルス兵器は、もともとサルやコウモリの遺伝子に手を加えたものです。お聞きになったことがあるかもしれませんが、いわゆる遺伝子組み換え食物は、世代を超えるとその発現が減少していきます。ひょっとするとこれと同じ現象が、我々が開発したウィルスにも起きているのかもしれません。」

「ということは、感染を繰り返せば繰り返すほど、効力が弱くなると。」

「そういうことです。」

「場合によるとワクチンも必要なくなると。」

「そのとおりです。」

「博士、無責任なことをおっしゃっては困りますな。ご存じのとおり、もう何十億本ものワクチンを世界じゅうの製薬会社にオーダーしてしまっているのですよ。今更『いらなくなった』では、筋が通りませんよ。」

「そう言われましても、こういった問題は常に想定外の事象がつきものですし、私が製薬会社にオーダーしたと言ったときに、ペニー副大統領、あなたは中止しろとは言いませんでした。実際にキックバックもかなりの額になっているのではないですか?今更私だけに責任をなすりつけられても困ります。」


「ペニー君、パウチ博士の処分はどうなったかね?」

「はっ。慎重に事実関係を確認して適切に対応しています。」

「どこかの国の政治家みたいな言い方だね。大丈夫なんだろうね。」

「はっ。それより、ちょっと問題が・・・・。」

「問題?何が問題だ。例の感染症ならずいぶん収まってきたじゃないか。この調子なら大統領選挙も問題なく実施できそうだ。ワハハハ。」

「いや、とんでもない。一見下火になったようですが、実は無症状感染しているようです。」

「無症状感染?聞いたことない言葉だなあ。」

「いえ、たいへん深刻な事態です。感染しても症状が出ない者がたくさんいて、これがウィルスを媒介して高齢者などにうつると重傷化するのです。だから今後もワクチン接種を続けなければなりませんし、ロックダウンも継続するべきです。ぜひ同盟国にもそのようにお伝えください。」

「そうか。日本なんかはほとんど重傷者がいないから、ワクチンはもういらんとか言っておったが・・・・。」

「と、と、と、とんでもない。ワクチンこそがこの状況を打破できるのです。ぜひ、そのことをご友人のカベ首相にお伝えください。」


「ペニーさん、聴きましたよ。大統領をうまく丸め込んだようですな。」

「パウチ博士、おもしろがらないでください。智恵を絞って頑張ってるんですから。そちらは何か計画が進みましたか。」

「ええ、ええ、うまくいってますよ。まずは本国と同盟国のマスメディアを買収して、感染症がまだ深刻な状況である、無症状感染が怖い、医療崩壊しないようワクチンを打てと、日々報道させてます。それから各国の有力な医師会役員の友人に、マスクや消毒を推奨して感染症の深刻度を醸成するよう頼んでおきました。また、各州や地方のトップには、本来の使い方ではありませんがPCR検査なんかも活用して危機感を煽りに煽るよう通達してあります。」

「ここまでやれば、製薬会社も許してくれるかな。」

「もし、それでもワクチンが余って、はけ切れないようなら、最後は日本に買ってもらいましょう。敗戦国に拒否権はありませんからね。」

「そうだな。それがいい。あの国はカネだけはあるからな。」

「ハハハハハハ」

「ハハハハハハ」

「ワッハハハ。」

「ワッハハハハ」


めでたしめでたし。


※すべてフィクションであり、登場する人物名・団体名は実在するものと関係ありません。




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