2章
1話
ミチヒロが起こした事件から5年が経った。彼の正妻が産んだ子どもたちも小学生に上がる頃、彼らは苗字を変えミチヒロの子だと勘づかれないように過ごしていた。
最悪の父親を持ってしまった子達の運命の歯車は動き始めていた。その中の1人に今でもずっと父の行った行動が悪くないと考え、父と似た思考を持った子が居た。リュウと言い、周りの子達と比べ異質の存在だった。ギフテッドというものでは無いが、おそらくそれに近しい、何かを持っていた。
「リュウ、ご飯だよ!」
「はい」
世の小学1年生に比べ、淡々と話、自分の考えをしっかりと持った子どもだった。母は不安に思いながらも、父と同じ道を歩ませないように育児を熱心に行った。
だがリュウとその兄妹たちの間には大きな亀裂が目に見えるほどに入っていた。
「リュウお前!!」
「なんですか」
「返せよ!」
「……なんで?」
「は、はぁ?」
「欲しいものは自分の手で」
「父さんの真似事はやめろよ!!」
「……真似事じゃない。僕は僕」
兄弟喧嘩に口を挟んではいけない。それがわかっていてもリュウに関しては止めなければならない。そう考えた母は口出しをしようとリュウの前に立った時だった。
「立つな。僕の前に」
「リュウ、あんたねえ!!」
「叩くの?」
「え……?」
「そうやって僕を弱者に育てあげて、父よりも弱くし、逆らえないようにするの?」
「ち、ちが……」
「……ごめんなさい。なんでもありません」
「リュウ……」
リュウは父親に対するコンプレックスなのか、はたまた憧れのせいなのか、母親もタジタジになるほどにベラの回る子どもだった。小学校に入学してから、周りと馴染めず父親であるミチヒロと似たような境遇に置かれるのでは無いのかと周囲の心配は増していく一方だった。
そして訪れたリュウ含め4人の子ども達の入学式。とても綺麗な服装に身を包ませ、小学生への第1歩を進ませた母親は、リュウばかりを気にして他の子に目をやらなかっただけで、リュウは言った。
「そうやって僕を甘やかして、あいつは弱いって全員に示してるんですか」
「……いい加減になさい。貴方の父親は弱くなんてなかった」
「ならなんで死んだのですか」
「……いつか必ず話します」
「分かりました」
聞き分けが良すぎることに不安を覚えた。母親はこの子が犯罪の道に進まないようにと考え、たくさんの知識を蓄えさせた。小学生で既に中学生の範囲を終わらせるほどに天才へと育て上げた。
他の兄妹たちもリュウに劣らず、勉強のできる子どもになってはいたが、やはりリュウだけが異質そのものだった。
そして時を経た6年生の卒業式、イジメもなくクラスで浮くことも無く全員が無事に卒業した。リュウは1人でいる事が多かったと聞いたが、何も問題なく中学生へ進んで行った。
だが問題が起こらないわけが無かった。中学生になり環境が変わったおかげで、リュウや他の兄妹たちは狙われた。
「お前あの最悪な奴の子どもなんだろ!」
「え……」
他の子達が責められる中、リュウは無関心で何も聞く素振りも無かった。それを狙われたリュウ。机に思い切り水をかけられる。するとリュウは怒りその子どもを窓から落とした。幸い2階と言うこともあり大怪我では無かったものの、この出来事によりリュウはさらに孤立してしまった。
「うちの子が怪我したんですけど!!」
モンスターペアレントにも襲われる始末。母親が頭を下げている中でもリュウは頭を下げることを知らず、感情のない表情のまま言った。
「父親を貶されたら誰だって怒ると思いますけど」
「そ、そりゃあんたらの父親はろくでもないからじゃないか!」
「イジメの減少率をちゃんと見て言っているのか」
「人殺しの分際で……!」
「そうやって人を見下しておけよ。いつか天罰が下るぞ」
「こ、こんな危ない子のいる学校には居させられない!!」
リュウの危険性故に何人かの生徒が転校したいと申し出があり、母親は校長室に呼ばれリュウの転校を求めた。
「なんでリュウが追い出されないといけないんですか!?」
「たった一人の生徒より多数の生徒なんですよ」
「兄妹でたった一人だけ別の学校に行けって?!」
「……えぇ。そうです。我々も残念ではありますけど」
「そうですか。分かりました。ですがリュウにはご自身の口で伝えてください」
校長たちはタジタジになっていた。母親の強い口調、リュウの怖さに。
そして後日リュウは校長室に呼ばれた。大人が3人も集まり、子ども1人を詰める形で座った。それでもリュウの表情は変わらなかった。
「君には転校してもらおうと思っている。君の母親も了承した」
「母さんが了承する訳ないじゃないですか。どうせ僕にきちんと伝えろと言ったんでしょう。それに僕一人を転校させてどうします? それでこの学校が変わるとでも? 1人でもイジメに近い行いをしたのに?」
「な、なんだお前は!!」
「そうやってすぐに声を荒らげる。父が居れば、まだこの世の中は立て直せたのに」
「君の父親は最悪の人間だ!!」
「……どこがですか?」
リュウの雰囲気が変わる。父親の話になるといつも大人しいはずの子が鬼へと変わる。これが遺伝なのか。
校長の首を掴み、ギュッと握る。顔が真っ赤になり、そして真っ青になる。教頭や教師のおかげで校長は助かったが、リュウは追撃しようと校長に馬乗りになる。
「父さんをバカにするな!!!」
顔が真っ赤に染まり、父親が出来なかったことをするように世界を確変させるためにリュウは今から動き始めているのだと教師は気づく。リュウ自身が父親の子である責任なのか思い詰めていた。それも身勝手な程に、誰も頼んでもいないのに。
「落ち着け。悪かった。人の親を貶すのは違った。だがわかって欲しい、君の父親はほんとうに悪いことをしたんだ」
「そんなの知ってる。けどそれよりも命が救われたんだよ!!」
「落ち着いて。お母さんとちゃんと話して」
「……誰もわかってくれない。父さんの偉業を」
家族全員が帰宅した家の中、空気は張り詰めピリピリとしていた。母親はリュウと話し合いの場を設けた。
「リュウ。お父さんが何をしたかもう一度言って」
「父さんは子どもの頃虐められていて、そいつらに復讐した」
「うん、それだけじゃないよね」
「人殺しに強盗、万引き」
「そう。ダメなのはわかるよね」
「でも父さんは!!」
「リュウ。目を見て」
「……」
母親はこの時、リュウの目に宿った闇が、父親そのものだと認識した。本当に純粋な父の細胞を受け継いだ危険分子なんだと気付かされた。
「リュウ。貴方の将来の夢は?」
「……無い」
「リュウ。お願い、父さんみたいにならないで。私を悲しませないで」
「勝手に父さんに惚れて僕たちを産んだくせに」
「リュウ!!!!」
――――――バチンッッッ!!!!
今まで子どもたちに優しく接し、柔らかく暖かい母が初めて子どもを殴った。そこからリュウは孤独を突き進んだ。
中学生、高校生となり卒業していく過程の中家族が楽しそうに話している中リュウは一言も発しない、家族の輪にもはいろうとしなかった。母親が声をかけても無視をし、兄妹たちでさて無視をした。
そして事件は起こった。リュウが大学で人を刺した。父親をバカにされたこと、犯罪者の息子というレッテルを貼られ大学教授に理不尽にも単位を落とされたというキッカケでリュウを守っていた母親の気持ちさえ切れて、抑えが効かなくなった。
リュウは傷害の罪で牢に入ることとなった。その間他の子どもたちは警察官や消防士、自衛隊と立派な職についていった。
☆☆☆
「やぁ、君、リュウくんの兄妹の子だよね」
「はい」
「警察官になったんだね」
「……二度と父のような人間、リュウのような子を出さないよう警察として取り締まります」
「心強い。リュウくんとはどうなんだ?」
「あの日以来喋ってません」
リュウより先に生まれた兄、カズヤ。カズヤもまた父親にコンプレックスを持つひとりであり、リュウとは違い父親を憎んでいた。父親の行い全てを否定し、リュウと喧嘩が絶えなかった1人だった。
「リュウくんのこと頼むよ。あの子は可哀想だ」
「……えぇ。ですが何かやった時は俺が捕まえます」
「あぁ」
リュウが牢の外に出て、シャバに出たところにはカズヤは出世街道をまっしぐらに進んでいた。この2人の人生はまさに真逆で光と闇そのものだった。
なにか起こせばカズヤがリュウを叱る。何もしていないリュウが疑われてもカズヤは味方しない。そんな2人の間に亀裂が入る。
「カズヤ兄さんは笑えちゃう」
「あ?」
「警察官になったから天狗になってんの?」
「なんだお前……」
「僕が本当の神なんだ、父さんの生まれ変わりは僕なんだよ。お前らはただのゴミなんだよ」
「リュウ、何か犯罪を犯せば俺はお前を死刑にさせる」
「そんな権限ないくせに」
「許さないからな」
「あっそ」
兄妹たちの間で何が起こるかは一目瞭然。カズヤはずっとリュウを目の敵にしていたのだから。リュウが産まれてきた頃からずっとずっと。
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