第17話 暗闇の襲撃者

「色街の方はどうだ?」


鷲鼻の男ザンド組幹部ジュグロがマガチ組の幹部スエマサに聞く。


「財政状況的に厳しいですね。何しろ鶴観館が龍津軍に接収されてしまいましたから。頃合いを見て返すとは言ってましたが地下牢の件もありましたししばらくは無理でしょうね。」


「あんたんとこの頭の甥っ子の「秘密の園」だったんだっけ?やっちまったよなぁ?」


スエマサがその声の方に睨みを効かせる。タシロ組のユキトラであった。ボサボサの染髪に無精髭のだらしない姿勢の男だった。


「ユキトラ、ちったぁ口を慎め。」


サワウチ組幹部。剃り上がった頭の強面大柄の男、タタキが諌める。


「タタキの兄さん、ヘマしちまったのはコイツラだぜ。おかげで俺達も余計に目をつけられるハメになっちまったんだ。知ってんだぜ?あの馬鹿、仲間内で追い出し部屋みたいに作ってよ、夜な夜なそいつらで色々愉しんでたってぇのは。まぁ散々甘やかして豚箱突っ込まれたんだから自業自得だろ。へへへ。」


「ユキトラ、口を慎めと言った。次はねえぞ。」


タタキが視線でユキトラを脅す。


「フン、わかったよ。悪かった。」


さほど悪びれもせずにユキトラは明後日の方向を向く。ジュグロがその様子を見てため息をする。


「お前らんとこからの出向だろ、そいつ。躾がなってねえなタタキ。」


「はい、すいません。後で向こうの頭通して言って聞かせますんで。」


ジュグロはタタキが頭下げるのに対して見下すような視線を飛ばす。この場にいる一部の者達が気に食わないと言わんばかりに。


「ねちっこい喧嘩だねぇ。」


口を開いたのはモモセ。濃いめの化粧をした鼻立ちの良い美人の女性。この場においては唯一組の頭目としての出席をしている。


「なんか言ったかクソババア。」


ユキトラが立ち上がる。同時にモモセの後ろで控えていた護衛の長身の女性、カシューが間に入った。


「喧嘩の仕方がくだらないって言っただけだよ。人様の悪い所をあれこれ並べるのも結構だけどアンタも中身はそんな変わらないだろうに。」


「....殺されてえか?」


モモセは眼の前の茶を啜るとカシューに向かって「座れ」のサインを出す。カシューは無言でユキトラを睨みつけながらモモセの後ろに座った。


「別に、好きにしたらいい。あたし達んとこで守ってるのなんてせいぜい店一軒だからね。ただそれで手を出したら他の連中が黙ってないと思うよ。ここはそういう場所だ。....わかるだろ。ぼうや。」


「ここの連中皆が味方してくれるとでも言うのかい?....ぐ!?」


ユキトラの言葉にタタキが首を掴んで持ち上げる。


「そこまでだ。もうやめろ。でなければ....。」


タタキの大きな手がユキトラの首を徐々に圧迫していく。ユキトラの顔から徐々に血の気が引いていくのを見たジュグロがタタキの腕を掴んだ。


「タタキ、やめろ!ここでそいつは御法度だ。モモセさんも、あんまり挑発しねえでやってください。こいつら沸点低いから。」


モモセは「はいよ」と頷くとカシューに上着を寄越すよう頼んだ。降ろされたユキトラはゲホゲホ咳込みながらもモモセの方を睨む。


「喧嘩したけりゃここじゃない所で買ってやる。何だったら店に来な。何人連れてきても構わんから。」


「ユキトラ、乗るなよ。」


荒い息を整えながらモモセに今にも殴りかかろうとしているユキトラを他の舎弟達が押さえる。


「絶対に、いつか、殺してやるからなぁ、く、クソババア....はぁ、はぁ。」


「....終わりましたか?」


騒動の中でも意にも介さないと言った表情だったスエマサが言葉を発する。


「次の議題をお願いします。」


その場にいた全員がその様子を見て顔を見合わせる。肝が座りすぎじゃね?こいつ、といった感じに。


「じゃあ、次は....。」


ジュグロがいくつかの議題として上げたのが現在敵対組織となってしまっているウライシ組のこと。そのウライシ組が龍津軍と手を組んで街の掃除に乗り出したこと。さらにその流れでハカシラの遺体が接収され、おそらくだが解析されてしまった事によりオース領との繋がりが露呈してしまったことも話した。


「死んだ人間の脳味噌から記憶を読み取る....ねぇ。さすが、腐っても聖帝の犬どもだ。やる事がえげつねえや。」


「と、言っても技術としては未だ完全な形ではありません。しかし私の情報によれば精度自体はこの数年でかなり向上しており、死後数時間以内であるならば脳の記憶領域からかなりの情報を拾えると聞きます。」


「....よくわかんねぇな。」


ジュグロがそう返したがシーワンは気にせず続ける。


「しかし獣人関連については問題ですねぇ。我々の組員やその身内の中には奴隷出身者もそれなりにいますから。今後状況によっては我々クワムラ組傘下の者達全員が国家反逆罪として潰される可能性もありますし....。」


「だったら全面戦争だろうがよ。」


ザンド組、突撃長アンジが口を開く。細身で短髪、着流しを着た長身の男でその手には白鞘の刀が握られていた。


「向こうさんが難癖つけて来るなら斬る。潰す。俺達だって生き残るためにオースの連中と手ぇ組んできたんだ。ヒノエはどうだ?俺達に何の断りもなくてめえの国の領土にして我が物顔で支配して、反対派の連中を締め付けて、あげく金銭まで不必要に巻き上げるばかりじゃねえか。」


「アンジ、そりゃあそうだがよ。」


ジュグロが苦言を言おうとするとスエマサが手を上げた。


「気持ちはわかります。アンジさん。しかし現状我々では今城に駐留している龍津軍にすら勝てません。しかも先日の一件で目もつけられてしまっています。今は大人しくしている方が良いでしょう。」


「で?何処ぞの貴族様と同じように殺されるってか?」


アンジは鼻で笑った。


「龍津軍ってのは元々聖帝直属の暗殺部隊から正規軍まで成り上がったクソヤローどもだ。俺達がガキの時分の頃にあちこちで新政権に反対していた貴族や有志が殺された話、知ってるだろ?そいつらを殺った連中が今のバンリ率いる龍津軍だったって話。」


「....。」


周囲の誰もが押し黙る。今この中にはそのヒノエ、龍津軍に煮え湯を飲まされた者も少なからず居たからである。


「おそらくクワムラ組と手ぇ組んだのもその流れだろう。....あいつらいずれ俺達全員を消すつもりだぜ?いいのかい?このまんまで。」


「....そうならないようにするための会合です。」


スエマサが喋るとアンジは近くまでズカズカ歩いていきすぐ横に座る。そしてスエマサを脅すように顔を近付けた。


「わかってますわ。んなこと。でもですぜ?あいつらと俺達は対等じゃねえ。あいつらは俺達をいつでも潰せる連中としか見ねえし、俺達にとってはあいつらは気に食わねえ目の上の単瘤だ。だったら早いとこお引き取り願って新しく君主を立てる方が良くありやせんか?」


「相手がどういう勢力か知ってて言ってますか?」


アンジは立ち上がる。そして今度はゆっくりと自分の席へと歩いていく。


「....スエマサさん、相手が誰だろうとおんなじでさぁ。俺ぁ抜き身の刀だからよ。」


スエマサは呆れた様子も見せず無表情に卓に視線を戻す。ここにいるほとんどが聖帝国を良く思っていない。しかしもしこちらから手を出してしまえばどうなるかもまた容易に予想が出来た。


ここにいる誰かが何かの拍子に手を出せば、全員が一気に潰される。それが各々の共通の認識である。

しかし、その中でのアンジの言葉はここにいる全員が願っていたことでもあった。


あいつらを追い出したい。潰したい。排斥した上で自分達の町を取り戻したい。そのための力がただ欲しい。かつてこの町が国であった頃に真っ先に反対したのも彼らであり、今尚納得していないのも彼ら、クワムラ組の傘下の者達であった。





「どう考える?」


会合が終わり、各々が帰り支度をする中でジュグロがアンジとシーワンに問う。


「龍津軍とウライシ組、その両方との衝突を避けられるかどうか、ですな。結論から言って無理でしょうな。ウライシ組が連中と手を組む前であれば何とでもなったでしょうが....。良くて痛み分け、それでも損害は間違いなく我々の方が酷くなるでしょうな。」


「白旗でもあげるかい?ジュグロ兄さん。」


ジュグロは腕を組んで考える。

およそまともに済むとは思えないこの状況を。


「そもそもがハカシラがあんな事件起こさなけりゃあな。よりによって殺っちまったのが龍津軍と懇意にしてる実業家の関係者だったって話だもんな。」


アンジが頷く。


「旅籠屋たると、魔女の弟子の1人と云われるミサオという獣人の女。そして最近またその魔女の方から少年が1人居候を始めた、だよな?シーワンさん。」


「ええ、先日うちの人達も集会に使ってる古寺を襲撃した、ハカシラさんを殺したとも言われてる少年ですね。現段階においてはあまり目立った情報はないようですが、何者でしょうね?彼。」


「さてね。」


不意にアンジは鼻を鳴らし始める。そしてニヤリと笑うと外の方にゆっくり歩を進める。


「兄さん。2人つける。正面から行け。シーワンさんは裏口へ。そっちにも気配を感じる。」


「アンジさんは?」


シーワンは術士用のグローブを嵌めるとジュグロに付く2人を指定する。アンジは振り向かずに言った。


「一番やばそうで旨そうなのを殺すさ。他にも何人かいるがそっちは他の組の連中に預ける。」


そう言ってアンジは縁側にある渡り廊下へと歩いて行った。そして、他の組の者達も侵入者の気配を感じ取った者から順に行動を開始した。そのうちの1人、モモセは裏庭にカシューとともに移動する。


「カシュー、1人は任せる。少々相手としちゃ役不足だが向こうさんも少ない手勢でこちらをどうにか出来ると思ってやがる。返り討ちにしてやんな。」


「了解。」


カシューは上着を脱いで腕と腹を露出した競技者のような服装になる。その肢体は女性的なフォルムに凶悪なまでに筋肉がついた傷だらけの身体だった。そして両腕に打撃用のグローブを嵌め、眼前にある庭木に向かって手を掲げた。


「出てこい。潰してやる。」


その言葉と同時だった。庭木は木っ端微塵に破壊され、その木の後ろにいた大柄の男を塀までふっ飛ばした。カシューはそこから一気に距離を詰める。


「....!」


男はすでに両腕を前に出し、守りの構えで潜んでいたのだ。しかしそれは先程の一撃で何の意味もなさない事に気付いてしまった。腕を含め全身には先程砕かれた木々の破片が突き刺さっている。それと同時に塀に叩きつけられ、思いきり背中を打ち付けていた。


動けない。身体がその速さに反応出来ない。

咳き込む瞬間をも相手は許さなかった。


カシューはすでに眼前にあった。振り上げられた拳。凶悪とも思える引き締まった筋肉によって落とされたそれは男の身体を安々と破壊する。


一発目、骨が砕ける音。

二発目、内蔵が破裂される感覚。

三発目、顔面下の歯が砕け脳が揺さぶられる。

四発目、意識はそこで落ちた。


そこからも執拗にカシューは拳を振り下ろした。その原型が完全に潰れるまで。初動の差で掴み合いに持ち込めばまだ粘れる可能性はあっただろう。しかしカシューはそれを許さなかった。


脳味噌が割れた頭蓋骨から顔を出す。

心臓が破れ、身体の汎ゆる所から出血する。


汗一つかかないカシューの下で、すでに男の上半身はただの肉の塊になっていた。




一方でモモセは屋根の上に上がっていた。およそ常人とも思えぬ跳躍力で料亭の一番高い所まで。追うのは大量の羽虫。その羽虫でさえモモセに近付く事は出来ない。


小さい音が響く。単発的で、短く、それは一瞬の閃光とともにモモセの身体の周囲を取り囲んでいる。


焦げた臭い、辺りに漂う煙。

そう、羽虫達はモモセに近付いた途端に焼かれているのである。


「それでどうにか出来ると思っているのかい?」


モモセは闇に紛れているその男に声をかける。


「あたしに不意打ちは効かないよ。」


その言葉に暗闇から大量の羽虫に包まれた包帯姿の男、ウジワラが現れた。口が裂けたような笑みを浮かべるウジワラにモモセは不敵な笑みを返す。


「バンリの駒....じゃあなさそうだね。傭われさんかい?あたしを殺っても大した報奨は貰えないよ。」


「....カカカ....わかっているともさ。オレは自分の

興味を優先する質でねぇ。許してくれよぉ。」


「こんなババアにかい....まぁいいか。ところでさ、死んじまったよ。アンタの仲間のデカいやつ。」


モモセのその言葉にさほど興味がなさそうにウジワラは振る舞う。まるで当然と言わんばかりに。


「薄情だね、アンタ。これで敵討ちできるってのに。」


「あれは死んだところでなんの支障もないからね。カカカ。それに別にオレはアンタと敵対するつもりでこっちに来たわけじゃない。」


モモセは懐から煙管を取り出す。そして火をつけると煙を吐き出した。


「....話、聞こうじゃないか。」


ウジワラはその言葉を聞くと嬉しそうに、気持ち悪い笑みを浮かべた。

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