泥濘の子ども達
平峰カンナ
第1話 悪徳の街
そこは町の男達の集会場だった。
町の男達とはいってもそんじょそこらの男達ではない。所謂任侠者とかヤクザ者とか極道とかのそういう連中の寄り合いの集まる場所だった。
建物自体はそれほど大きくはない。元々寺としてこの林の中に建てられ持ち主が借金のカタとして手放した。そういう場所だ。
勿論道理も社会性も通じない荒れた男達にまともな管理など出来るはずもなく、壁に穴は空き屋根瓦の一部は剥がれ落ち、その見窄らしい廃屋一歩手前の「元」寺はまさにそういった野獣共の巣窟に相応しい場所だった。
ある昼下がりのこと。
集まった男達は大部屋のど真ん中で敷物を拡げそれを囲うように違法な金銭の取り引きを行っていた。
俗に言う賭博行為である。
都よりはるかに離れた地方の町、ましてやこんな悪党連中が蔓延るような地域でそれを咎める者がどれほどいるだろうか。
「邪魔するぜ。」
そこに小さな影が壊された戸を開けて入ってくる。声変わりして間もない子供の印象を残した低い声。身長は160センチと少しくらいだろうか。
足首まである長めの外套、それに付いたフードで完全に顔を隠している。
「なんだ、てめえは。」
男の1人が立ち上がって威圧的に声をかける。少年は意に介さずといった感じで周囲に視線を走らせた。
「人を探してる。ザンド組のハカシラという男だ。知らないか?」
「は、知っててもてめえなんざに教えねえよ。クソガキ。」
男の手が勢いよく延びる。どうやら少年を掴んでどうにかするつもりらしい....が、しかしそれは即座に失敗に終わる。
「お?」
瞬間、男の身体は宙に浮いた。正確には少年に腕を掴まれそのまま少年の上を舞う形で投げられ、ひっくり返りながら壁に突っ込んでいった。壁は破壊され男は木端の中に埋もれて動かなくなった。
「てめえ!」
今度は別の男が少年に腕を振り上げて襲いかかる。少年はその動きを即座に見切り、その男の腕が伸び切った所で関節を手で持ち上げ骨折させる。折れた実感と痛みで男が怯むとがら空きになった腹部に背面蹴りを打ち、男達の集団の中に突っ込ませた。。
そこから堰を切ったように男達が襲いかかる。
ある男は後ろから掴もうとしたが腕を捕まれ背負投げの形で床に頭から突っ込んだ。また、ある男は飛び蹴りで突っ込んで来たがその勢いを利用されてそのまま外へ飛ばされた。またある男はいよいよ得物として刀を振り下ろしたが両手で止められ破損、折れた剣先を脹脛に据えられ顎下に一発貰って気絶した。
およそ不思議な光景だった。明らかに少年よりも体躯のある男達が次々と打ちのめされて転がっていく。一人くらいの死人が出てもよさそうなものだが骨折や裂傷程度の大怪我はしても死んだ者はいないようだった。
数分後、ゴタゴタでさらに破壊された部屋には動けなくなった男達の山が出来ていた。少年はその中の1人を掴んで鋭くなった木端を眼球近くまで押し当てる。
「ザンド組のハカシラだ。知ってるか、知らないか、どっちだ?」
「し....知ってはいる....いるけど....。」
「とっとと言え。目ん玉潰すぞ。」
少年が木端をほぼ眼球近くまで押し当てる。
「ま....待て。ザンド組は、俺達の、兄弟分だ。あ....あいつは....ハカシラは....多分キスイ橋近くの遊郭にいる。今夜も行くはずだ。」
「そうか」と、少年はようやく男を降ろす。男は荒くなった息を整えるよう何度も深呼吸をする。
「....おまえ....何であいつを追うんだ。ハカシラはやべえ....この界隈じゃ「熊殺し」で通ってる大男だ。素手一発で人を殺しちまうやばい奴なんだぞ。」
「知ってるよ。んなこたぁ。」
少年は恐ろしいほどに冷静に返す。男の忠告はすでに承知の上らしい。
「だからぶっ殺すつもりでいる。敵討ちだ。」
「かたき....?待て待て。本気か?本気なのか?お前....。てか、誰の....。」
男は外套の端から見える少年の腕を見た。決して太くはないが程よく筋肉が付いた腕。よく見れば細かい傷もいくつか付いている。先程の自分達はこれで投げ飛ばされ、骨折させられ、気絶させられたというのか。
(こいつ....たぶん、相当の場数踏んでやがる....。ただのガキじゃねえ。)
表情はフードで見えなかったが纏っている気は子供の、年相応のモノではない。男は自身の兄貴分達や他の修羅場を数多く潜り抜けてきた格上の連中と同じ匂いをこの少年に感じていた。
「邪魔したな。」
少年は立ち上がり倒れた男達を跨ぎながら出口へ向かう。戸に手をかけた時に思い出したようにこう告げた。
「ああ、そうそう。怪我した連中、診てもらうんだったら中心街にある「マルバス総合診療所」ってとこに行きな。事情を話せば他よりも格安で見てもらえると思うぜ。」
診療所だ?と男は呆れ果てる。今ここにいる十数名の怪我人を一度に見てくれる病院があるのか?と。少年は教えたからな、とすぐにその場を立ち去ろうとする。
「....待てよ、てめぇ、名は?」
少年は被っているフードを取って振り向かずにこう名乗った。
「ゼロ、エンリ村のゼロだ。」
東の悪徳の街ナザム。
いつからかこの街はそう呼ばれていた。
多くの流れ者にヤクザ者、人買いに連れてこられ売られた者、そしてそれらを牛耳り富を貪る者。
聖帝国家ヒノエの直轄の領地の中でも最悪の治安を誇り、国からは見放され、現領主であるナカノウエ家においてはその悪党ども懐柔、擁護する立場にある。
ここでは窃盗、殺人、詐欺、薬物の売買等を始めとした違法な取り引きが事実上許されていた。たとえそれらがあったとしても罰する仕組みが機能していなかったからである。
状況が変わったのは半年前。このナザムの街に聖帝直属の近衛兵団である「龍津軍」の一団とその統括である「旋風」の異名を取るバンリという男が街に派遣された。
その男は最初の一ヶ月で町の小規模な組から順に潰す、もしくは協力関係を結び、つい三ヶ月前にはナザム第二の勢力であるウライシ組と手を組んだ。それにより多少なりとも治安は回復。もう一方の強豪勢力であるクワムラ組とは表面上は敵対関係にはあるが現段階までは大規模な抗争は起こってない。
理由は国に属する集団を相手に喧嘩を吹っかけても返り討ちに遭うのは明確である事と、この街自体を完全に潰される可能性を恐れたからである。
街は未だ騒動の渦中ではあるが、あっても小競り合いや恨み目的の殺し合い程度しかない。
「ついさっき連絡があった。」
ここはウライシ組の屋敷、ナザムの中では領主の城の次に大きい建物である。その大広間に数十名の舎弟に担がれるように1人の初老の男が座っていた。ウライシ組の組長トクシロウであった。
「笹山にある古寺のことだな。」
眼の前に座っていた無精髭で着流しの男が答える。両者の間には遊戯盤....将棋盤が置いてあり互いに平静でありながらも火花を散らしてる最中のようだった。
「たまたまうちの若いモンが5人ほど居合わせてな。巻き込まれる形で打ちのめされたらしい。怪我は大したことなかったらしいが....」
「そいつは良かった。」
トクシロウは横に置いてある煙管を部下から貰うと煙を一気に吸って庭の方に向かって吹く。
「お前さんの差し金じゃないのかい。」
「知り合いの家に厄介になってるクソガキさ。少々手癖が悪い狂犬でね。もっとも、ワシはまだ顔を合わせたことがないが。」
無精髭の男は自身の横に置いてある煙管から煙を吸う。そしてトクシロウと同じように庭へと吹いた。
「追っているのはザンド組のハカシラだって話だ。たしかクワムラ組の傘下だったかな。そんなに勢力自体はでかくはないが、2年前くらいにタタミ橋にある居酒屋でおっ始めて、うちの連中が3人殺られてる。」
「そいつはおっかねえな。」
「そう、なるだけなら触りたくねえ連中だ。あそこは他にも歯止めの効かねえバカが多くいるって話でな。ヘタに関わると何されるかわかったもんじゃねえ。まぁ、なるだけならやばいトラブルは避けるのがうちの方針だからな。」
トクシロウはやれやれと面倒くさそうに頭をかく。また舎弟から煙管を貰うとそれを吸って外に向かって吹く。
「んで、ええと....そのクソガキ?狂犬?あろう事が名指しで探し回ってるらしいぜ。.....そいつ、マジで殺されるんじゃねぇのかい?」
「別にワシの身内じゃぁねえ。身内がたまたま囲ってるガキだって話さ。ワシが気に留めることじゃぁない。」
トクシロウは髭の男の駒を一つ取って攻めに転じる。髭の男はそれを囲う形で順次潰していく。トクシロウが一言「あ」と呟くと髭の男はニヤニヤとトクシロウの方を見る。
「くそ....相変わらず、お前さんとやると勝負にならねえ。少しは接待してくれても良いんじゃねえのか?」
「途中までいくつか手ぇ譲っててやったろう。しかも3手分。そこで切り返せなかったお前さんが悪い。ま、しかし面白いモンは聞けたから、この勝ち分はチャラにしてやる。」
やれやれと負けたトクシロウはさほど悔しそうに見せる事もなく一番近い部下に「持って来い」と首で指図をする。部下はすぐに近くの女中から綺麗な箱、菓子折りを貰うと髭の男の前に差し出した。
「菓子だ。カスミちゃんやランちゃんに食わせてやれ。」
髭の男はしょぼん、と残念そうな顔をする。
「ワシじゃないの?」
「お前さんにはやらねえ。お前さんおいらを負かしたからな。そこら辺の草でも食っていやがれ。」
「酷い。これでもワシ、偉いのに。」
髭の男は軒下の方に待機させておいた部下を呼び寄せる。部下は髭の男に上着を羽織らせ、菓子折りを受け取った。
「トクシロウ。」
「なんだい?」
髭の男は身支度を整えながらトクシロウに視線を向ける。
「来月辺りにクワムラ組の傘下の連中とその他違法な取り引きをやっている連中を潰す。今のうちにめぼしい連中に探りを入れておいてくれ。お前さんが潰したい連中でもかまわん。」
「いよいよ街の大掃除開始ってかい?おいらは先に本丸をやっても構わんぜ。」
いや、と髭の男は首を振る。
「やるなら端から徹底的に。オース領と繋がりのある連中も潰さねばならんのでな。」
へぇ、とトクシロウは面白そうだという顔を向ける。ではな、と髭の男が踵を返すと並んでいたトクシロウの舎弟達が一斉に「お疲れ様でした。お気をつけて。」と言って頭を下げた。
髭の男はそれに僅かばかりの居心地の悪さを感じたが悠然とした足取りで部下と共に大広間を後にした。
「やっぱ、例の奴、「旅籠屋たると」の居候のガキで間違いないのか。」
ウライシ組の屋敷から街の通りに抜けていく最中、髭の男は部下に問い掛けた。
「はい、すでに極道達の集会所になってる場所を3箇所ほど襲撃。ですが、死人は出ていませんし命に関わるほどの大怪我をした者もいないようです。武器の類は持たず、ほぼ素手での制圧を行っているとの証言もありました。」
「恐ろしいな。まだ15か16そこらのガキンチョなのだろ?全く、東の魔女殿もミサオも何をやっとるんだ。あんなやばい奴を野放しにしおって....。」
「それは仕方の無いことかと。あそこは基本的には放任主義、というか自主性に任せる教育方針らしいので。」
「そういうのは教育の放棄と言うのだ。あの方の適当さというか、大らかさというか、たまにああいった災厄のような奴を送り出してくるから魔女の弟子というのは面倒なのだ。」
髭の男はため息をする。2人は人通りの多い道を領主の城のある緩い登り坂の方へと歩いていく。
「その子供、配下には加えないのですか?」
「あちこち道場破りみたいに暴れまわってる奴をか?実力はあろうが言う事を聞かん奴はいらん。昔のような愚連隊の時だったら考えたがな....ただし。」
「ただし?」
髭の男は一度間をおいて考えると部下の方に視線を向ける。
「それ以外で、捨て石か、もしくは外注の傭兵としてなら考えても良いかもしれん。話に聞くような命知らずのバカならな。ワシの手の外なら良いが、手の内の駒にはしたくない。」
「....駒として動かすという点では手の内で扱う事と変わりないのでは?」
「いつでも気持ちよぉーく捨てれる方が良かろ?」
髭の男はそう言ってワハハと声を上げながら笑う。部下はそれにいつものことのように付き従って歩いていく。
「本当にあなたは酷い人だ。バンリ様。」
そう言って部下は髭の男、バンリと共に領主の城へと歩を進める。その後ろには多くの自身の兵達も付き添っていた。
この街において、現段階で最大の勢力になりつつある龍津軍。
その頭目、家名はリュウコウ、名はバンリ。
後にこのトウオウ地方最高権力者となる男の名であった。
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