夢日記 二巻

灰月 薫

「こんな夢を見ました」




私の住む地域にはとある伝説があります。

ほら———閉鎖された田舎とかにはよくあるじゃないですか。


お盆になると、毎年一人の女性が彼岸に連れて行かれる。


そういうやつです。


まぁありふれていますよね。

私もこういう伝説、何百も聞いてきました。


——先祖が、寂しくて連れていくだとか。

——土地神へのにえだとか。


大体田舎にはそういう不思議で不気味な噂話があるものです。


民俗学の端くれを学ぶ身としては、いわゆる「あるある」ですね。


じゃあ私はどこの田舎に住んでるか、ですって?


ふふ、どこだと思います?


実は、上なんですよ。上空20メートル。

そう、私が住んでるのはマンションなんです。


周りにもいっぱいマンションが並んでますし、地域の人口だって5、6桁です。


こんな古臭い伝説があるにしては、あまりに都会すぎるんですよ。


怪異だか神だか知りませんが、これじゃあ連れていく相手が多すぎる。

誰を連れて行けば良いのか、困るでしょうね。


でも、必ず毎年。

毎年お盆の日には、決まって誰かがいなくなるんです。


昔は女性限定のはずだったんですけど……最近は、男性も連れて行かれるそうですよ。


被害に遭うのはうん万、うん十万の1なのでそう話題にされることもないのですが。


———こんな伝説、滅びたはずだったんですがね。


図書館で調べてみたんです。


どうやら昔は人間こちらから差し出していたようですよ。

ここら辺一体はやせた土地で、豊作を願って、生贄を出していたそうです。


誰に、とかどうやって、とかは分かりませんでしたが…………明治維新の流れを受けてその文化は廃れていったみたいです。


それがほんの十年ほど前、ここらにビルを建てようと工事した時です。


掘り返しちゃったらしいんですよ。


その“誰か”さんの祀られている祠をね。


それから、またお盆に連れ去られる事象が発生したんです。


私は生まれてこの方、ここ以外に住んだことがないので……とんだ良い迷惑ですよ。


住み慣れた場所が、突然曰く付きの呪われた場所に変わってしまったんですもの。


私だって死にたくないので、風習には従っていますけれど。


お盆の夜は、扉を閉めては行けないんです。

そうじゃないと彼岸に連れて行けないかららしいですよ。


——これも、お盆のが再開してから復活した風習です。


本当に連れて行けないかは分かりませんがね。

なんて言ったって、得体の知れないものなのですから。


でも少なくとも、鍵を閉めていた家の子供が次の年に連れ去られたらしいです。

調べてみては?

その子の行方不明届が出ているはずですよ。


そうはいっても、開けっ放しなのは……今度は人間が怖いですから、ドアチェーンだけはかけるようにしていたんです。


そうして毎年、お盆の丑三つ時はずっとドアを睨んでいました。


……何故ドアを睨んでいたか、ですか?


そりゃあまあ……うん、寝ている間に連れていかれるかもしれないのに、おちおち寝てることなんて出来ないですし。


それに、言っては何ですが“怖いもの見たさ”ってやつもあるかもしれません。


今まで数回しか見たことはありませんが、すぅっと扉の向こうを通り過ぎる影を見ることがあるんです。


そうやって、今年は助かったと思うんです。

誰かが代わりに連れて行かれてくれるんだ。


そう思うと、何故だか今の今までガタガタ怯えていたはずのものが急に弱っちく思えるんです。


ホラー映画を他人事として眺めているみたいな感じですね。


私にとってのお盆の風物詩でした。


ええ。




昨年までは。

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