4日目昼? 心と魔術


 おしゃべりな猫はまだ、話を続けたいようで、またセッカさんは僕の方を向いて話しかけてきた。

「それで、本は……読む時間足りた?」

 本……あぁ。さっき読ませてもらった本か。

「はい、充分時間がありましたよ」

「最初と最後の数ページ……読んだだけだよね」

「普通の本なら理解できないですけど、読んでいたのは緑ですからね」

「論文や報告書……だっけ」

「はい」

 どうやら理解していないようなのか、顎に指を添え、疑問符を浮かべるようなしぐさを浮かべた。

「読んだことないから分からない」

 そう言うと、彼女は「教えろ」と言わんばかりにじっと見つめてきた。

 まぁ、確かに論文や報告書の形式なんて、普通に過ごしていたら知っているわけがないか。

「さっきまで僕が読んでいた緑の本。ここでのジャンルで言う論文や報告書は、原則として研究や調査の内容を素早く理解するために、序文と結論で研究結果を簡潔に要約するんです」

「そこだけ読んで、大まかに……理解したんだ」

 流石はメイド長。すぐに気が付いてくれたようで、疑問符の雰囲気が一気に消え去った。

「普通の人は大まか程度で十分ですからね」

「で、その大まか。私に伝えられる?」

「必要があるんですか?」

 自分の知識を増やすために行った我儘を、メイド長サマに伝える必要は無い気がしますが。

 頭の中でそう伝えると、セッカさんはむぅ、と頬を膨らませ(ている気がする)て、当たり前だと言いたげな表情で僕を見てきた。

「……あるから言ってる。それに、ツクヨムにも利点がある」

「どんなですか?」

「……知識は、人に教えられて初めて知識になる」

 セッカは何考えているか分からない顔で、いきなり真理を突いてきた。

「……その言葉、反論したらどうなります?」

「専門家の方が弁護してくる」

「……時間かけたくないので説明しますね」

「うん。ウィンウィン」

「いや、普通にウィンルーズですよ?」


「とりあえず、前提ですけど……『能力アビリティ』については知っていますよね?」

 これを理解していなかったら、今回の資料ついての解説すらできないので。

 こくり。

 彼女は縦に首を振った。

「ちょっとだけ」

「そうですか、じゃあ実演交えながら軽く、説明しますね」

「うん」

 なんで気分がワクワクさんなんですか。その顔は初等教育の一年生が見せるやつですよ?

 うーん……急に緊張感が出てきた。

 とりあえず実演交えながら説明する形でいいのかな……

「すぅー。とりあえず『魔術』について軽く説明しますね」

「……する必要ある?」

「基礎を言っておかないと、不意に転びますから」

「そう……だね。話切っちゃってごめん」

「いえ。とりあえず大前提として、『魔術』とは、世界で起こる自然現象を、『魔力マナ』と呼ばれる万能物質で再現する行為の総称。ということは知っていますよね?」

「うん。辞書で引く意味と一緒」

 そりゃあ、辞書は言葉の本来の意味を正確に記した書物だから、引用するのは当然だ。

「その通りだね。辞書は二つ……先の棚にあるよ。取ってきて」

「そうですか、参考にします。それで……今日は図書館の窓は開いてますか?」

 どうやら唐突な質問だったようで、彼女は猫だが、狐につままれたような顔していた。

「……?換気は今している……あ」

 その時、少し強い風がセッカの正面から、灰色後ろ髪を撫でるように流れ……

「こんな感じで、風を吹かせることも『魔術』ですね」

 フードで隠された猫耳と、髪の全てが露わとなった。

 僕の予想では、彼女はベリーショート位の長さだと思っていたが、実際はショートボブだっ

 た。

 こうやってフードが外れた彼女を見てみると、割と年相応で幼さもある顔だ。隠れているときは影の陰影で大人びて見えていたのだろうか。

 それにしても特に反応がない。

 いつもならこんな悪戯を行ったらすぐにでも「殴る」発言の前に拳が飛んでいるが……

「んぅ……ごめん……早く……付けて……」

 返ってきたのはか細く振動する声だった。

 ……あぁ、なるほど。

 やらかした。

「す、すみません!すみません!すぐに直します!」

 セッカは頭に生えた猫の耳を抑えながら、全身をびくびくと震わせていた。


「叩かせて」

「……これは甘んじて受けます」

 ぱち。

 セッカさんは発言の後、優しく頬に化粧水をつけるような強さで叩いた。

 普段からこの威力なら普通に避けないんですけどね。

「意図的じゃないから……ぎりぎり許す」

「本当にすみませんでした」

 彼女の表情ラインナップの中ではちょっと見たことがないレベルで顔を赤らめながら、フードをしっかり被った彼女は、軽くため息を吐きながら、また表情を元の無の状態へと戻していった。

「さっきのを見たら分かると思うけど……私は人間の、いや、猫人の中でも類を見ない位耳が敏感……だから。集中してる時はこれを外させないで」

「遮音機能が付いてるんですね、そのフード」

「ううん。別に……付いてない。ただ……敏感なだけ」

「なるほど……それはセッカさんの持ってる『能力』のデメリットで──」

「違う」

「じゃあ、どうして……」

「……聞かないで」

 小声でぶつぶつと言いながら、彼女はさらに顔が赤くなった。

 

「とりあえず、話を戻しますね。えっと、大丈夫そうですか?」

 フードに隠れた顔がまた映ると、顔の色は元に戻っていた。

「……うん。続けて」

「はい。まぁ、今直接感じたように、魔術は自然現象を生み出したり、エネルギーを魔力を通じて生成したりできますが……魔力以外にも消費されるもの、いや、『能力』があるんですよ」

「『精神』だね」

「はい。正確に言うなら、感情の自制心……コントロール力みたいなものですね」

 ふと、『魔術』を教わった時に教えてもらった言葉を思い出した。

『魔術』とは、キャンパスに絵を描くようなもの、空想の具現化だ。そのためには『空想』を安定させる必要がある。大事なのは……

「それが当たり前のものだと信じる『意思』を持つこと。『意思』を失った時、魔術は空想となる……でしょ」

「そんなに有名な言葉なんですか?」

「……魔術の指南書には必ず書かれるものだから」

 師匠の言葉は世界に広がっていたようだ。

「受け売りの線は考えないんだね」

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