小噺 3
──ぱちぱち
さっく、さっく。
「はぁ……やっと見つけた」
草を踏む音の後、身体を揺らされ目を開けると、青空が広がっていた。
雲は二割。暖かい春風と日差しが頬を撫でてくる。
昼寝日和だ。だが、声に反応して僕の身体は、頭痛を起こしている。
「……よく、俺の場所が分かったね」
「村中探しても見つからなかったから、ここかなって」
ぼんやりとだが、状況を
そういえば、この辺りの小さな丘が、昼寝に丁度いい緩やかな傾斜だった。
相変わらず、僕を助けた『 』の顔も、名前も見えない。
だが、どんなに
まぁ……声を聞かなくても認識できているあたり、本当に印象残っていた子なのだろう。
「ここは、空がよく見えるからね。他の人にも邪魔されないし」
夢と現実を一緒にするのは良くないが、二週間ぶりの外は心地良いものだ。
外の空自体は、地下なのに何故かある窓の外から見ることが出来たが、こうやって実際(?)に受ける風や日光を直に感じられるのは、ささやかな幸福を覚える。
「考え事、してたんですね」
「……まぁね」
そういえば、今日も彼女のことを考えながら寝落ちしていたのだった。たしか……
──ピシリ
……なんだっけ。
「隣、座りますね」
「どうせなら一緒に寝ようよ。ふかふかして気持ちいいよ」
「えへへ。恥ずかしいから、遠慮します」
はにかむような笑顔で、彼女は足を三角の形にして座った。ロングスカートなので、より三角が強調されて見える。
そうか、『 』ちゃんについて考えていたんだった。
変なの。さっきまで考えていたことなのに。
「……三年って、あっという間ですね」
「……うん、明日で丁度だ」
「いつの間にか、同じくらいの目線になってましたね」
「……俺はまだ成長期だから」
結局、あの頃から僕の身長はまだ伸びてないな。
……あの頃?
「……空、綺麗だね」
「そうですね。『
「そうかな、俺はこんなに大層なものじゃないよ」
青空一面、とまでは言わないが、日が隠れ、細めることなく虹を見られる空。
僕の好きな天気の一つだ。
ふわ。
薄く包まれる感覚の後、視界が等間隔に縫われた布の白に包まれた。
「とりあえず、顔だけでも拭いて下さい。風邪、ひいちゃうので」
微妙な窒息感と共に雨水を拭き取ると、今度は『 』が僕の顔を覗き込んで空の景色を遮っていた。
どんなに、この時間を楽しんでいても、この靄がかった顔が、夢であることを伝えてくる。
ねぇ、『 』ちゃん。キミはどんな顔なの?
言葉は、声に出ない。
──ぱちぱちぱち
代わりに拍手の音が、脳を突き刺すように響いてきた。
村の集会場。老若男女の規則的なリズム。そして、中心に
「これが、『普通』なんだよね、この村では」
「『旅人さん』にとっては、『普通』じゃないですよね」
「『
そう、この村にとっては『いつものこと』なんだ。
……辺境の村にはよくある文化。
年に一度、『神様』に対して十五歳の人間を『無作為』に奉納する風習が、この村には存在していた。
「……やっぱり、怖い?」
「……えへへ」
返答は、隠すような笑いだった。
「……本当に、キミは優しいね」
僕はそんな『 』を撫でてあげた。
「でも、選ばれたのが私でよかった。お父さんは二年前に亡くなって、悲しむ人はこの村を出る旅人さんくらいしかいませんから」
「そうだね。こんな『偶然』、滅多に起こらないだろうから。幸運だ」
欠伸を我慢しながら上体を起こすと、『 』は見えない屈託な笑顔で応えた。
「はい。とっても幸せものでした」
「……そ。じゃ、また空でものんびり見よっか。空の色が変わる瞬間は、何回見ても綺麗だし」
「……初めて見た」
「何が?」
「そんな優しい笑顔、できたんですね」
空の色が変わる前、ふと、顔に冷たい衝撃が降りかかった。
「あ、雨……」
彼女が呟く。
変わることなく、空は青い。
はぁ……折角乾いたのに、また濡れちゃったか。
「不思議……晴れてるのに、雨が降ってる」
横を向くと、『 』が空を見ていた。
……翡翠の色の瞳を、いつもより少しだけ大きく開いて。
「『狐の嫁入り』だね。この時期に起こるのは滅多にないんだけどなぁ」
「キツネ……の?」
「晴れてる時に雨が降ることをそう言うんだ」
「綺麗……神様の世界みたい」
「でしょ。丁度日が出てきたから、雨粒に反射してより綺麗になる。実際、一部の東国や、狐をルーツとした獣人にとって、『この日に結婚した人は一生の幸福を得られる』なんて噂もあるくらいで……」
熱心に語りながら、横を向いた瞬間、時が止まった。
そうか、これが。僕の執着の原因か。
止まる雨粒の先、雨に濡れ、靄の洗い流され、雫を流す『 』は一言。すがるような、吐き出すような、かすかな声で呟いた。
「ずっと、空が見れたらなぁ」
…………
「……どこに行くの?お兄さん」
「……狐に逢いに。先、帰ってて」
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