小噺 2
相変わらず、僕の見る夢は現実的だ。あまりにも精巧過ぎて、むしろこっちが現実の世界ではないかと誤認してしまいそうなくらいには。
視界に映る光景は、彫刻も、塗装も無い庶民的な木の板だけの天井だった。
ただ、情報はそれだけ。起き上がるどころか首すらも全く動かせない状態だ。
何故?
理由を考えた瞬間、身体中に走った電撃のような衝撃が答えを導き出してくれた。
そうか、少し思い出した。
ここは、昨日見た夢の少し前の話だ。
証明はできないが、頭が勝手に理解した。
何故?
──夢とはそういうものでしょう?
僕ではない僕の声がそう投げかけてきた。
なるほど、その通りだね。
口が動かないので、頭で返答したが返事はなかった。
「あ!良かった……起きないかと……」
『 』の声が聞こえた。
聞き覚えのある、少女が発した憂慮の声を聞いた瞬間、心臓と頭が痛んだ。
何故?
──知らなくていい。
「……ここは?」
どうやら今日の僕に発言権は無いようだ。
勝手に動く口に驚きながらも、僕は、周りの状況を確かめるために身体を何とか動かそうと足搔いてみた。
体の痛みは止まらない。
「あ、まだ動いちゃ……」
少女の声が僕の行為を制止しようと遮るが、知ったことか。更に痛み強め、負荷をかけると、指、肘、腕、肩と激痛が広がるたびに『体を起き上がらせる』行為を行うことが出来た。
筋の痛む首を横に動かし、声を発した『それ』を認識した後──
「キミは……何?」
僕は、掘った傾斜に沿って流れる水の如く、淀みなく流れる口の動きと同じ疑問を話すことが出来たのだ。ただ、それと同時に自分の記憶の中で行った発言とは違う意味で、同じ疑問を浮かべているのだということも理解した。
──何故?
それは簡単だ。
今僕の視界に映る、少女と思わしき人間の顔に当たる部分には、
素朴な色彩に溢れる家屋の中で、明らかに異質な灰色の気体。
どれだけ目を凝らしても、漂う靄の先を見ることが出来なかった。
「なに?って……」
少女は考え込んだ。
表情は分からないが、すう。と、情報に入ってきた。
どう表現すればいいのだろうか……「考えこむ」という台本を読んで、そう理解しているという感じだ。勿論こんな感覚は体験したことがない。
「私は……『ざざーっ』村に住んでる人間……って言い方があってるのかなぁ?」
「ごめん、そういう意味では言ってなかった」
肝心の村の名前は、砂が箱を擦るような音のせいで認識できなかった。
それにしても、真面目な子だ。
そう考えるとうっすらと表情が見えた気がしてきた。
一瞬だけ見えた彼女の顔は、みんなから愛されるような素朴で可愛い子といった印象だ。
眼は靄に隠れ、見えなかった。
「で、ですよね、えへへ。えっと、私は『 』です」
「『 』?」
相変わらず名前は理解できなかった。
村の時に聞いた音とは違うと言うより、音そのものがすっぱ抜かれたように抜けていて何も理解できなかった。
「えへへ、普通の名前ですよね。この辺りだとよく咲く花の名前ですし」
「ううん、いい名前だよ。綺麗だし」
また舞台を観ているようになってしまった。
「じゃなくて、まだ大怪我は治ってないんですから寝てください!」
「怪我……?っつ」
僕は随分と痛みに鈍感なようだ。
そんな感情を抱いていると、少しずつ意識が遠のき、まるで劇でも見るような感覚へとすり替わっていった。何も考えなくても、この会話は続くのだろう。
「旅人さん、とっても運が良かったですね」
「……君が助けてくれたの?」
「はい。その……たまたま夜に用事があって、村の外に出たら旅人さんが倒れてたんです」
「重くなかった?」
「えっ、そこなんですか?」
「いや、人って意識失ってると意外と重いからさ」
「なんというか……視点が違いますね、流石旅人さん」
「ほめてくれて嬉しいよ」
「っ!は、はい。ありがとう……ございます。とりあえず、お腹空いてませんか?旅人さん、三日三晩眠ったばかりでしたから」
「そう。じゃあ少し頂いても?」
そう返すと、少女は(多分)こちらを見て嬉しそうに
「はい!ちょっと待っててくださいね!すぐに持ってきますから!」
と言って、走り去る前、少女は姿を消す前に振り返った。
「あ、そうだ!旅人さんはなんて名前なんですか?」
「『俺』の名前は……何でもいいよ」
「……?後で聞きますね」
怪訝な表情。これは、確実に覚えていたものだ。
そして、ドアを閉める音とともに、走り去るような足音が消えた数秒後。
「三日……今回は長かったな」
僕は自嘲するように呟き、僕は顔が熱くなり始めた。
一瞬だけ、理解できなかったが、腿に置いた両手にその熱が伝わった時それが何かを理解することができた。
それは、涙だ。
何故?
──知らない。
何故?
──分からない。
そうか。ただ、一つ理解できた。
──何を?
この夢は、見なければならないものだ。
──何故?
これは、僕と言う『人間』が生まれた日の夢だからだ。
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