二人の食卓

寿甘

めでたい日

 キッチンから香ばしい匂いが漂ってくる。


 一枚肉にミルで塩を振り、フライパンで焼くのがこの人の定番料理だ。もちろん塩は輸入物の岩塩。


 めでたい時、何かを祝う時。必ずこうやって肉を焼く。そして二人で美味しそうに食べるのだ。


 私は、この空気が好きだった。




 テーブルの上の写真には一組の男女と一匹の黒猫。二人は幸せそうに笑っている。


 だが、今この二人は笑ってはいない。


 いつもの御馳走を前に、写真を愛おしそうに眺めて、目を潤ませている。




「クロ、お前に紹介したい子がいるんだ」


「あなたと同じように家の前で鳴いていたのよ」


 そう言って、机の下から小さな子猫を持ち上げて見せる。大人しくされるがままになっているその子猫は、二人の顔を交互に見てミャアと一声鳴いた。


 その姿を見た二人は、固く結んでいた唇を緩めた。




――ああ、これからはこの子猫が二人の心を支えていくのだ。




「この子の名前はチビだよ。元気に育つように見守ってやってくれ」


「もう写真を見て泣いたりしないから、心配しないでね」


 クロの次はチビか。本当にひねりの無い名付けだ。大きくなったらどうするつもりだか。


 本当に、このご主人様はいつまでも変わらないな。




――どうやら、もう心配はいらないようだ。後は頼んだぞ、後輩よ。




 私の意識は次第に遠くなって行く。


 願わくば、来世でもあなた達の家族に。

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二人の食卓 寿甘 @aderans

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