第5話


「――これが、『魂』よ」


 山々が紅く燃える時刻、白地に紅と紺の縁取りの花嫁衣装を身に纏ったリュリは、いつものように穏やかに微笑んだ。


 今晩、月が天中に浮かんだ時刻……リュリが十四を迎えるその時に、神殿街の中央広場の大きな薪を囲んで豊穣祈願祭が始まる。

 ウルはごくりと唾を飲んで、一心に文字を見つめた。


「丸……、だよね、リュリ?」


 リュリがゆっくりと描いたその文字は、ひとつのぶれもない、円形だった。

 そこにある意味を、リュリが伝えたい思いを読みとろうといくら必死になっても、目の前の丸が邪魔をする。


「ふふ、ウルったら、そんなに真剣になることはないわ。だってわたしが描いたのは、ウルの言う通りの丸だもの」


 リュリはくすくすと笑うと、一呼吸置いてから、ウルに向き合った。

 白いヴェールが、ふわりと揺れる。


「簡単なものは難しいもの。難しいものは簡単なもの。円は線、されど線でなく。円は縁、始まりにして終わり、終わりにして始まり、廻る、いのちの証……」


「リュリ……」


「今日までありがとう、ウル」


 わたしはあなたの中で生きられるかしら?

 小さな囁きに、ウルは神官衣の両裾を握って俯いた。


「……リュリ……、おれ、おれは……」


「知っているわ。あなたが、月の刃なのでしょう?」


 ウルの瞳からどっと溢れた水滴をそっと指先で拭いながら、リュリは微笑む。

 それでも、あなたはわたしに幸せをくれたのよ、と――。


「ねえ、ウル? 約束をしない?」


「やく……そく……?」


 未だ涙の止まらないウルは、ごしごしと拳で涙を拭ってリュリの真っ直ぐな瞳を見つめた。


「そう、約束。“いつかまた此処で”。……ふふ、無謀かしら?」


「えっ、む、無謀じゃない……っ。だって、リュリの描いた丸はそういうものだろう? おれ、信じるよっ、リュリとまた会えるって、信じる。約束する。“いつかまた此処で”……必ず」


 ウルは地面にぎこちなく『花』を描き、そして『魂』でそれを囲むと、リュリに向かって微笑んだ。

 おれからリュリへ、そう言って頬を紅く染めて。

 リュリは、とても嬉しそうに微笑む。


 やがて宵闇が迫るまでの僅かな時間、果てしない永遠を、彼らはただ、静かに過ごした。


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