第3話 謀られた?

 もし誰かが俺の瞳を見たのならば、心配の色が宿っている事に気が付いただろう。神官たちが皆を数人ずつに分けて引っ張っていて気が付けばリナと離れていたんだ。

 別の服を着た魔道士っぽい奴がライブラリーカードの内容を記録して回っていて、ふと見るとリナの記録が終わったところだった。


「リナ、大丈夫かな…」


 俺の心配そうなつぶやきは周りの騒がしさの中でかき消され、白い装束を全身にまとった人々がリナのギフトを見て祝福というか歓声を上げていた。


 リナの周りにいる城の関係者たちは畏敬の念を込めて語り合っている。他の生徒に目を向けると、中には他の者とは一線を画す強力なギフトを持っている奴がいるらしいのが見てとれる。羨ましいこって。

 俺はその賑わいの中で、すり寄ってきた後輩のリナの頭を優しく撫でてやった。


「良かったな」


 か細い声でリナは俺に告げる。



「本当は先輩にこそ弓聖が相応しいのに、私でよいの?でも先輩が役に立ちそうにないウィッシュっておかしくないですか?私、納得しないです」


 リナは本来なら俺が弓聖を担うべきだと言い、どう考えても強力な弓聖のギフトをリナが得たのに対し、俺が得た【ウィッシュ】などと言う役立たずと思われるギフトに唖然としている。

 だけど俺はこの未知の世界での現実をしっかりと受け止めていた。

 しかもスマホ経由で映るライブラリーカードの数値は他の者たちと比べて落胆するものだった。特にリナとは顕著だ。


 名前 タケル

 レベル 1

 職業 無職

 ギフト:ウィッシュ

 スキル:コンセントレーション、大器晩成

 HP 125

 MP 110

 STR 85

 AGI 150

 DEX 100

 INT 100


 この数値を見て俺の心は不安で揺れ動くが、それを顔には出さない。


 名前 リナ

 レベル 1

 職業 無職

 ギフト:弓聖

 スキル:必中、威力倍増

 職業 無職

 HP 195

 MP 200

 STR  75

 AGI 140

 DEX 90

 INT 80


 リナと俺のステータスを見比べると、俺の方が一部上回る部分もあるけど、総合的にはリナの方が遥かに上だ。多分男女の体格の差がある部分以外はリナの方が上なのだと思う。


「皆様、間もなく能力別に部屋に案内させて頂きます。そこでこれから皆様が勉強しなければならないこと、今知っておかなければならないことを取り急ぎ説明します。係の者の指示をお待ちください」


 そうして俺の所に来た案内役の神官?は俺とシズク、そしてクラスメイトの井口と和田の四人を引き連れていた。

 俺たちは他のクラスメイトから離れた部屋に案内され、扉を開け入室を促してきた。


「少々お待ちください」


 俺たちが部屋の中に入ると案内人はそれだけを告げて扉の向こうへ消えていった。この人が話をするんじゃないんかよと思うも、余分な男子が二人いるとはいえ、天川さんと一緒になり俺は喜びを覚えた。


「深蛇君、私たちどうなると思う?」


 天川さんが不安な声を出す。


「どうだろうね。これから話があると思うけど、あの様子じゃ係の人は直ぐに来ないかもだから、今のうちにステータスを見せ合ってみない?」


 天川さんも気を紛れるからステータスを見せ合ったけど、彼女も俺と同じくぱっとしないステータスだった。


 名前 シズク

 レベル 1

 職業 無職

 ギフト:ショッピング

 スキル:鼓舞、薙ぎ払い

 HP 100

 MP 130

 STR 80

 AGI 140

 DEX 90

 INT 140


 しかし、不安から会話をすることもなく沈黙した時間が流れるも、数分しても神官たちが戻ってこない。流石にどうしたんだ?と思って扉を見ると、そこにあるはずの扉が音も立てずに消えていた。不安が過り、俺は胸騒ぎを覚えた。

 更にまるで警笛が鳴り響くように直感が危険を告げる。


 俺はすぐにアーチェリーが入ったカバンを開け、迷いなくブレードを取り出して組み立て始めた。


「武器を持っているの?」


 天川さんは不安に言葉を失いつつ、俺を見守る。


「昨日大会だったからね。悪いけど周りを見ていてくれ」


 俺はそう言いながら慣れた手つきで弓を組み立て、玄をセットして張っていく。嫌な予感からか、生存のためか、はたまた本能のなせる技か?意識が研ぎ澄まされ、集中して確実に組み立てていく。


 井口と和田は混乱していたが、それでも俺は集中してアーチェリーを組み立てて行く。

 組み立て終わると冷静に矢筒の封を開け持っている矢の数を確かめ、2ダースの矢、つまり矢が24本あることを確認した。そして1本の矢をアーチェリーにセットし、何時でも射れるようにした。


 よくよく今いるところを見ると先ほどとは違い、足元の床からは洞窟へと続く道が開け、そこから怪しげな気配が漏れていた。そして、その気配の正体が突如露わになった。


 犬に似た四足歩行の魔物がゆっくりと姿を現したのだ。全身は厚い鱗に覆われ、口からは牙が剥き出し、濁った唾液が滴り赤い瞳からは凶暴な視線が放たれていた。

 俺は一目見てヤバイと、組伏せられたらあっさり喉を噛みちぎられ死ぬだろうと確信した。


 そしてその魔物はゆっくりと近づいてきた。

 パニックになった井口と和田は叫び声を上げ、魔物を俺たちに押し付けるように逃げ出したけど、俺は動じずに弓を構えた。目を逸らすと一気に襲いかかってくると確信するも恐怖は薄れ、頭の中にはただ一つ、こいつを倒すという目標があった。


 魔物が約10mまで迫ってきたその瞬間、俺は当たって!と呟きつつ弦を限界まで引き絞ると、一本の矢を放った。矢は正確に魔物の眉間の中心を射抜き、そこから鮮血が噴出した。ふらふらとなり、やがて倒れて動かなくなると、魔物の巨大な姿がうっすらと光ったかと思うと霧散した。

 その霧が晴れると、ビー玉より一回り大きい程度の小さな魔石へと姿を変えたようで床に落ちていた。


 シズクは俺の行動を見て止めていた息を履き出し、「凄いわ」と一言呟やいた。この時は気が付かなかったが、彼女の目に映る俺の姿はこれまでにないほど強く、かっこよく映っていたようだ。 

 分かっていたら、君は俺の命に代えてでも守るとかキザな台詞が出て、彼女の俺に対する株が急騰しただろうが、他に危険がないか周りを警戒していて気が付かなかった。


「これより生き残るために戦うしかないのか…」


 俺はこのよく分からない状況も、生き残るんだと、天川さんを守るんだと決意を固めた。俺のギフトが最弱だと言われようとも、二年掛けて培ったアーチェリーの技術と冷静さを信じていた。俺の、いや、俺たちの未知とこの世界での生き残りをかけた闘いが今正に始まろうとしていた。


 俺が倒した魔物が霧散した後「レベルアップしました」と脳内でなくスマホからアナウンスが響いた。


「天川さん、今レベルがどうこう聞こえなかった?」


 天川さんにその声が聞こえたか尋ねたけど、彼女は首を横に振った。それでも彼女は俺に感謝の言葉を発した。


「深蛇君はすごいのね。お陰で助かったわ!」


 照れくさいけど俺は矢を回収し、落ちている魔石を拾った。


「何だろうこれ?魔物が死んで出てきたから、何かの役に立つかもしれないな。取り敢えず拾っておこう」


 俺がそう呟くと井口と和田の、断末魔としか思えないような叫び声がどこからともなく聞こえてきた。「ぎゃああああ」という声だ。

 いつの間にかあいつらの姿が見えなくなってたんだ。いや、さっき魔物が現れたとき、一目散に逃げていったんだった。

 これから先この未知の世界で生き抜くために、俺たちは強くならなきゃいけない。それが俺の、いや、俺たちの運命なんだろう。

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