第2話 異変

 県総体の翌日、この日最後の授業が終わろうとしている頃、窓から春の柔らかな風が教室にそっと入り込んだ。そしてチャイムと共に俺、深蛇武瑠は教科書を静かに閉じた。ふと窓を見ると天川さんの姿が目に入る。彼女の髪が風に揺れてさっと髪をかきあげたが、その仕草にドキリとする。

 こちらを向こうとしたので視線を戻し、教科書を鞄にしまう。

 何気ない日常、高校生活最後の1年は俺達のマドンナ、天川さんと同じクラスだった。

 俺がいるのは普通科のクラスで、男子21人、女子19人。ほとんどの連中が進学を目指している中で、特に目立つこともなく、アーチェリー部のキャプテンとして平凡に過ごしている。俺のアーチェリーに対しクラスメイトの間では【へー、すごいね】という感じで語られる程度だ。自慢する訳じゃないが、一応全国制覇してるんだから、もう少し良い反応が欲しいぞ!

 誰にも惚れられず、恋人が一人もいたことのないただの高校生。


 多分アーチェリーがなければもっと地味な存在だっただろうな。

 でも、心の奥底ではクラスメートの天川シズクさんへの片思いに悩んでいた。以前イケメンと仲良く買い物デートをしているのを見たから、彼女には恋人がいると思い込んでいたんだ。


 それで俺は想いを打ち明ける勇気が持てなかった。

 また、俺に密かに思いを寄せている後輩の悠里菜は、俺からアーチェリーの技を学んでいた。

 しかしこの時、リナの俺を好きだという想いを知らなかった。

 もしも天川さんが好きじゃなかったら気がついたのだろうけど、盲目になっており身近な想いに気が付かなかったのだ。

 ただ、天川さんのことが好きでも、もしもリナに告白されたら付き合っていたかもだ。


 その平穏な日々に、教育実習生である竹下実弥子ことミヤちゃんが新たな色をもたらした。俺はこの大人の女性に対し僅に持った恋心に気づきはじめていたけれど、心のどこかでシズクへの思いがまだ残っていた。 教室での日常会話の中で、ミヤちゃんはみんなの話に耳を傾ける。そんな彼女を見ているとうれしくなる。そして天川さんから俺へ向けられた賞賛の言葉に心臓がドキドキした。


「深蛇君ってまた勝ったの?すごいじゃない、おめでとう!」


「あ、うん…ありがとう、天川さん。まあ、大したことじゃ・・・」


「ふふっ、謙遜しちゃって。部活はこれから?いつもの後輩ちゃんはまだかしら?彼女も優勝したんでしょ?って、噂の可愛いい後輩ちゃんが来ているわよ」


 そう言われて振り返ると、そこには複雑な顔をした悠里菜が立っていた。

 丁度彼女越しに3人のクラスメイトが教室を出て扉を閉めたのが見えた。すると一瞬波紋のように空気に揺らぎが発生した?違和感を感じるも、一瞬のことで気の所為かな?となるも、悠里菜に声をかけられ意識から追いやった。


「タ、タケル先輩、先生が会議で遅れるから、部活はストレッチから始めてって・・・」


 俺と違い実に よく出来た後輩だ。

 俺に尊敬を持ってくれる妹みたいな存在で、少し気の強いところがある。

 彼女のクラスの担任が顧問で、毎日のように俺の所に言伝を持って来て、一緒に部活に向かうことが日課になっている。

 健気にも俺を目標にしていたが、少し教えたら大化けした天才なんだ。


「あ、うん。りな、ありがとうな」


 前日まで試合があったからアーチェリーの道具を持っており、分解されたアーチェリーが入ったカバンを手に持ち、通学用のカバンと矢筒を肩に掛ける。

 準備ができたので扉に向かう前に、帰り支度をしている天川さんに声を掛ける。


「それじゃあお先に。また明日」


 そうすると催促するようにリナが俺の腕を掴み、引っ張るように扉に向い出した。

 天川さんは微笑みながら手を振る。


 ところが・・・扉を開けて先に進もうとした瞬間、開かない扉に戸惑う。


「おい、何だよこれ!開かないぞ」


「もう、先輩ふざけてないで早く行きましょうよ!って何よこれ!」


 リナも扉を開けようとするも、びくともせず二人してパニックになりかけていると、突然教室全体が眩しい光に包まれた。


 一瞬の浮遊感の後、気がつけば見知らぬ場所にいた。光が収まり目が慣れると目の前に広がる見知らぬ光景に唖然とした。俺やリナ、天川さんを始め、教室にいた者たちは見知らぬ豪華な広間に立っていたんだ。

 同様に呆気に取られるクラスメイトたちから重たい空気が流れる。


「なんだここは・・・どうして...?」


 クラスメイトたちは互いに目を見交わしながら、状況の理解を試みた。

 リナは不安から俺の腕を取り、しがみつく形でその大きな胸に押し付ける。


 しかし、この時の俺はその柔らかさに気が付かないくらい動揺していた。


 俺たちが混乱していると王女と思われる美しい女性と、荘厳な衣装を纏った男性が現れた。 王女は穏やかに微笑むと言葉を紡ぎ出す。

 この展開でこの服装は王女しかないだろう。第何王女?


「ようこそ我がストックレイル国へ。申し訳ありませんが、我々はあなた方を勇者として召喚しました。私たちの世界は今、強大な魔物に脅かされており、勇者様方の力を借りなければ滅びてしまうのです・・・どうか我々を助けてください」


 彼女の声は厳かでありながらも、その眼差しには切実さがあった。

 しかし彼女の言葉に対する皆の反応は、恐れと興奮の入り混じったものだった。

 俺は胡散臭いなと警戒心を抱く。


「異世界?ってマジで!?」

 

「これって、ゲームみたいじゃない?」


「王女様めっちゃきれいや!」


 クラスメイトたちの中には畏怖よりも興奮を隠せない者もいれば、現実を受け入れられない者もいたが、今の段階で楯突く者はいない。

 しそうなやつは早々に教室を去り、異世界召喚?に巻き込まれなかったようで、テンプレは発生しなかった。


 それはもしかしたら・・・異世界召喚の術が一時的に皆の精神を操作しているからかもしれなかった。後から知ったが、実際に召喚の術式は一時的に正常な思考が妨げられる事を狙っていたんだ。


 それにより俺を除く39人は浮かれており、王女の言うことに疑いを持たなかった。


【今すぐ元の世界に戻せ!】


 と言ったテンプレ的な行動や思考を誰もしなかったんだ。


 王女に促され、部下が話を始めた。  


「ここで、各々の能力を測定し、適切な説明をする必要があります。手の平に力を込め、いでよライブラリーカードと念じてみて下さい。すると各自のライブラリーカードが現れるはずです」 


 言われるがまま俺もリナも念じると右手に微かな光が集まり、カードが顕現する。


 俺はそのカードに目を通すと、驚きを隠せなかったが、それは皆も同じだった。  

 パラメータはスマホを経由すれば見えるも、本来ライブラリーカードのみで見えるのは職業までで、特殊な魔道具を使わないと見えないらしい。

人数が多いので後日順に調べると言っていたな。

因みにスマホの画面は覗き込んでも見えない。だが、他の人のカードをスマホで見ればパラメータが見えるのが分かった。


 名前 タケル

 レベル 1

 職業 無職

 ギフト:ウイッシュ

 スキル:コンセントレーション、大器晩成

 HP 125

 MP 110

 STR 85

 AGI 150

 DEX 100

 INT 100


 皆も次々と自分のカードを現し、皆ステータスやギフトを確認し、近くの者と見せあいをしていた。笑い声や歓声が上がる中、俺の周りだけが静かになる。

 また、神官?達が皆のギフトとスキルを控え、王女に報告していった。


 何故か俺の数字はぱっとしない。

 リナに大きく劣り、他の者と似たりよったりと目立たないが、つい「ウィッシュってなんだよ?」と呟いた。



追記・ギフト解説


能力解説: 一日に一度、願いを叶える能力。ただし強さは願いの強さに比例する。

▼背景 評価: 最弱とされ、歴史も蔑む屑ギフト。

国の基準では通常廃棄対象。

秘密: 術者持つ情熱と願いの強さに応じて、驚異的な力を発揮する可能性を秘める。


実際は魔力を糧に、私利私欲ではなく、仲間や好きな人等、他人の為にしか使えない。ただし、己の命の危険を回避する場合のみ、己のために使える。但し、緊急回避時に過分な願いを求めると大魔力を使う。魔力不足時は生命力を削り対価とする。それにより肉体的、精神的な障害を負う可能性大。

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