狭間のルーシー

#73

第1話

『上手くいかない日、忠告に耳を傾けて』


毎朝必ずチェックする、SNSの占いの結果が悪い。

「他も見ておくか」

登録している他の占いを確認したが、特段不穏なのはこの占いだけだった。


俺が毎朝占いサイトを巡るのは訳がある。


幼少期に、ガムの外紙に付いていた簡易な占いに『チェックをサボらない』と書かれていた。

俺は気にせずそれに味の無くなったガムを包んで捨て、その足で友達の家に向い、交通事故にあってしまった。

幸い軽傷で、事故自体も信号無視の車の過失だったが、両親は「車をチェックしなかったアンタも悪い!」と俺を叱った。

ルールを守っても悪いことは起きる。

俺は反省したが、同時にあることに気付いた。

占いだ。

『チェックをサボらない』と俺は注意を受けていた。


と言うことは。

そう、幼心に悟り、毎日占いを欠かさず生きている。


今日は早く帰宅した方が良さそうだ。


定時で職場を出て早足で駅に向かっていると、改札の手前で肩を叩かれた。

あまね!!」

振り向くと、同期で同じく占い好きの真谷子まやこが息を切らせながら、仕事用の鞄を肩に掛け直す。


「すごい占い師の予約が取れたんだけど一緒に行かない?」


早く帰った方が良さそうだが、占い、と言われると気にはなる。

俺は、SNSやテレビの簡易な占いはチェックするが、本格的な対面占いは受けたことがない。

どうしても「金払って説教されただけ」「ある意味当たらないで有名」など碌でもない口コミの方が気になってしまう。

どんなに有名でも、もし外れたら何を信じていいか分からなくなるのが怖いのだ。


「カトリーヌ十和トワって占い師で、運が良ければ予約出来る幻の人で、イチバチで予約したらなんと!返事が来ました!」


興奮気味の真谷子に引っ張られ、とりあえず改札の端に移動する。

聞いたことの無い占い師だ。

検索をかけてみると、確かに存在していて「幻の占い師」「奇跡の人」なんて口コミが目立つ。

予約が取れた人のレビューは、著名人や経営者が殆ど。だが、稀に、謂わゆる一般の人もみてもらえることもあるようだ。


またとないチャンスではある。


「真谷子、それ時間かかる?」

「10分で五千円だから、かなり財布に余裕がないと時間はかからないわね!」

「マジ?10分で?さすが幻・・・」

「でも、説得力あると思わない?の占いより」

それなんだよ。

場所も一駅隣の繁華街で、時間はかからなさそうだ。財布の中には1万円は入っている。

一生物の人生の道標を買うと思えば安い買い物か。

「分かった、行こう」

そうこなくちゃ!と真谷子に肩を叩かれ、2人で改札を抜けた。

一駅電車に乗り、繁華街を案内アプリに従って歩いた。急に立ち止まった真谷子はネオン中でビルを指差す。

「あそこ、みたい」

「いや、あそこみたいって・・・」

指差した先は、連立するビルの隙間だった。

大人二人で歩くには狭く、真谷子を先頭に飲食店の大きなゴミ箱や、酒のケースを避けながら油っぽい道を恐々こわごわと進んでいくと、奥にぽつんとテントがあった。

遠目に見ると紫色の上等のビロード生地が、ビルから漏れた少しの光でも光沢を放ってたが、よく見るとロープの骨組みに引っ掛けただけの簡易なもので、生地の重みで少し撓んでいる。

二人一緒には入れなさそうだ。

ちょうど手前に中華飯店の排気口があり、油臭い。そこに蒸されたシュウマイのむっとした匂いが混ざって思わず口元を覆った。

テントの入り口、と言っても布を合わせただけだが、そこに手作りの看板がかかっていた。


「カトリーヌ十和とわの部屋」


真谷子の頬がみるみる高揚する。時間も予約の18時ぴったりだ。

「こんばんわ、予約していた谷口です」

少し高めの真谷子の声に、中からくぐもった声が返ってきた。

「お待ちしておりました。どうぞ、女性からお入りください」

真谷子が目配せし、そっと布の合わせをめくって入っていった。すかさず覗いたが、仄暗くて確認出来ない。

俺は仕事カバンを抱き抱え、テントの脇にあった丸いスツールに腰を掛けた。

換気扇から漏れる賑やかな話し声と、調理器具の触れ当たる金属の音に混ざって、真谷子と占い師の声が、ぼそぼそと漏れ聞こえている。


ものの10分程でテントの布が動き、真谷子が顔を出す。

「周、次あんたよ」

入った時より頬の艶がいい。俺の不安は一気に期待に傾いた。潤んだ目を人差し指で拭う満足顔の真谷子と入れ替わり、布をめくる。

「お願いします」

頭を下げて視線を上げると、目の前に老婆が座っていた。

服装はご近所で見かける「少し若作りのおばちゃん」くらいで、俺のイメージする派手なドレスの占い師とは別人の、カジュアルな服装で、親戚のおばちゃんみたいだ。

布をかけただけの簡易テーブルを挟んで座ると、名刺サイズに切ったコピー用紙と、引っ越し業者のロゴが入ったボールペンを渡された。


「この紙にお名前と生年月日、生まれた場所と時間を詳しく書いてください」


黒くてやたらと立派な腕時計をしている。

その手は体の割に大きく、皺も殆ど無い。

少し気になったが、俺はボールペンを握り紙に滑らせた。

老婆は、手元にある表紙が半分破れた分厚い本を開くと、俺が書いていく端から逆さの文字を読みとり計算を始めた。

書き終わる頃には、両手をテーブルの上で合わせ、落ち着いた顔で俺を見つめる。

そして一呼吸置くと、老婆はぺろりと唇を舐め、湿らせた。


「今夜はさっきの子と美味しいもんでも食べて帰りなさい」


え?


ぽかんと口を開けた俺を無視して、老婆は足元から手製のパッチワークの手さげを引き上げる。

中から使い込まれた黄色い財布を出すとファスナーを開けた。

「この店の蟹のコースおすすめですよ」

持ち合わせのお札全部と、角が折れた中華屋の名刺を渡された。

「ちょうど3万円ある、どうぞ」

「いや、あの・・・」

突き返すが、無理やりスーツの胸ポケットにおひねりみたいに丸めて突っ込まれてしまった。

「あ、あの、すいません、俺の占いは?」

戸惑う俺の質問に、店仕舞いを始めた老婆は全く耳を貸さない。

何度も声をかけ背中を叩くが、ついには尻を向けてテントをたたみ出し、俺も渋々外へ出た。

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