七「生徒会の真実」③

 翌日、俺は放課後になる前に学校でいくつかの確認を取ると、放課後、金木と嵐士の教室を訪ねた。理由は至って簡単だ。俺は二人にこう伝えた。


「確認が取れた、準備は良いか」


 俺の言葉に、嵐士はいつもみたいにニヤリと笑い、金木は静かに頷いた。

 決着がついたと思っていたが、それは全くの思い違いだったのだ。俺達はそれぞれで担当を分けて、もう一度よく考えることにしていた。次は間違えないように、細心の注意を払って。金木は俺の顔を見て言う。


「園原、私知りたい。おじいちゃんの本当の"想い"を」


 俺もそうだ。だからこそ集まったんだから。俺は金木の顔を見つめ返した。


「分かってる。もう大丈夫な筈だ。必ず辿り着こう」

「お? やる気満々だな」

「まあな。お前はどうなんだ」

「俺か? 俺はハッピーエンドが好きなんでね。やる気に満ち溢れてるよ。それに……」


 嵐士は白い歯を見せて、俺の肩に手を置いた。


「言ったろ? 俺は春馬を信じてるって」


 まったく。信じてる、なんて言われる方の身にもなってくれ。背負いたくない責任を背負ってしまうではないか。だが不思議なものだ。その責任は、意外にも悪くなかった。だからこそ、その責任に報いなければいけない。

 俺は二人の顔を見て、言った。


「行くぞ」


 二人は黙って頷いた。







 教室を出てすぐ近くの階段を二階まで降りると、普通科職員室がある。前にピアノの音の時に使った場所だが、今日用事があるのは西棟五階にある工業科職員室だ。金木を先頭に、俺と嵐士は廊下を歩いていく。途中、嵐士には道具を取りに行くよう頼んでいたので、嵐士は一人階段を降りていった。道具といっても人数分のシャベルやスコップだが。


 嵐士に別れを告げ、無言のまま俺は金木について行った。不意に金木の歩みが止まる。金木は丁寧に扉を二回叩いてから、工業科職員室に入っていった。一人になった俺は、周りに人がいない事を確認すると、腕時計を見た。

 多分、金木のは少し時間が掛かるだろう。嵐士の用事も流石にはすぐとはいかない。ならこの時間を使ってこれまでの振り返りでもするか。

 俺は壁に寄り掛かると、下を見て思案した。


 俺達は、金木の祖父、『金木一郎』が残した『遺書』の意味を知りたいという、金木の願いで集められた。遺書の内容は、こうだ。






  内ナル想イハ我ガ青春ノ地ニ






 その『遺書』を金木に渡したのは、金木の祖母である『金木優子』だ。『金木優子』は現在、病気の為、病院にて入院中。『遺書』の話も、その病院で金木から聞いたんだったな。

 その後、俺達は『金木一郎』がかつて仕事をしていたという、辻沢工科高校生徒会について調べることにした。個性的な先輩達の協力もあって、辻沢市民図書館で『金木一郎』の手記と見られる、『生徒会月報 躍飛丸』。そしてその中の『恋文』を見つけることが出来たのだ。

 『恋文』の内容は、月や年度によって様々だったが、一番最初に書かれたであろう内容はこうだ。






    教諭記述欄


 我が青春の地は遥か彼方に。しかし、彼らと触れ合う事で、やっと青春を取り戻す事が出来た気がする。


 私は恵まれた。きっと、彼らに出会わなければ、機会すら訪れなかっただろう。


 最早言葉は綴れない。しかし伝えたい。貴方への想い。


       一九六〇年 十二月十二日

              金木一郎    いちろう






 この内容を見て、俺と金木は特定の誰かへ宛てた『恋文』だと予想した。

 そして嵐士を入れた三人でつい先日、金木家にてそれぞれの予想を披露する推理ゲームが開かれたのだ。何故ゲーム形式にしたのかは簡単だ。金木も俺も、互いに責任を感じさせないため。だがそれでも俺は責任を感じていたし、きっと金木も巻き込んだ事への責任はあったと思う。


 まあ金木も責任を感じてたなら、俺としてはトントンだと思っているが。

 そして俺達は辿り着いたと思っていたのだ。『金木一郎には別に好きな人がいた。恋文はその人へ宛てた手紙。遺書は金木一郎が金木優子へ綴った謝罪文』が『金木一郎』の"想い"だと。

 俺達と言っても俺が二人の意見を否定して求めた答えだったか。


 しかし、これは間違いだった。全てではなく、重要な部分が大きく間違っていた。

 俺はジッと俯いたまま、ポケットから『金木一郎の遺書』を取り出した。

 まったく、踊らされたものだ。俺達はこの『遺書』こそ重要で、この『遺書』こそがメッセージだと思っていた。金木一郎め、やるではないか。孫の代までとはこの事だな。


 俺は『遺書』を封筒に入れてからポケットに詰めた。不意に視線を感じて顔を上げる。そこには目的を果たした嵐士が立っていた。嵐士は手に持った物を俺に掲げる。


「これだけあれば平気か?」

「問題ない。というより殆どお前の仕事になるしな」

「はー? 春馬もやれよー」


 ぶーぶーと文句をたれる嵐士に手を振って黙らせる。その時丁度、工業科職員室の扉が開いた。どうやら交渉は上手くいったらしい。扉から出てきたのは金木と、機械科の暴君教師、保田だ。確か、選挙用道具が無くなった際の犯人でもあったな。開口一番、保田は眉間にシワを寄せた。


「ん? 何だ、友人ってお前達か。まったく人を使い走りおって……」


 このまま放っておくとずっと俺らの文句を言うだけでなく、途中から謎の説教が始まりかねない。俺は精一杯の作り笑顔で言った。


「先生、わざわざご協力ありがとうございます。保田先生にしか頼めなかったので助かりました」


 ちゃんと笑えていただろうか。いや、後ろで嵐士がニヤニヤしてるから多分下手くそだったのだろう。まあ保田には通じたみたいだ。保田は分かりやすく鼻を鳴らすと、先陣をきって歩き出した。

 保田がいれば、学校内をチョロチョロ歩いていてもとやかく言われることはない。何より、敷地内に穴を掘る許可も取れる。実に合理的だ。

 これで取り敢えず準備は整った。あとは目的の物があるか、運次第って所か。保田に続くように俺達は歩き出す。不意に、嵐士が俺の肩に顔を近づけた。保田に聞こえない程の声で囁く。


「なあ、それで結局どういうことなんだよ」

「何がだ」

「金木のおじいちゃんの本当の"想い"ってやつだよ」


 そう言えば嵐士は知らないんだったか。いや、その場にいたが、俺と金木で考えたから理解してなかったんだろう。まったく、二度手間な。だが嵐士に言うことで、俺自身が確認する事も出来そうだ。


「分かった。話してやる」


 丁度いい、金木一郎の動き通りに説明するか。

 俺は嵐士の顔を見つめて、今は亡き金木一郎を思った。






 学校のチャイムの音で目が覚める。どうやら私は寝ていたようだ。周りを見渡すと、職員室には自分しかいないようだった。ホッと肩を撫で下ろす。

 良かった。これなら特に怒られる事も無さそうだな。だがまさか寝てしまうとは。これも病気の影響で体力が落ちたせいか。


 言い訳もそこそこにして、私はテーブルに乱雑に置かれた封筒を持ち、席を立った。つい数ヶ月前の事だ。私に病気が見つかった。まさかこの歳で、とは思ったが、特に動揺はなかった。かつては国のためと自らの命を投げ売った身だ。いつ死んでも良いと覚悟を決めていたから、受け入れるのは早かったと思う。


 だが一つだけ、心残りがある。妻の事だ。我が妻、金木優子は、料理や家事など家庭的な部分は勿論の事、人に頼られ人を助けることが出来る素晴らしい人間である。だからこそ、私が先に逝ってしまうのが申し訳ない。息子も生まれたばかりだし、これから一人で子育てをするにはまだ時代が追いついていない。かと言って再婚は難しいだろう。


 思わずため息が出た。

 まったく情けない事だ。いつ死んでも良いと思っていたのに、今は少しでも生き永らえようと思っている。これが命より大事なものということか。

 そんな事を考えている内に、私は辻工東棟の下駄箱についていた。下駄箱を見て、足が止まる。


 懐かしいな。私はここで、多くの生徒を送り、多くの生徒達に教えられた。彼らがいなかったら、私は優子さんにメッセージを残そうとは思わなかっただろう。

 ゆっくりと歩きながら、不意にまた、足が止まる。目の前には学校広報用の掲示板があった。その端には、『生徒会月報 躍飛丸』が貼られている。


 『生徒会月報 躍飛丸』。私が名付け、私が優子さんへ綴った想いが載っている広報誌。本当なら、こんな行為は許される事ではない。だが口下手故に何も言葉が見つからなかった私は、こうすることでしか彼女に愛を伝えられなかったのだ。……結局彼女が気づく事は無かったな。ルール違反をしてまで余分のコピー分を持ち帰っていたというのに。


 私はため息をつきながら、また歩き始めた。階段を更に下り、一階の工業科実習棟に向かう。中庭を抜け、更に機械科実習室の横まで歩いていく。

 ふと、足が止まった。

 このまま、私のメッセージをここに埋めたとする。だが優子さんが気づくまでどれだけの時間が掛かるかは正直予想がつかない。そうなると、その間にこの学校はどれだけの回数の整備や改装工事をするだろうか。時間が掛かれば掛かる程、私のメッセージが掘り起こされてしまう可能性は上がる。


 私は機械科実習室の裏に目を送った。そこには一本だけ生えた細い樹が立っていた。

 ふむ。この樹が樹齢何年かはわからないが、わざわざ裏の樹を切ったり、その下を掘り起こす事はないだろう。ここにするか。

 私はゆっくりと樹の下の土に膝をつけると、ポケットから封筒を取り出した。そしてもう一つ、用意していたお菓子の缶を取り出す。


 缶の中に封筒を入れ、閉める。落ちているシャベルを使って樹の下を掘り出した。順調に穴は大きくなっていったが、不意に動きが止まる。


 本当にこのまま埋めて、大丈夫だろうか。彼女はこの想いに気づいてくれるだろうか。……いや、もう迷うまい。彼女は生粋の推理ゲーム好きだ。きっと私の想いに気づいてくれる筈だ。例え、彼女自身が気づかずとも、その孫や誰かが、私の想いを見つけるはず。そしていつの日か、巡り巡って彼女の元へ届く筈だ。


 願いを込め、私はシャベルで土を掘っていく。

 缶が入るほどの穴が出来て、私は一度ぐっと封筒を入れた缶を握りしめた。願いを込めて。

 ゆっくりと身体から缶を離し、穴に入れる。不意に後ろの実習室から声が聞こえてきた。まずい。人に見られてしまう。

 私はそそくさと缶に土を被せ、両手でぐっとその土を固めた。

 立ち上がり、一つため息をつく。

 願わくば、この想いが届きますように。






 ここまで話した所で、俺達は機械科実習室裏の大樹の下へ来ていた。

 その大きさはとてもこれまで実習室の裏に隠れていたとは思えないものだった。長らく辻工で働いている保田も、驚いて口を開けていた。


「こ、こんな大樹があったなんて……」


 俺はファンタジーは信じない。空想はただの創造の産物であり、実際には存在しないからこそ、その価値を得ると思っているからだ。だが目の前にそびえ立つこの大樹は、普通なら見つかってしまう筈なのに、これまでそういった話は聞いたことがない。保田の様子を見れば、過去にもこの大樹が見つかった事は無い事も分かる。


 だから少しだけ考えてしまう。この樹は待っていたのでは無いだろうか。金木一郎の想いを、未来の誰かが発見出来るように。そしてその想いを、金木優子に届ける為に。もしそうなら、それはもうファンタジーとしか説明できないだろう。まあそれでも、ファンタジーを信じる気はないが。


 口を開けていた保田が我を取り戻し、大きな声を出す。


「あ! いや、くそ! こんな所にあっては駄目だ! 俺は今から校長に報告に行ってくる。用事があるならさっさと済ませてくれ!」


 捨て台詞のようにそう吐いて、保田は走り去ってしまった。保田には掘るのを見届けてもらうつもりだったが、まあ良い。許可は既に取ってるんだからな。

 保田の背中が見えなくなったことを確認すると、嵐士が顔を寄せてくる。


「なあ、結局どういうこと? 金木のおじいちゃんはここに何を埋めたんだよ」


 コイツさっきの話聞いてなかったのか? いや、聞いていてこの反応なのか。面倒この上ないな。

 俺はシャベルを嵐士の手から取りながら答える。


「手を動かせ。そしたら答えてやるよ」


 俺の言葉に嵐士は一番大きいスコップで大樹の根元の土を掘り出した。俺と金木も小さいシャベルで続く。

 俺は大樹を見ながら、言った。


「俺達は、ずっと勘違いをしてたんだ。『金木一郎』が残した『遺書』こそが、真のメッセージだと。だがそれは大きな間違いだった。あの日、金木一郎の幼馴染の家から帰ったあと、俺と金木は日が暮れるまでもう一度洗い直したんだ。一度考えをフラットにしようってな。そして気が付いた。この『遺書』は、特別な読み方などせず、そのまま読めば良いんじゃないか、と」


 俺は汚れてない手でポケットから『遺書』を取り出す。


「『内ナル想イハ我ガ青春ノ地ニ』。この文章を最初に見た時、何か含みがあると勘違いをしてしまった。けど、この文章には特別な読み方や、含むなんて無かったんだ。素直に読むだけで、その答えのヒントが隠されていた」

「つまり?」

「『内ナル想イハ』、これはそのまま金木一郎の本当の想いのこと。『我ガ青春ノ地ニ』、これはその想いを隠した場所の在り処だったんだ」


 断言した俺に、続くように金木が口を開く。


「そう、つまりおじいちゃんはおばあちゃんに向けた本当の想いを、自分の青春の場所に隠したってことよ。じゃあそこはどこなのか……」

「……あれ? 『青春ノ地』って生徒会室じゃなかったっけ?」


 なんだ。意外に覚えてるじゃないか。


「そうだな。それも間違ってた。『青春ノ地』は、生徒会室ではなく、この学校全体の事を指していたんだ」


 俺は視線を土に落とした。嵐士も真似をするように視線落とす。


「それでここってことか? なんで?」

「この学校は、約七十年の歴史があるって言ってたな。そうなると、当然古い建物や装置は山程ある。だがその反面、建て替えたり、改装工事のした後も沢山あったんだ。

 金木一郎が想いを埋めたとされるのは、創立から二十年後、『生徒会月報 躍飛丸』の『恋文』が途絶えた年だ。つまりそこから約五十年の間、何の変化も無い場所を探さなければならなかった」


 嵐士の表情がハッと明るくなる。


「なるほどな! それで実習室の裏か!」

「そういう事だ。……後ろにシャッターがあるだろ。実習室の換気用の」


 俺は首を後ろ向けた。嵐士も同様に後ろを向く。


「おう。それがどうしたんだよ」

「実はこれ、もう何十年も開かなくなってるらしい」

「え、まじで?」

「ああ。信じられない話だが、俺も授業中ここが開いたのは見たことがない。さっきの保田の顔を見れば、機械科教師の保田が見たこと無いのも分かるだろ。つまり、およそ数十年間、誰にも見つからずにここで待ってたのさ。コイツは」


 俺はもう一度、前にそびえる大樹を見た。やはり隠れていたのが不思議くらいだ。

 不意に嵐士の顔を見ると、涙を流してるのが分かった。


「……どうした」

「いや、わりい。なんかさ、凄えなって思って……。ホントに、待ってたんだなってさ」


 情緒的だな。だが俺も、涙こそ流さないが、思う所はある。流石は七十年間も、想い続けた男の念が籠もっているな。


「もう一つ、分かったこともある。俺達は『生徒会月報 躍飛丸』を見つけた時、その名前に違和感を感じたはずだ。何故『ひやくまる』じゃなく、『やくとまる』なのか、と。答えは至って簡単だった。嵐士、『躍飛丸』をローマ字にしてみろ」


 俺の言葉に、嵐士は一文字ずつ答えていく。


「えっと、Y、A、K、U、T、O、M A、R、U……?」

「何か気づかないか?」

「何かって……。あ!」

「そうだ。Y、A、K、U、T、O、M A、R、U。これをアナグラムで順番を変えると、T、A、M、U、R、A、Y、U、K、O、『田村優子』。金木の祖母の旧姓になるのさ」


 つまり、最初から答えは出てたんだ。『生徒会月報 躍飛丸』に書かれた『恋文』の相手が誰か、なんてのは。だってそのタイトルが相手の名前になってるんだから。


 その時、金木のシャベルが何かに当たった音が聞こえた。即座に金木は手で土を退かしていく。

 金木の手が止まり、覗き込むとそこには、お菓子の缶が埋まっていた。恐る恐る、金木が蓋を開ける。中には、一つの封筒が入っていた。


「……開けるわね」


 そう言って、金木は封筒を開けた。中には一枚の便箋が入っている。俺は金木の横から、その便箋の内容を読んだ。






  拝啓  金木優子 様


 優子さん、お久しぶりです。如何お過ごしでしょうか。元気でいるでしょうか。


 貴方にも伝えている通り、私は病気になってしまいました。息子も生まれたばかりで、志半ばですが、多分来年はもういないでしょう。なので、私の想いを、ここに綴る事にしました。本当なら、直接伝える予定でしたが、やはり駄目ですね。私は貴方に直接伝えるのが恥ずかしいみたいだ。


 貴方と出逢ってから数十年。色んな事がありました。私は幼少の頃から父に感情は消せ、表に出すな、と言われて育った為、ずっと無愛想だったでしょう。申し訳ありませんでした。今思えば、私が人生で唯一怒ったのは、貴方の家が強盗に襲われた時だったかと思います。覚えていますか?


 戦争が終わった時も、貴方には本当に救われました。物を投げ、怒号を飛ばす私を貴方は決して見捨てなかった。多分、私はあの時から既に貴方の事が好きだったんだと思います。


 それから故郷を離れ、結婚生活が始まりましたね。家の事を何でも任せきりにしてしまいすみませんでした。息子とももっと遊んであげれば良かったです。でも、貴方がいつでも完璧で、私の帰りを待っていてくれたからこそ、私は仕事を頑張れたのです。本当にありがとうございました。


 さて、まだまだ伝えたい事は山程ありますが、そろそろ便箋も終わってしまいそうです。いつの日か、貴方と再会した時にでも話しましょう。出来るだけゆっくり来て下さい。いつまでも待っていますから。それから、息子をどうかよろしくお願いします。



 最後にこれだけは伝えたいので、書かせて頂きます。

 私は貴方を、────




 そこまで読んだところで、急に横から啜り声が聞こえてきて止まった。だが俺は金木の顔は見なかった。今見るのは野暮だと思ったから。

 もう一度手紙に視線を落とし、読み始める。






 最後にこれだけは伝えたいので、書かせて頂きます。

 私は貴方を、愛しています。心の底から、未来永劫、ずっと愛しています。


                金木一郎






 読み終えた瞬間、金木は大きな声で泣き出した。まるで小さい子どものような、大きな声で。

 俺は嵐士の顔を見る。嵐士も、涙を流しながら俺に振り返っていた。


「これさ、金木のおじいちゃんは……」

「ああ。金木一郎は、妻である金木優子の事を愛していた。金木の祖母が見つけた、『金木一郎の遺書』は、金木の祖母へ向けた謝罪文なんかじゃない。本当の想いを、照れ屋ゆえに隠したその愛の在り処を、示していたんだ」


 俺は立ち上がり、大樹を見上げた。


「金木一郎からの『愛の遺書』だったんだよ」


 空が青い。日差しが眩い。その空気を、少女の綺麗な涙が、揺らしていた。










────第七話③ 完

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