第2話:私の気持ち
「実は君のことは本当は好きでもなんでもなかったんだ。」
夕暮れの病室の一室で彼は、世間話をするような声音でそう言った。真意を図れず彼の顔を暫く見つめていると、続けて彼は、
「君の告白をOKしたのは、彼女くらいいた方がいいかと、思ったからなんだ。」
っと、普段はしないような薄ら笑いを浮かべた。嘘だ。彼とはもう五年以上にもなる付き合いだ。冗談でも遊びで誰かと付き合う人でないことも知っている。
だからこそ、私は彼の頬を叩いた。私たちの思い出を悪く言うことは例え彼でもしてほしくなかったから。
そして同時に彼の真意に気がついた。気がついてしまった。彼が入院して3ヶ月、家族ではないからと彼の病状をあまり詳しく教えてもらえなかったが、ガンの治療中である。ということは聞いていたが、容態がよくなっていないことはわかる。最近なんて、私が来ても寝てることも増えてきた。もう長くないのかもしれない。
離れてほしいんだろう。彼がいなくなってもこれからを生きていかなければいけない、私を思ってのことだろう。
ここで私が離れないと言ったところで彼は、きっと今しがたの発言を取り下げたりはしないだろう。だから、私は彼の考えに、思惑にしたがってあげることにした。
「そんな君と付き合っていたなんて、私はなんて可哀想なのかしらね。もうここには来ないわ。さようなら。」
心にもない。思ってもないそんな台詞。心臓をキュッと握られたような感覚にとらわれながら、私は言いきった。
最後くらいは、わがままを言ってほしかった。死ぬまで一緒にいてよって言ってほしかった。でも最後の最期まで彼は、私に優しい彼のままだった。
きっとこの後すぐにでも別れようとか言ってくるつもりだろう、そんな言葉、絶対に言わせてやらない。あなたが死んでからも、私はあなたを思い続けてやる。あなたの彼女で居続けてやる。
出口に向かって踵を返したとき、ベッド脇にある桔梗の花が目についた。私の分まで此花が彼を見守ってくれますように。そう祈って、私は病室をあとにした。
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