月時雨のバス停
@mikan9989
第1話 高一 夏 青天
高一、7月10日。期末テスト真っ只中。
雲ひとつない青天。人気のないホーム、昼の2時。ベンチに座る女子がいる。
距離にして10m。少し瞳だけ動かす。彼女の瞳と会う。
人生で一度きりの青い高校生活がはじある。
高一
入学式。どれほど今日を楽しみにしていたか。
僕の学校は、中高一貫校だ。県で1、2位ぐらいの私立高校。僕は、中学からいる組。高校組は高校から入ってくる組。高校組には、勉強組とスポーツ組がある。僕たちは、勉強組はコウセン、スポーツ組はスポセンとか呼んで区別している。いや差別しているのかもしれない。中学組は100人に対してなんせ高校組は300人入ってくるし、やっぱりめっちゃ可愛い人いっぱいいるらしい。クラス分けは、もうされている。僕のクラスは1年9組。9〜11組が中学組、8組がスポセン、それ以外がコウセン。勉強の進行上、中学組と高校組が交わることはない。なんか違う国みたい。クラス分けされたところでもう中学組とは3年の付き合い。新鮮味がない。
僕はほとんどの男子とは仲良かった。でも女子とは少し話するの苦手。この日のために春休み、毎日ランニングと筋トレした。この努力実ってくれ!神様!彼女できますように!と家を出る前に祈った。青空が広がっている。普段はあまり聴かない曲を流し、胸を張って歩いた。
体育館の入り口の外で400人もの同級生がソワソワして並んでいる。学ランは少しサイズがでかい。くだらない話しているのは中学組だけ。ちょっと恥ずかしく思いながら自分はふざけている。
ぼやけた声が聞こえる。「新入生入場」、吹奏楽部の演奏が始まる。空気が変わる、高校生になる空気。この瞬間、恋愛、修学旅行、部活、文化祭、体育祭全ての期待が胸に膨らみ、それは背中を押す風となった。音が大きくなり、かき消されていた拍手が聞こえる。初めて月に足跡を残すみたいに体育館に大きな一歩を踏み残した。
初めて見る高校組が近くにいる。高校組の背中は自分たちより大きく見えた。高校受験を経験したからかなとか考えた。少し悔しい。「やっぱ可愛い人多くね」、「あれ、やばくね?」など小声で隣のやつと話していたら退屈な校長の話は終わった。
入学式後は各教室でショートホームルーム(SHR)。この瞬間にもグループ決め、権力争いは静かに始まっている。仲良いやつと集まり、そこにちょっと仲良いが集まる。自己紹介は一応やった。SHR終わり次第、解散。みんなも自分も意識の的は高校組だった。でも入学式初日から他のクラス見にいくほどバカじゃない。だって落ちてここにきた人もいる何より初対面同士。結局、バカは数人いたけど。
いざ学校が始まると、行動範囲が広がった。携帯も使っても文句は言われない。ご飯は自由、夜7時まで残ってもOK。今まで高校生が支配していた購買も図書館も自分達のものになった。最初のグループ6人と一仲良くなり、毎日中庭にある長机を支配して昼食を取る。男同士の会話の種なんてどこでも落ちてる。適当に俺は拾う。
「部活何入るん?」
「まあテニスかな〜、ずっとやってきたし」
堺は日焼けしたとぼけた顔で言う。
「俺まだ決めてないわ。多分、弓道とかかな。あ、吹奏楽部アイドルいるらしい」
古田がサラッと言う。古田は高校組に知り合いがいるらしい。違う会話の芽が芽生えた。流石にアイドルは気になる。
「マジで!」
「もうこの学年の裏で四代美女って言われている人おるんよ、マジでレベチ」
「四代美女!?すげえなそれ。顔見たことあるん?」
「まだないんよ」
“四代美女”。絶対、男が作った造語。でも高校って感じがして好きだ。
チャイムが鳴る。中学生達がチャイムと同時に掃除場に向かう。でも俺らはチャイムなんて聞こえないふりしてまだふざけていた。
五月。高校生活に慣れ、徐々に国間で行き交うようになった。気温も上がった。皆シャツ一枚で登校するようになった。もう部活に入るか入らないか、また何に入るか決めなければいけない時期。部活は入る。これは自分の中での暗黙の了解。ずっとサッカーをしてきたけど高校でサッカーしたくなかった。チームスポーツで一人間違いを犯した時にみんなで攻めるあの雰囲気が苦手だった。でもスポーツ好きだしな、案外、生徒会いいなと思い、ハンド部と生徒会に部活体験しに行った。ハンド部は微妙で生徒会にした。生徒会は約20人の小規模だった。体育館と体育館の通路にある小さい部室。元から目立つの好きかついつメンの一人の亮介がいるから入った。亮って呼んでいる、しっかり者でかっこよくて女子と仲良い。そんな亮を心の片隅で羨む。男友達は自分の方がいると謎のダサい張り合いで脳内で勝利し、小さな嫉妬は表に出さない。
2限と3限の間の10分休み。それぞれのグループで固まって騒いでいる。俺は恥ずかしさを勢いで誤魔化して涼に言う。
「ちょっと高校組見に行かん?四代美女探そうぜ!」
クラスの女子から冷たい視線が注がれる。
「ええよ」
興味ある顔つきでクールに亮は言う。ノートの字が綺麗だ。
「流石に行きたいわ」
「どのくらいなんだろう」
みなにやけた顔で互いに目を見る。よっしゃあ!心でガッツポーズしてる自分がいる。仲間いた方が心強い。
高校組に行くのは、国境を越えるのと同じくらい緊張する。外国行ったことないけど。高校組の女子は大人っぽい。あんな髪サラサラになるんだとかスカートみじかとか胸でかなんて童貞くさいセリフが自然と出る。海外に初めてきたみたいなリアクションで。高校組の廊下は中学組とは空気が違う。少し大人?いや逆かもしれない。一際目立つのがいた。みんなその子を遠くから見ている。すぐに四代美女の一角だと分かる。
「あれやん。四代美女の一人、あかりん!」
古田が興奮気味に言う。足をばたつかせながら堺に
「すげーな。あれ」
「マジもんやん」
「付き合いてえ」
自分も含めて皆知能が一時的に低くなっていた。うまく言葉が出ない。それに高校組がより遠い存在に感じた。ずっとチラチラ見ている奴もいる。確かに誰が見ても美人だったし、できるなら付き合いたいとは思った。それでチヤホヤされたいなんて思った。でも多分、無理だ。
生徒会に毎日通い、同期とも仲良くなった。高校組にも友達ができた。彼女はできない。いつも7時まで部活動して、亮と一緒に帰る日々。駅前でラーメン食べ、カラオケ、学校に残ってバレー、バスケをしていた。気がつくともう夏が来ていた。
7月10日。期末テストが始まった。テスト週間は、午前帰り。だからいつも午後は男友達とバスケして、教室でゲームして、人狼して流石に焦って勉強するけど結局遊ぶ。でも意外にテストは高得点。うざがられる。それも含めて最高に楽しい時間。
でも今日は違った。亮が用事で早めに帰るが帰り一人は寂しいため、俺も帰ることにした。テスト終わったすぐの電車は学生の満員電車。これは避けたい。だから学校で昼食を食べてから帰ることにした。
午後1時40分すぎに学校を出る。こんな中途半端な時間誰もいない。アスファルト上で陽炎が起きている。登下校の道脇に生えている木は、健康的な緑の葉をカサカサ鳴らしている。蝉が必死に鳴いている。確か寿命1週間だっけ。早すぎ。蝉って何してんだろうな。そんなどうでもいいこと話して歩く。流行りの手持ち扇風機を顔に当て、すずむ亮。それすずしいんかなと思った。二人ともシャツなんてズボンから出していた。
駅内はサウナ状態。改札を通る。人気のないホーム。まだ電車まで5分ある。
「学校にアイスの自販おいてくんねーかな」
「マジそれな。暑すぎ、ベンチ座ろうや」
俺はシワを額に寄せ、額の汗を拭きながら言う。汗の処理が大変だ。シャツはまだ出しっぱだった。
ベンチは自販機の隣にある。冷たい飲み物買うつもりだった。だが5人がけのベンチにはたった2人の先客いた。何やら亮と同じものですずんでいる。うちの高校の女子服だ。一席空けて座るのは、気まずい。仕方なく、ベンチ近くの柱の日陰に隠れる。涼しか影に入ってない。日差しが強い。シャツの腹に生ぬるい空気を入れる。全然涼しくない。ベンチの女の子の笑い声が聞こえる。妙に気になる。距離にして10m。その子と亮にもバレないよう目を右に動かす。
その時だった。その子も偶然こっちを見た。
目が会う。時が止まる。多分1秒にも満たない。今、目会った。
「え...」
拍子抜けの声がポッカリと開いた口から出てきた。すぐに彼女は違う方向を向く。自分は亮の方を向き、空を見ているふりをした。
右手で頭をかく。今、目会った子。
綺麗だな。
その情景がもう一度脳内にフィードバックされる。綺麗だな・・。頭のどっかでもう結果が出されているのがなんとなく分かった。でもそう認めたくない自分がいて、右手で頭をかいていた。空を見ているふりをする。亮が悟ったようにニヤついて言う。
「どうしたん?固まってたぞ」
固まってた?今?ずっと?それをあの子に見られていた方が恥ずかしい。襟元をばたつかせ、風を送った。頬が熱い、いやこれは夏のせいだ。そう信じたい。ああ、やばい絶対顔に出てる。亮に一目惚れしたなんてバレたくない。てかあの子にもバレたんじゃ。質問に対しての最適解を一瞬で探す。でも必死に出した回答は的外れだった。
「いや、なんかね、知り合いじゃないけど...綺麗だなって....」
ってこれもう答えじゃん。亮が手をパチパチしながら笑っている。もう気づかれたみたいだ。
「めっちゃ顔赤くなってる!わかりやすすぎ」
救いの電車が来る。電車はワンマンだった。ベンチの二人は立ち上がる。必死に右手で顔をさりげなく隠して、あの子にバレないようにする。
運がいいのか、悪いのか同じドアから電車に乗る。
同じ車両。普段は耳に入らない音が勝手に侵入してくる。昼時の電車は乗客は空くない。席がほとんど空いている。でもなぜか俺たちは席に座らない。よりによって距離がホームの時より近い。顔に書いてある文字を見られたくないから、背中を彼女に向けてドアの外を見た。彼女は真反対のドアに友達と何か話している。背中にも文字が浮いき出てる気がする。俺は緊張しすぎて亮と話せない。亮は笑っている。亮の笑いが緊張の緩和剤になっていた。左手の手の腕時計を確認する。駅までは10分。されど10分。あの子に聞こえない些細な声で亮は言った。
「あれ同学年じゃね?」
首をこくんと下に動かす。やっと口が動く。
「でも見たこない。あんな可愛い人。見たことない」
「あれ流石に四代美女でしょ?学校1可愛いんじゃね」
「そうかも」
四代美女。この言葉が大きな壁となった。少し身が引けた。あっという間に電車が着く。ここで亮ともあの子ともお別れ。悲しいけれど同学年だと思われるし、また会えると思えば楽観的になれた。
駅に着いたらバスで帰る。家まで40分と割とかかる。6番のバス停。あの子にまた学校で会えないかな。なんて思ってイヤホンをつけて、バス停に向かう。
昼過ぎで大人達は昼食をとっていた。バス停は空いている。2人並んでる。
え、さっき見た制服。あの子が同じバス停にいる・・。目の前の現実を理解できずにいた。おばあちゃん、彼女、僕の順番で横に並んでいる。彼女もイヤホンをしていた。やっと同じ制服に彼女は気付いてハッとチラ見する。必死に気づかないふりをする。
亮にラインを送る。
「今、隣にさっきの子おるんやけど」「マジ?」「マジ、登下校同じだわ」「話しかけろ」「いや無理だわ」「目の前でハンカチ落とせ」「変な人やん」「なんでもいいから落とせよ」そんな会話してるうちにバスが来た。乗るバスも同じなのかよ。
彼女は前の方の一人席に座り、僕は一番後ろの4人席の右端に座る。バス待ちの時、彼女はチラ見して、あ、さっきの人だみたいな視線を送っていた。流石にチラ見をし続けるのは、罪悪感もあるし、キモいなと思っていつもは見ない外の景色を見ていた。バスの中では中学一年生の頃から英単語や科学系の勉強をしていた。今日、単語帳は腿の上に置き、外を見ていた。
バスが出発する。4人しか乗ってない。「次止まります」と聞こえ、その度に変な覚悟をしていた。次々とバス停につき、誰かが降りて誰かが乗る。その度ちょっとバスの中見回したり、見なかったり。いつの間にか彼女は降りていた。それを知った直後の後悔。バカだなー自分。過ぎ去って行く景色をぼーと見ている。一目惚れしたのか俺。
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