第122話 エリアアンチカース

 その後、岡林くんの捜索は難航した。俺は単なる学生だ、探偵に頼むような金も伝手もない。そしてあれからバイト先にも、岡林くんらしきリーマンが訪れることはなかった。


 一方、「祖霊の加護」を得たせいか、僕は「見てはいけない」ものが見えるようになった。いや、ずっと鑑定をオフにして見ないようにしていただけで、こっちに帰るようになってから何度も「この世ならざるもの」には遭遇していたんだ。しかし岡林くんのお婆ちゃん事件以来、鑑定しなくても「分かる」ようになってしまった。人だけじゃない、モノや場所にも、「ここに居ちゃいけない」みたいなヤツがいっぱいいる。僕は常にエリアアンチカースの指揮棒(型魔道具)を持ち歩き、何かに遭遇するたびに振り回すようになった。友達には「何それ、魔法使いごっこか」と揶揄からかわれた。今度界渡りする時には違う形にしなければならない。


 僕は苦手なんだ。そういうスピリチュアルというか、オカルトっていうか。怪談どころか都市伝説すらダメ。あっちではダンジョンはいくつも踏破したけど、アンデッド系のダンジョンはほとんどスルーしてきた。だって怖いだろ。無理だ、無理無理。なのに僕に限って、どうしてこんな心霊番組的な展開に。




 しかし裏を返せば、アンチカースさえ使えばどうにかなった。彼らは解呪スキルの前では無力だ。中には清浄クリーンだけで消えていくものや治癒ヒールで祓えるものもいるが、解呪は確実。さらにエリア全体に効くエリアアンチカースならなお良し。一匹見たら三十匹と言われるけど、怪しい気配がする場所にはだいたい複数いる。怪しい場所にはすかさず噴射、もとい発動だ。臭いにおいは元から断たなければならない。


 良いことをすると、気持ちが良いものだ。一度解呪した場所は、爽やかな風が吹き、明らかに空気が変わるのが分かる。時々勘のいい人が、周りを見渡していたりする。そしてその夜は、知らない人がいっぱい夢枕に立って「ありがとう」「ありがとう」と口々にお礼を言ってくれる。僕としてはお礼を言われる方が怖いので、黙って立ち去ってもらえた方が有り難いんだけど。




 そんなことをしている間に、時間は瞬く間に去った。僕はゲームの世界に関わらないようにして、のんびりとこの先のことを考えたかったのに、気が付いたらもう卒業を控えていた。


 有り難いことに、卒業後の進路は決まっていた。ろくに就職活動もしなかった僕だけど、アンチカースに勤しんでいる間に「祖霊の加護」が「祖霊の加護(大)」に進化して、いろんなチャンスに恵まれるようになった。僕は職場でたまたま具合の悪そうだった常連さんを介抱したのがきっかけで、彼の会社に就職することになった。僕の専攻は情報工学で、プログラム関係ならどこでもやって行ける。そして社長の興した会社も、まさにITど真ん中だった。


 ———しかし。


 僕は初めて知った。電気機器って、割と「そういう」存在と相性が良いってことを。


 人の執着とか怨念とか悪意っていうのは、ネットを媒介して簡単に拡散する。そして個人の中にくすぶっていた負の感情を刺激し、集め、ちょっとしたきっかけで暴発する。僕はヘイトの集まるところを見かけては、何度もアンチカースの指揮棒を振るった。


 仕事柄、あちこちの客先に出向した。どの会社でもトラブルやハラスメント、軋轢などはあって、その原因には少なからぬ目に見えない存在の影響があった。中には、建物が曰く付きの場所に建てられていたり、創業者一族が強い因縁を持っていたり。そういった時には、エリアアンチカースが一度で済まないどころか、錬成した魔石の中のMPまりょくが一気に空になるようなこともあった。超級ダンジョンのボスよりも恐ろしい。そして、ちょうど魔石を新しいものと取り替えたタイミングで、本当に良かった。残り少ないもののままだったら、反撃を受けて洒落にならなかった。こっちの世界で死んだら、僕はあっちで巻き戻れるのだろうか?


 ともかく、仕事とアンチカースで毎日あっぷあっぷ乗り切っている間に、結構な年月が経った。気になって調べてみれば、Love & Kühn 株式会社は順調にゲームをリリースしていて、メインプログラマーは僕が入社した時に一緒に入ったバイト君。僕が在籍していた時より、およそ一年遅れで開発が進行していた。間もなく鈴木君というエースが入社して、プロデューサーが交代する頃だ。何の心配もいらない。




 こうしてアンチカースを繰り返している僕だけど、レベルは全く上がらなかった。あっちと違って、こっちでは経験値そのものが設定されていないみたいだ。そして魔素がないせいか、MPの回復がとても遅い。そもそもスキルを習得せず、もっぱら魔道具と魔石に頼るプレイスタイルのせいで、自前のMPを使うことなんかほとんどないんだけど。生活魔法の清浄クリーンとかライトとかを、ちょこちょこ使うくらい。


 ステータスで変わったことといえば、「祖霊の加護」だ。これは「祖霊の加護(大)」「祖霊の加護(極)」と進化した後、「英霊の加護」に変わった。ちょうど、一撃で魔石が空っぽになった直後だ。あそこは何か相当ヤバいものが鎮座していたに違いない。そしてアンチカースを繰り返せば繰り返すほど、次にアンチカースが必要な場所へ出向させられたり、ややこしい案件が届いたりする。ひょっとして僕、何か選択を間違えたのだろうか。


 しかしそんな僕の生活も、終わりが近づいていた。持って来た魔石が、そろそろ底を突きそうなのだ。ループの序盤、アイテムの錬金やゲームへの干渉などを最低限にして、最速の界渡りを目指したのがダメだったのか。そもそも、全てを後回しにして界渡りした結果、僕はこの先の身の振り方を考えるどころか、社畜人生とアンチカースで何年もフイにしてしまった。


 嘆いていても仕方ない。もう魔石は残り少ないし、ぐずぐずしていると帰りのMPまで失ってしまう。今ループ、あと一度は界渡りに挑戦出来る。ダメだったら次のループだ。今までそうして試行錯誤してきたじゃないか。


 僕は一週間で引き継ぎ資料を作り、介護の名目で退職届を提出。強く引き留められたが、有給をぶち込んで振り切った。不義理をしてごめんなさい。アパートを引き払い、めぼしい持ち物は実家に置かせてもらって、僕は界渡りの杖を振るった。

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