第120話 お墓参り再び
あれは心霊現象なのか。場所もお墓だったし。だけど怖い感じじゃなかった。やっぱり気になって、翌日、岡林くんのお婆ちゃんの家に向かった。しかし、僕が記憶していた岡林のお婆ちゃんの家があったところは更地になっていた。
「僕にどうしろと…」
そう。お婆ちゃんに「よろしくね」って言われたけど、僕は彼らのことをどうすることもできない。岡林くんはバイト先でこの間たまたま見かけたきり、家もこの通り。他のご家族の連絡先も知らない。昨日はお墓で遭遇したわけだけど、せめてお墓にお参りしようにも、お墓の場所すら知らないし。
———お墓、か。ちょっとだけ、探してみようかな。
何もできない僕だけど、お墓が見つかったらお参りくらい出来るだろう。そんな軽い気持ちで、今日も再び墓地に来たけれど、僕の考えは甘すぎた。お墓には、「〇〇家代々の墓」って書いてあるものばかりじゃない。横に小さく名前が彫ってあったりするけど、知らないお家のお墓をまじまじと見るのも失礼な気がする。今はお彼岸に近くて、他にもお参りに来ている人がいることだし。
そもそも考えてみれば、ここにはお婆ちゃんの家があっただけで、本当にこの墓地にあるのかも分からない。それどころか、宗教が違えばお墓の場所も違うかもしれない。僕のやる気は急速に
それにしても、お墓。
こっちは平和だ。多少の心霊現象は噂されることがあるにしても、向こうみたいにアンデッドが出たりしない。あっちは普通に魔物がいる世界だ。普通に教会が管理しているお墓はともかく、打ち捨てられた廃村の墓地、戦場跡、ダンジョン。これらには、幽霊が出るとかそういうレベルじゃなく、普通にアンデッドが湧いてくる。そういうのを倒すのが、光属性の攻撃スキルや浄化スキル、もしくは回復スキルや状態異常回復スキルでも効果がある。例えばこの、エリアアンチカースとか。僕はインベントリから魔石と杖を取り出して、軽く振るってみた。
ゴオオオオオオ!!!
突然辺りに突風が吹き荒れ、墓地の端に植えられていた桜の花びらが嵐のように舞い上がる。びっくりした。春の嵐か。あんまりタイミングよく風が吹くから、スキルのせいかと思った。思わず砂埃を避けて閉じた目を開くと、うららかな春の日差しが余計に眩しく見える。
その時、気付いてしまった。
お墓参りをしていた人の数が、やけに少なくなっていることに。
俺は夢中になって自転車を漕いだ。
こんなにドキドキしたのは、こっちで鑑定オンのまま歩いていた時以来だ。それまで僕には、自分に見えてはいけないものが見える能力があるなんて、これっぽっちも思っていなかった。それどころか、オカルト番組を見ても「どうせやらせだろ」と醒めた目で見ていたくらい。しかし、見えてしまった。そして見えていたものが、消えてしまった。今日も最初から鑑定オンにしておけば、こんなに慌てずに済んだのだろうか?いや、最初からそうと分かってたら、余計混乱しただろう。
怖い。恐ろしい。まさかこっちでこんな体験をすることになるなんて。どうしよう、もう帰省を引き上げて、さっさと向こうに帰るべきか。いや、都会の方が実は多い?人口比からしてもアレだ。ヤバい、逃げ場なんてないじゃないか。
ブツブツつぶやきながら一心不乱に料理を作っていると、パートから母が帰ってきた。
「助かるわぁ。都会のカフェってそんな料理まで作るの?———あら」
「ただいまぁ。あれ、お兄ぃがご飯作ってんの」
「なんか昨日から様子がおかしいのよね。あっ、これウマッ」
「お母さんつまみ食いヤバいから。えっ、これウマッ」
ああ、実家はいい。おしゃべりの止まらない母、小生意気な妹。生きてるって素晴らしい。用意していた鯖の竜田揚げは三分の一ほどがつまみ食いの被害に遭ったが、急遽有り合わせでつまみを追加し、父の帰宅と晩酌の辻褄を合わせることができた。
夕飯の席では、女二人して「そんなの気のせいよ」の連呼を受けて、少し気持ちが落ち着いた。なんだか僕が嘘を言っているようで一瞬ムッとしたが、「お婆ちゃんが挨拶に来るくらいどうってことないでしょ」で封殺された。確かに、あっちみたいにアンデッドに襲われて自分もアンデッドになっちゃうとか、そういう脅威じゃないもんね。僕は少しナーバスだったかもしれない。
お風呂に入って布団に潜る頃には、昨日今日見たことは全て夢だったような、どうでもいいことに変わっていた。お婆ちゃんは僕の勘違いかもしれないし、お墓参りの人はちょうどお墓に隠れて見えなくなっていただけかもしれない。それよりも、僕にはこの世界での人生と、あっちの世界での人生がある。どっちも現実だ。現実かどうか分からないものに振り回されている場合じゃない。いくらのんびりと時間を取って一旦全てを仕切り直そうとしているからって、それはどうでもいいことに時間を割くためじゃない。そうだ。とりあえず寝よう。寝て忘れよう。朝起きたら、全てが解決しているはずだ。おやすみなさい。
ところが。
「ありがとうねぇ、怜旺くん」「ありがとう」「ありがとうございます」
ありがとう、ありがとう、ありがとう。僕は無数の人たちに囲まれて、ひたすらありがとうの大合唱を浴びていた。温かい春の日差しの中、顔の見える人見えない人、もう半分光の塊のようになってしまった人、たくさんの人たちがありがとうありがとうと言いながら、たんぽぽの綿毛のように空に吸い込まれていく。僕はそんな彼らを、半口を開けて呆然と見上げていた。
という夢を見た。
ヤバい。朝起きたら全てが解決しているはずだったのに。どうしてこうなった。
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