界渡り編

第114話 怜旺の戦いはこれからだ!

「こんなはずでは…」


 王国歴358年10月1日、僕は再び寮の自室で目が覚めた。当然、マロール領立学園のだ。


 僕はあれから何度も森人エルフの森に足を運び、界を渡った。万感の思いを込めて杖を振るった、人気ひとけのないオフィス。まさかその次の瞬間に僕が帰って来るなんて間抜けな姿、誰にも見られなくて良かった。


 最初は、楽勝だと思ったんだ。だって僕が書いたんだ、筋書きも、プログラムも。該当と思われる箇所を穴が開くほど読み返し、パッチを当てて、しつこいほど動作確認して。よし、問題なし!って、意気揚々と去るのだ。そしてその末、三年後にはきっちりと巻き戻る。なぜ。どうして。Why。


 もういい加減、スライムをすくうのは飽きた。魔道具作って、トンボ狩って、ネズミ狩って。だってそうだろう。国民的人気RPGでも、何周かやり込んだら飽きちゃうだろ。僕はこの辺のダンジョンは隠し部屋を含めて全て制覇し尽くしたし、レアアイテムだって伝説の武器防具だって取り尽くした。レベル100なんてあっという間だ。兄貴もお酒も先生もどうだっていい。とにかく、最速でレベルを上げて、リュカ様を連れてウルリカを訪ね、森人の森から界渡り。タイムアタックも、もはや縮めようがないところまで来てしまった。




 何が駄目なんだろう。もっと根本的なところなのか。


 そう思った僕は、もっと前の時点に跳ぶことにした。僕が今住んでいる世界、「ラブきゅん学園6シックス♡愛の諸国漫遊大作戦♡」これを一から書き直そう。


 お陰様で弊社Love & Kühnは、4作目「ラブきゅん学園4フォー♡愛の錬金術大作戦♡」のスマッシュヒットにより、かなり潤沢な資金を得た。潤沢といっても大手からすれば微々たるものだが、それまでプログラムはほとんど僕一人で書いていたのが、バイトを雇い、正社員も雇い、株式会社とは名ばかりの極小零細からほんのちょっと会社らしくなった。お陰様で、6シックスはオープンワールドのソシャゲという思い切った規模のゲームをリリースできたわけだ。


 もちろん弊害もある。一人で書いていれば、進行も問題点も全て完璧に把握できる。チームで書くならそうはいかない。これまでも、作画やボイスを外注したり、マーケティングやデバッグなど、あちこちと連携を取りながらゲーム作りを進めてきたものだが、プログラムを手分けするのは初めてだった。全て手探りの中、新人をフォローしたり、時には僕の方が教えられたりしながら。何度匙を投げそうになったか数えきれないけれど、その代わりに無事リリースに漕ぎ着けた時の達成感はひとしおだった。


 ———ひとしおだったんだけど。


 僕がこれだけパッチを当てて駄目なら、もう最初から一人で書いてしまえばいいんじゃないか。


 一応、ベースになる屋台骨と、ラシーヌを含むアーカートの部分は、僕が書いたんだ。勝手は分かってる。その他のパートは、他のライターとプログラマーがそれぞれ思い入れを込めて趣向を凝らしたものだけど、心苦しいが僕が一から書き直させてもらう。彼らの成果を台無しにするようで申し訳ないけど、仕様書や元のプログラムを出来るだけ忠実に再現するので、許してほしい。


 そういうわけで、僕はチームでゲームを開発するふりをして、秘密裏に他のパートまで全て自分で書いて、リリース前に挿げ替えるという暴挙に出た。悪いが、僕もループ脱出が賭かっている。背に腹は代えられない。


 今度はリリース後数ヶ月まで留まり、様子を見た。幸い、大手ゲームメーカーの大作リリースと被ることなく、6シックスは上々の滑り出しを見せた。大きなバグも見当たらず、軽微なものは折に触れて修正して。だってリリースするのもパッチを当てるのも、もう何度もやってる。今度の今度こそ、大丈夫なはず。




 からの、


「こんなはずでは…」


 僕は一からプログラムを書き直して来たんだぞ。隅から隅まで全部、自分の手で。これで駄目なら、一体何が駄目なんだ。


 いや、待てよ。一応数ヶ月様子を見たけど、もしかしたら自分でも気付かないところで大きなバグを抱えていたのかも知れない。もっと様子を見るべきだったか。それとも、季節ごとに追加されるイベントや新キャラに不具合が?一応、一年先の分まで用意して来たけど、心配は尽きない。僕は家を出て電車に乗ってから、鍵を掛けたかガスの元栓を締めたか気になるタイプだ。考えれば考えるほど、あれが悪かったのかこれが悪かったのか、ドツボに嵌まって仕方ない。


 考えるな。考えても仕方ないことを考えても仕方ない。それより、今度はもっと前まで戻って、企画の段階から練り直そう。きっとあるはず、突破口。


 僕は頬をぱちんと叩き、身支度を始めた。

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