第95話 社畜生活
「さあ、新年からはバリバリ働いてもらうぞ」
その言葉通り、僕は馬車馬のように働くこととなった。殿下とリュカ様は、平民が通うマロール領立学園の通常クラスに編入するわけには行かないので、ラクール先生が特別指導。僕の仕事は、ラクール先生の下請けというか、筆頭教諭としての仕事やら、彼の受け持つ他の授業やら、雑務の補助。とはいえ、やってることは2周目の職員室や「塔」でこき使われた時と同じ感じ。結構慣れている。そして僕が即戦力になると分かると、どんどん人使いが荒くなっていった。
しかし殿下のお付きのルネさんとレジスさんは、それぞれ殿下とリュカ様の従者をしながら同じ仕事をこなしている。流石王子付き、出来る男たちだ。僕を加えて3人体制でチーム。この社畜感が妙に心地良いなんて、前世の闇を感じる。
リュカ様は元々学問に秀でているので、殿下と一緒に高等部一年課程を受講しても全く問題ない。そして殿下ご自身も、特待生を抑えて主席を掴む程ではないが、優秀な方だ。一年、いや半年もすれば、高等部の課程は余裕で履修が完了するだろう、とのこと。
でも、彼らがわざわざマロールに留まるのは、それが本当の目的じゃない。
「リュカ君と君にも加わってもらうよ、いいね」
ずっと引っかかってたんだ。ラクール先生が、アーカートで大佐って呼ばれてたこと。殿下にも。
国土の北と西は峻厳な山脈に阻まれ、東は大海。内海で他国と密に接しているのは南。唯一、北と西の山脈の切れ目、隣国と繋がる街道が通っているのが、ここマロール。渓谷に沿った街道は細く、大軍の行軍は不可能だ。隣国側もこちら側も王都から遠く、人口も少なく、簡易な関所だけを設けた平和な国境地帯。マロールの住人は、みんなそういう認識でいる。
まあ、現実はそんなに甘くなかったわけだよね。
ここら一帯は、温暖で人が住みやすい地域。ということは、いくつもの強国が
いくら条約を結ぼうと、その気になれば開戦なんて簡単だ。クーデター、テロ、ちょっとした政治運動。敵対国で内乱を起こせば、平和なんて脆くも崩れ去る。一度戦争が始まってしまえば、どっちが約束を破ったとかどっちが先に仕掛けたとか、そんな些細なことはどうでもよくなってしまう。
マロールは、実質的な軍事要衝だ。学園は王国中に置かれているが、マロールの領立学園は中等部のみとはいえ、平民も無料で寮に入り、寝食を保証され、学ぶことができる。そして僕は、何度もループを繰り返したとはいえ、貴族学園に何の問題もなく編入出来た。それは、マロールが貴族学園と同等の高い水準の教育を施していたということ他ならない。僕も過去のループで国中を旅して、マロールの学園はあれで充実していたんだな、平和な領地だからかな、なんて呑気なことを考えていたが、それは違った。軍事的に必要だったからだ。
魔法学で実践的なレベルの底上げを担っていたのが、ラクール先生。「塔」でも相当な地位を持った実力者だ。彼がマロールに配置されているのは、実質的な抑止力のため。小規模な部隊なら、彼一人で焼き払うことが出来るだろう。そして、たくさんの種類が開講されている武術の授業。マロール領軍の規模はそれほどでもないが、有事となれば平民が皆武器を取って戦える。王族の中には、この北西街道や国内の治安を担う者がいて、今は王弟殿下、そして次代はリシャール殿下だということだ。
「この地に砦を築くことは、隣国との間に緊張状態をもたらすと考えられていたが、その気になれば短い期間で立派な城壁を設け、国威を示す。現在私たちは、そちらの方に舵を切ろうとしているところだ」
そのきっかけの1つが、マロール領内で敵対国からの扇動挑発の動きがあったこと。そして僕、ってことみたいだ。ちなみに扇動挑発とは、
「他国から強力なエージェントが送られ、領内外で精神操作の工作を行っていた」
とのこと。それってローズちゃんじゃないのか。
「ふふ。バラティエから、不審者の情報源は君だって聞いたよ?」
ああ、王の名代たる私の要求で聞き出したんだ。彼らを責めないでやってくれよ。リシャール殿下はそう付け足した。全員から刺さる視線が痛い。いや、そんな大事とは思わず、たまたま兄をどうにかしようと…。くそっ、誰も僕に耳を貸しやしない。
それにしても、年若いリュカ様が僕と同じようにこんなきな臭い仕事に巻き込まれて良かったんだろうか。
「リュカは
ほえー。思ったより熱いお家だったんだな。本家の連中はあんなだけど。
そんなこんなで、現在僕のやってる事と言えば、紛うことなき社畜だ。王子付きだから、公僕って言うべき?朝から晩まで馬車馬のように働かされる。しかし、土日の休みだけは死守だ。僕が動けるのは土日のみ。これまでループを繰り返して、確かに手札が増えたはずなのに、今ループが一番忙しくて活動がままならない。どうしてこうなった。
だがしかし、僕が手に入れた一番の切り札。それは転移だ。闇属性の転移スキルの取得条件、「レベル100、INT300、DEX300」はクリアした。聖句を仕込んだ魔道具も作った。後は秋津Maxを装備してアーカートまで一っ飛び。そして目立たない森の中、買収した空き家なんかの中にごく小ぶりな砦を建て、その座標をスキルに記憶。こうして夢の二重生活だ。
この世界で、未だ複数属性を持つ人に会ったことはない。とても残念に思う。なぜなら、風属性と闇属性のスキルを掛け合わせると、隠密行動に最適だからだ。風属性の
これまで最も危惧したのは、警備と結界だ。2周目、「塔」や王宮にはそれなりのセキュリティが巡らされていることを知った。そこで3周目、外側から貴族学園の中を探ろうとして失敗。ところが4周目、アーカートに留学して、魔法陣学から結界術を把握。仕組みさえ知ってしまえば、
ラシーヌの貴族学園は、物理的な人員配置でセキュリティを確保していた。一方、アーカート学園は「警備は各自ご自由に」方式だ。平民も貴族もごちゃまぜになって学ぶわけだから、一々綿密な警護なんてしていられない。もちろん、普通なら学園の中で他国の貴族が傷付こうもんなら国際問題に発展するが、アーカートでは最初に念書を書かされ、自国の威信にかけていくらでも従者を連れて来い、それを飲まないなら留学はまかりならん、というのが彼らの言い分。簡単なセキュリティチェックはあるが、実質ノーガードに等しい。
というわけで、アーカートで二年学んだ僕に死角はない。どこに何があって、何の授業にどの教諭が当たっているかなど、細密に把握している。何なら使われていない準備室の座標を把握して、自由に出入り出来るくらいだ。僕は、マロールに居ながらにして、週末はアーカートで隠密活動に勤しんだ。
そして、すぐに見つけた。ピンク頭の彼女を。
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