第92話 リシャール殿下参上

「君が土属性の国防活用を提言したアレクシ君だね」


 何故かマロール領立学園の応接室にましますリシャール殿下。同席するのは、表情のないリュカ様だ。そうそう、リュカ様は最初お会いした時はこんな感じだったな。だけど殿下、君にはもう会いたくなかった。


「お目にかかる光栄に浴し「ああそういうのはいいから、ざっくばらんに。僕らは同じ学園生だしね」


 はぁ。


「君は優秀なレポートをまとめ上げただけでなく、高度な土属性スキルを操り、実際に一瞬で城壁や砦を建てたそうじゃないか。その強度は既存のものといささかも遜色なく、ラクール大佐の大炎やヒュージファイアーボールを完璧に防いだとか。相違ないかな?」


「えっと…間違いございません」


 ああ。面倒事の香りしかしない。


「私からの依頼は3つある。1つ目は、同じことを私の目の前で再現すること。2つ目は、それが他の者にも可能なら、私と大佐の甥、リュカ・ラクールにも同じことが出来るように教授願いたい。3つ目、ひいては我が国の軍属の土属性魔導士にも。可能かな?」


 まずは1つ目。僕は訓練場で、ラクール先生と同じ場面を再現した。リシャール殿下とリュカ様、お供の従者たちは刮目かつもくしていたが、僕としてはリュカ様の死んだ魚のような目が活き活きと輝き出したのが嬉しい。そして2つ目。早速翌日から、僕らはパワーレベリングに出かけることにした。あんまり教えたくなかったけど、例の初級ダンジョンのトンボ部屋から。


「冒険者は通常、自分の飯の種は明かさないものです。今回は特別ですので」


 そう言って、僕はトンボに向けて散弾銃ショットガンの杖を振るった。背後では「詠唱が」とか「聖句が」とか言ってるけど、そっからなのか。もう。




「大地におわす豊穣の女神よ、捧げしマナと引き換えに我が願いを聞き入れ給え。幾多の小さき石よ、飛翔せよ、敵を打ち砕け、散弾銃ショットガン


「幾多の小さき石よ、飛翔せよ、敵を打ち砕け、散弾銃ショットガン


小複数マルチプルスモールストーンフライヒット散弾銃ショットガン


散弾銃ショットガン


散弾銃フュジル


散弾銃シュロートフリンテ


 フル聖句、修飾句抜き、聖句のみ、スキル名、自国語、隣国語、そして無詠唱。


「冒険者は詠唱の素早さが生死を分けます。聖句のみで発動するなら、それすら省略しても発動するのではないか。試みる者がいてもおかしくないでしょう」


 今回ダンジョンアタックに着いて来たのは、ラクール先生、殿下、リュカ様、そして殿下の従者一名。他は遠慮してもらった。論文なり何なり好きに研究してもらえばいいけど、これ以上の説明はしない。それより周回だ。入る、放つ、出る。入る、放つ、出る。今回は、コインも羽も後でまとめて拾うことにした。インベントリで一気に回収出来ることは、最重要機密だ。


 初めてなので、小一時間で一度休憩。5人で按分あんぶんされるとはいえ、まだレベル1の殿下とリュカ様にとっては、そこそこの経験となったはずだ。お二人ともレベルが上がって散弾銃ショットガンを習得されたようで、壁に向けて放っている。まだINTちりょくが不足しているので、パラパラと数個飛んでいくだけだけど。


 今更だけど、僕はレベリングの重要性を唱えた。強くなるためには、強い敵に命懸けで立ち向かう。それはこの世界の冒険者の一般的な考え方で、間違ってはいない。レベルが上がると必要経験値が跳ね上がり、弱い敵をいくら倒しても強くならないという感覚に陥る。だけど、実際は弱いモンスターでも経験値は手に入る。自分の属性が有利なモンスターが大量湧きするポイントを選び、ひたすら倒す。ともすれば退屈な作業だが、土属性の強みは辛抱強くコツコツと経験を積むのを厭わないこと。


「風属性、大量湧き、複数または全体攻撃スキル。これが強さの秘密です」


「なるほど…!」


 迷宮の中でフォートを建て、石造りのテーブルセットで王族と一緒にお茶をすする。こんなシュールな光景、一ヶ月前に予想しただろうか。幸い、ラクール先生とリシャール殿下を巻き込んだお陰で、これらは特別授業扱いにしてもらっている。学園公認でパワーレベリングに来られたのは有り難い。


 初日は半日で解散。コインは山分け、その代わり羽は全て頂いた。最初はコインも遠慮されたけど、次回以降の冒険の支度金ということで押し付けた。金銭の授受が発生すると、まるで雇用関係のようになって無理難題を断り辛くなる。まあ、教師と王族相手なので、既に断り辛いんだけど。




 そして翌々日には、プレオベールに向かう馬車の中にいた。


 確かに帰り際、「ゆくゆくは上級ダンジョンでレベリングを」と説明した。そしたら「じゃあ早速明後日から」って話になった。何故なのか。


「はっはっは!まさか軍を離れてマロールに赴任してから、このように腕が上がるとは!」


「頼もしい限りだな、大佐」


 圧の強い先生と、鷹揚な殿下。馬車の中が暑苦しくてたまらない。僕は御者席に移動して、従者さんの隣でひたすらストーンウォールで石畳を敷いていた。時折背後に視線を感じると、客席ヴァゴンの中からリュカ様がキラキラお目目でこちらを覗いている。


「アレクシ…君は、すごいね」


 休憩時間、ラクール先生の背後から、ちょっとはにかんで声を掛けて来るリュカ様、可愛い。前ループ、アーカートでどんどん冷たくなって行く彼を思い出して、胸が痛い。今度はもっと裏から手を回して上手くやろう。そしてリュカ様に失望されない男になる。うん。

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