第84話 マロールに帰省(1)

 マロールに帰ったら、まず最初にやること。


「母さんただいま」


「あらアレクシ、お帰り。そちらは?」


「紹介するね。僕の雇用主、ラクール伯爵家ご次男のリュカ様だよ」


「リュカ・ラクールです。初めまして」


「ヒッ!!!」




 そこから実家の商会が、上へ下への大騒ぎ。とりあえず一番奥のVIP商談室に案内された。両親のカップがカチャカチャ言っている。


「お、お初にお目に掛かります閣下。私共は」


「畏まらないで下さい、ご両親。伯爵家とはいえ次男ですから」


「は、ははーッ!」


 何だか出来の悪い時代劇を見ているようだ。うちだって、伊達にお貴族様相手に商売はしていないはずなのに。だけど、いつも商会に来るのはお遣いの人で、お貴族様ご本人に面会するのは、献上品を持って行く時だけだ。いずれお兄さんが伯爵家を継がれたら平民になるから、っておっしゃるけど、今は貴族の子息に違いない。まあ、DOGEZAっぽくなっちゃうのは仕方ないよね。僕はその辺、感覚が麻痺しているようだ。


「頭を上げてください。アレクシにはいつも、家族同然にお世話になっています。こちらこそ末長く、どうぞよろしく」


「えっ、末長っ…?」


「えっとそれから、リシャール殿下から手紙を預かってるよ」


「リシャ?え?」


「アレクシは第三王子殿下にも覚えがめでたいんですよ。ね、アレクシ」


 なぜかリュカ様が誇らしげだ。そして両親が失神寸前になっている。




 応接セットでちんまりと行儀良く座っているリュカ様を母に任せ、手洗いに行くふりをして父と退出する。


「おまっ、貴族学園に行くとは聞いたがご本人を連れて来るたぁ!」


「仕方ないだろ、来たいって言うんだもの」


「とにかく、火酒はこっちでも順調だ。オーリも元気にやってる。それからバラティエからも礼をもらってるが、あっちの坊ちゃんがお前に会いたいそうだぞ」


「うん、ブリュノね。僕の方にも手紙が来てた」


「お前、今夜どうすんだ。伯爵家のお坊ちゃんなんてウチには」


「大丈夫。ブリュノんとこにお世話になるから」


「ああ、それがいい。じゃ、元気でな」


 父も母も、僕を追い出したくて仕方ないみたいだ。さっさとおいとましよう。僕らはとっとと実家を退出した。滞在時間は20分ほど。


「アレクシのご両親は忙しいんだね」


「あ、はい。いつもあんな感じで」


 いつもはあんな感じではないが、そういうことにしておこう。彼らの寿命が縮んでしまう。ちなみに、後からリシャール殿下の手紙を読んだ両親からは、「養子に迎えたいって書いてあるんだけど!」とぐちゃぐちゃの字で手紙が届いていた。王都に帰ってからそれを知り、殿下には改めて辞退しておいた。




 マロールに来たら、案内したいところはたくさんあった。スライムの魔石も補充しておきたいし、トンボの羽もまだまだ欲しい。だけどまずは、領立学園のラクール先生だ。


「おお、来たか!リュカ」


「叔父上もお変わりなく」


 つい半年前まで通っていた母校。守衛さんは僕のことを覚えてくれていて、職員室まで通してくれた。夏休み中も、先生たちはお仕事。首席教諭のラクール先生は、相変わらず暑苦しくて圧が凄い。


「そうかそうか。アレクシ君は上手くやっているか」


「はい叔父上。アレクシを推薦して下さって、ありがとうございました」


 リュカ様はラクール伯爵家では冷遇されていたみたいだけど、ラクール先生とは仲が良いようだ。


「ところで、王都で土属性が名を上げているというのは、お前たちのことか?」


「はい叔父上。アレクシが土属性の生徒をダンジョンに引率して、皆を育て上げました」


「ちょっ、そんな大袈裟なっ」


 おい、口が堅いのが持ち味だったじゃないかリュカ君!叔父上には話してしまうのかい。


「ほほう。二年に上がって急に卒業したいと言い出したのは、そういうことだったのか」


「はい叔父上。アレクシは優れた冒険者であり、僕の師です!」


「やめてっ!」


 ヤバい、タメ口になっちゃった。


「ふむ。その手腕、こちらでも発揮してもらいたかったものだが。しかしリュカがこうして元気な姿を見せてくれて、私は幸せに思うぞ」


 ラクール先生によると、土属性のダンジョンアタックブームは、マロールにもぼちぼち上陸しそうな勢いらしい。生徒の中にも、ちょくちょくパーティーを組んで小遣い稼ぎに出かける者が増えて来たそうだ。


「土属性の有用性は大したものだな。より練度を上げて国防に活用すれば、頼もしいことこの上ないのだが」


 そうなのだ。土属性の強みは、戦う前から敷く盤石な備え。頑丈な城砦シタデル、分厚い城壁。街道には石畳を敷き、兵の移動や兵站のスピードアップ。万一敵が攻めて来ようものなら、ランドスケイプであらかじめ地面を泥沼にしておいたり、トラップの敷設ふせつや地震を起こしたりすることも出来る。


「やっぱり土属性にはロマンがありますよね!」


「…アレクシ君。それらを一度まとめて、レポートを提出したまえ」


「えっ」


 学園を卒業したのに、課題を出された。なぜなのか。

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