第83話 ブートキャンプの裏側で

 少し話は巻き戻るけど、4月から後期の授業。5月の終わりには、中間試験と学園祭。6月からは後期後半、そして7月8月と長い夏休みを挟んで、9月に期末試験。三年は卒業試験だ。そして、卒業パーティー。何か起こるとしたらここだろう。まだ今ループは一年目だから、二年後のことだけど。焦る時間じゃない。だけど、忙しさに流されて、ちっとも解決の目処は立っていない。


 学園祭は盛況に終わった。同時に、裏で起こっていた不正会計問題も。


「うん。君たちは、少し計算ミスをしただけなんだね?」


「え、ええそうです!前期、前々期の慣例に従った結果…」


「今期ミスが見つかって良かったね。来期からは気をつけるようにね」


 リシャール殿下はニッコニコだ。こうして掠め取られた予算は、恐らく慣例的に生徒たちの「お小遣い」になったり、何らかの「工作」に使われていたのだろう。単位が足りないとか、門限を見逃してもらえるとか。しかし、締め付け過ぎも良くない。


「今期は「支援事務局」のお陰で、催し物の建築予算が大幅に圧縮された。飲食店への支払いも削減されたことだし、各サークルの懇親会費用として分配しよう」


 殿下は、これまで彼らのポケットに収められていたであろう資金を、表立って公正に分配した。こうして、懐を潤していた生徒たちは胸を撫で下ろした。しかし、存在しないはずだった裏金が表に出て、生徒会に管理されることになってしまった。殿下は予算という名の首輪を付けたことになる。




 出店した飲食店の話について、もう一つ。昨年末に退職したカバネル先生が、クララックで酒造事業を興し、未だ少量生産ながら、ちらほらと流通が始まった。カバネル先生は僕に配慮する形で、シャルロワ侯爵の賛助を得て、王都初の試飲会を学園祭で開催してくれた。珍しいお酒がお披露目されるとあって、近隣のOBがこぞって詰めかけ、学園祭は例年以上の盛り上がりを見せた。


 そこで満を持して登場したのが、救荒作物を使ったレシピの数々。ブリュノが顔を繋いでくれた王都の飲食店が、本番までにレシピをブラッシュアップして、こぞって出品してくれた。さすがプロ、日本で食べたのとは違うアレンジのものもあったけど、想像したよりずっと美味しかった。


 カバネル先生は僕を見つけると、繰り返し感謝してくれた。隣には盛装したカロルさんが、眩いばかりの笑顔を輝かせていた。こうしていると、とてもあのモーニングスターをブン回してヒャッハーするジャンキーには見えない。酒造業も彼らの結婚も、一年前倒しだ。幸せそうで本当に良かった。


 なお、宴もたけなわになった頃、会場の片隅で聴き慣れた高笑いが聞こえたが、「控え室まで!」という声が聞こえたので、大事なかったと信じたい。酒造業の旦那に酒乱の若奥様。頑張れカバネル先生。




 そんなこんなで、後期の前半も瞬く間に過ぎ去り、中間試験も無事首席通過。7月の半ばからは、夏休みだ。


「やっと王都から脱出出来るよ…」


 リュカ様はちょっとげんなりしている。あの模擬戦からこちら、周囲の手のひら返しがひどい。更に学園祭で土属性株が爆上がりして、リュカ様のみならず土属性の生徒全体が困惑している。これまで一通たりとて届いたことのない縁談が山のように降りかかり、他校の生徒やメイドなど、各方面からのアプローチが絶えない。中にはハニートラップにフラフラと掛かりそうになる同胞と励まし合いながら、日々恐々きょうきょうと過ごす土属性たち。彼らは基本奥手で慎重だ。変なのに引っかからず、幸せを掴んでもらいたい。


 そのリュカ様だけど、学園初日に見た嫌味な令嬢。彼女は伯爵家の一人娘で、次期女伯爵なのだそうだが、彼女が上から目線でしつこく婿入りを迫っているのだそうだ。彼女だけじゃない。あちこちの子弟から、「僕の妹はどうだろう」「従姉妹は」なんて追い回されているらしい。こないだまでは、「ラクールのみそっかす」「ルイゾン様の出涸らし」なんて散々陰口を叩いていた癖に。貴族って恐ろしい。


 そういう僕にも、C組内外から縁談がガンガン届いている。しかし僕は「心に決めた人がいるから」って全部断っている。こういう時、平民はいいよね。家同士のパワーバランスが、とか考えなくていい。もちろん、商会を継いだりするなら、それなりのお家同士の政略結婚もあるけど。次男って気楽でだ。リュカ様には時々、


「決めた人って誰」


 なんて詰め寄られたりするけど、今の僕がそれを口外するわけには行かない。なんせ今ループでは、ウルリカと面識すらないのだ。「ずっと年上の、憧れてる人がいるってだけだよ」とお茶を濁している。年上にも程があるけれど。


 話が逸れたけど、僕らは夏休みの間、何かとしがらみの多い王都を発って、今度こそリュカ様をマロールに案内することに決めた。




 マロールまでは、秋津Max装備でひとっ飛び。僕は靴とタリスマン、彼はタリスマン2個。とはいえ、結構距離があるので、途中あちこちのダンジョンに立ち寄りながら、塔を建てて休憩。下手な宿よりよっぽど快適だ。


 リュカ様には、どんどん隠し事が無くなっている。僕が大量の持ち物をどこに仕舞っているのか、どうして他の属性のスキルも扱えるのか、そしてどうしてスキルごとに杖を持ち替えるのか。彼は敢えて詮索しない。そして、誰にも漏らさない。


 僕はずるい大人だ。家庭内でも学園内でも孤立している彼なら、僕の秘密をそうそう漏らすことはないと計算していた部分もある。だけど彼は、従者という立場の僕を、師と仰ぎ、友達のように兄のように慕ってくれ、尊重してくれる。今や僕の中でも、彼は兄や両親よりも親しい、———そうだな。もしかしたら、ウルリカよりも身近な存在かも知れない。


 こうして二人でダンジョンを回っていると、何の手がかりも得られないまま国中を彷徨さまよっていた前ループの苦労は、この時のためにあったんじゃないかと思う。リュカ様にいろんなダンジョンを案内し、いろんなモンスターを攻略しながら、欲しかった素材を集めつつ。僕らはのんびりとマロールを目指した。

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