第80話 土属性ブートキャンプ(1)

 さて、春休みももうすぐ終わってしまう。生徒会は平日の午前中だけ、土日は外泊届を出してダンジョン。じゃあ平日の午後は何をしていたかというと———


「リュカ様!アレクシ君!君たちの強さの秘訣を教えてくれないか!」


 模擬戦の後、B組土属性同盟(僕が勝手に名付けた)が、僕らの寮室に詰めかけて来た。まあ、そうなるだろうね。


「お互い、どんなスキルや切り札を持っているかは、詮索無用。それが冒険者のマナーだよ」


 リュカ様は冷たく言い放つ。それ、僕が教えたことだ。だけど、彼らがそれに納得するはずもなく。


「冒険者!君たちは冒険者活動を?」


「一体そのノウハウはどこから!」


「ヒントだけでもどうか!」


 彼らは彼らで必死だ。だって学園を卒業したら、今よりもっと厳しい貴族社会で生きて行かなきゃいけない。土属性の生活の厳しさは、マロールのカバネル先生と後任の先生でよく知っている。カバネル先生は、あれでものすごく恵まれた方だったのだ。貴族に生まれ、学園を出たのに、生活するのもやっと。土属性は皆、辛酸を舐めている。


 職業的には底辺と言われる冒険者。大半の者は、身の危険をおかしながらのその日暮らし。成り上がる者は、たった一握り。だけどいざという時に、生き延びる選択肢はあったほうがいい。これまでリュカ様や僕を温かく受け入れてくれた恩義もある。うん。春休みの平日の午後だけ、という約束で、僕らは彼らを連れて、人気の初級ダンジョンへやって来た。




 まずは土属性同盟の全員を冒険者ギルドに連れて行き、冒険者登録。乗合馬車に揺られてダンジョンへ。最初リュカ様を連れて来た時のように、みんなワクワクしている。


「これが癒し草ゲリゾン。それからあっちに見えてるのが、解毒草デザントキシキャシオン。第二層以降、状態異常軽減の治療草ルメッド、精神異常を治す鎮静草セレニテなどが採取出来ます」


「これが…」


 ほとんどの生徒にとって、本物を見るのは初めてだ。彼らは夢中になって眺めている。よしよし、掴みはオッケーだ。


「そしてそこの水辺に、スライムがおります。リュカ様」


スモールストーンフライヒット石礫ストーンバレット


 つまらなさそうについて来たリュカ様だけど、みんなの前で短縮詠唱の石礫を披露して、ちょっと得意げだ。水たまりがブルブル震えたかと思うと、水底に砕けた核とコインが沈んだ。


「それですよ、リュカ様。その短縮詠唱は、どのように」


「どのようにって、論文に書いてあった通りだよ。詠唱句については、各流派によって微妙に異なるけど、一様いちように効果は出る。なら、最低限の聖句があれば発動すると考えてもおかしくない。要はイメージだよ。現に僕がやって見せたのだから、可能だってことだ」


「ならば皆さん。せっかくなので、ここで練習して行かれませんか」


 そういうわけで、僕らは適当な水たまりを探し、石礫ストーンバレットを習得している者は、順次石礫を唱えて行った。大体みんな、ひょろひょろと小石が飛んで行くだけだけど、水中でほとんど動かないスライムには当たりやすい。そして、何発か当たるとコインに変わる。「石礫でも倒せるんだ!」と分かれば、冒険って楽しいものだ。




 一方、石礫の代わりにロックウォールを覚えている生徒もいる。彼らにもまた、リュカ様がお手本を見せてあげる。


スモールソイルフォート、トーチカ」


 地面がモリモリッと盛り上がり、瞬く間に土のかまくらが出現する。


「こ、これは魔導書で見た…」


「リュカ様、まさかこのようなスキルまで…!」


「先日の模擬戦、リュカ様が圧勝されたのも納得です!」


 口々に褒められ、クールを装うリュカ様の口の端がプルプルしている。可愛い。


「修練を積めば、いずれロックウォールもこのように使えるようになります」


「なるほど、修練が大事なのですね!」


「一流の冒険者や「塔」の軍属魔導士たちが、一般人からかけ離れた能力を発揮するのは、このような実践経験を積んでいるからだと推測する。みんなも、ここに来た時よりも石礫やマッドウォールが強くなっているだろう」


 レベル1から2に上がると、INTちりょくの値が倍増する。同じスキルでも、飛んで行く石の数が変わったり、壁が厚く大きくなったりするものだ。




 後は、土属性スキルに見切りを付けて、武術スキルを選んだ者たち。しかし彼らは、残念ながらPOWちからの値が足らず、未だスキルを取れていない者ばかり。高等部三年になると、学園の訓練用ダンジョンで集中ダンジョン実習があるから、大体貴族学園出身者は冒険者レベル5で卒業することになるんだけど、POWへの振り分けが弱い生徒は、レベル5でもなかなか取得が難しいどころか、INTちりょく極振りだと最後まで取れない可能性もある。


「ここでしばらく修練を続けておけば、剣術スキルも取得できると思うのですが」


「いや、いい!僕はロックウォールを取る!」


「僕もだ!」


 かくして武術スキル選択者は、皆ロックウォールに転向した。そして石礫派も同様、翌日には図書館で魔導書を読み込み、全員ロックウォールを取って来た。ちょ、ダメじゃん。みんな守りばっかやってたら、ダンジョンアタック出来ないってば。

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