第50話 ハニトラパニック

 しかしそうは言っても、相手は貴族。表立って縁談を持って来ることは少なくなったものの、僕の家には断続的に刺客が送られて来る。


「あのう、本日お掃除に伺いました、クロエと申します…」


 僕も辛うじて一通りの家事は出来るけど、子爵家から週三日、ハウスキーピングのメイドさんが送られて来る。しかし最初は、メイド頭のコリンヌさんであったり、副料理長であったり、子爵邸で何度も顔を合わせたベテランが来てくれていたのが、最近あからさまにハニートラップ要員にげ変わっている。


「えっとその、ありがとうございます。前の方から聞いてるとは思いますが、そっちの部屋には入らないで。鍵掛けてありますけど、くれぐれもよろしくお願いします」


 僕は最低限のことを告げて、そそくさと隣のウルリカの工房に出勤する。のだけど。


「———ご主人様。本日の夕餉ゆうげは、いかがなさいますか?」


 彼女は上目遣いで、腕に擦り寄って来る。こないだまでは、セレスティーヌさんっていう、ゴージャスなブロンドとメロンのようなふわふわおっぱいのお姉さんが、同じようにしていた。しかし僕が彼女になびかないとなるや、今度はブルネットでお淑やかな少女だ。何て言うの?スクールカーストの頂点ギャルの次は、図書委員属性みたいな。どっちも美女なんだけど、僕みたいな凡庸陰キャ(それなりに小綺麗にはしてるけど)、モテるわけないじゃん。


「あー、夜遅くは危ないから、暗くなる前におやしきに帰って下さいね。お迎え、来られるんですよね?」


「いいえご主人様、私がお背中をお流しするように仰せつかっております…」


「お背中!」


 控えめだけど柔らかいそこをムニュッと押し付けられて、僕はまんまと翻弄される。こういう時、どうすればいいの。強引に振り解くわけにも行かないし、かといって相手がハニトラ要員であっても恥をかかせるわけには…


「何をしておる」


 玄関で問答していると、ウルリカがやって来た。


「お、オルドリシュカ師、ご機嫌うるわしゅう」


「うむ、苦しゅうない。して、我が夫に何用ぞえ?」


「うぇっ」


 クロエちゃんが離れてくれたのは嬉しいが、今度はウルリカが反対側の腕を取る。僕が狼狽うろたえていると、(合わせんかい!)と小声でげきが飛ぶ。


「有能なアレクシに虫が付くのは仕方ないがのう、これ以上余計な手出しをするなら我らにも考えがあると、お主の主人あるじに伝えよ。———さ、行くぞダーリン♪」


「ダ…ああ、ウ、ウルリカ。ではクロエさん、よろしく…」


 僕は腕を取られたまま、工房に連行された。




「はぁ。お主がそんなじゃから、ああいうやからが送られて来るんじゃ」


面目次第めんぼくしだいもございません」


「じゃがまあ、17の童貞おぼこなら、仕方ないかのう…」


 童貞じゃないし。今世はまだだけど。僕がムスッとしていると、ウルリカはニヤニヤしながら顔を覗き込んで来る。


「ああいう時、口吸いの一つでも見せつけてやればいいんじゃ」


「吸いません!女の子がそういうこと言うな!」


「おお怖」


 彼女はケラケラと笑いながら身体を離す。しかし、


「口吸いは冗談じゃが、彼奴きゃつらへの仕置きは必要じゃ。———どうじゃ、出て見んかえ、領外へ」


 その一言で、僕らの冬の予定は決まった。




「おおお!速い速い!」


 ウルリカはヒャッハーしている。僕らはクロエさんが立ち去った後、深夜になるまで待ってから、工房を後にした。秋津Maxを装備しての飛翔フライスキルの実験は、これまでにも何度か行って来たけど、これで遠出をするのは初めてだ。しかし曲芸飛行はやめてくれ。万一秋津装備が外れたら、つつ、墜落しちゃうかもだし…ッ!


 そんな僕の今のステータスは、こんな感じ。




名前 アレクシ・アペール

種族 ヒューマン

称号 アペール商会令息

レベル 83


HP 2,000

MP 3,000

POW 200

INT 300

AGI 130

DEX 200


属性 土


スキル

+石礫ストーンバレットLv4

+ゴーレム作成LvMax

+槍術Lv1


(ランドスケイプ)

(ロックウォール)

(身体強化)


E 秋津のナイフ+Max

E 火鼠の皮衣+Max

E 秋津のブーツ+Max

E コバルトヤドクガエルのマント+Max


ステータスポイント 残り 0

スキルポイント 残り 170




 トンボ以外に大量在庫を抱えるのは、マロールの中級ダンジョンのコバルトヤドクガエルの舌、そして上級ダンジョンのファイアラットの尻尾。中級ダンジョンは、前ループでいきなり脚をアシッドフロッグの酸にやられたところ。バッドステータス攻撃を持つ両生類ばっかりのダンジョンで、モンスターハウスは、大量の毒蛙に襲われる悪夢の部屋だ。そして獣系モンスターの上級ダンジョンでは、ファイアラットという火を吹くネズミ。普通、獣系モンスターは属性に関わらず火属性が弱点な奴が多いから、コイツは引っ掛け問題。素早いネズミにあっという間に取り囲まれて、丸焼きにされるヤツ。まあ、どっちも魔道具で美味しく狩らせて頂きましたけども。


 というわけで、防寒対策に革のジャケットにファイアラットで付与エンチャントしたら、火鼠の皮衣という名称になった。月に送られそうだ。カエルの方はマントに。防毒性能と美しいコバルトブルーが魅力なんだけど、冬にヒンヤリ感はちょっと困るので、体の外側に。そしてブーツも秋津で。ナイフがポロッと落ちちゃって、墜落でもしようもんならと思うと、怖くて仕方ない。保険だ。


 以前から二人で、手持ち以外の素材を集めて、新しいエンチャントを試そうと話し合っていた。しかし、普段なら農閑期のクララックが、酒造事業で村おこしに燃えている。何かと忙しそうだから、手伝えることでもあればと領に残っていたのだ。だけどそれを、ハニートラップの好機と捉えられてはたまらない。僕らは婚前旅行というていで書き置きを残し、ちょっとだけ家出しようということとなった。これでもう、縁談は懲りてくれればいいんだけど。


「ほらほら、置いてくぞえ!」


 月明かりの下、キャッキャとはしゃぎながら空を駆けるウルリカ。僕は不覚にも、ちょっとドキッとしてしまった。

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