第23話 2周目の冬休み

 さて、論文も提出したことだし、僕も先生方の下働きからはお役御免だ。


 そう思っていた時期が、僕にもありました。


「アレクシ君、次の職員会議だが」


「あっはい、資料はこちらに」


 あっれぇ?何で僕、職員室を走り回ってんの。しかも予備のデスクまで宛てがわれて。あれから僕は、なぜかインターンみたいな感じで、放課後は職員室に入り浸っている。カバネル先生も、花壇近くの研究室と職員室とを往復して、忙しそうだ。無詠唱の研究で、「塔」の魔術師にざまあするのに巻き込んじゃった負い目もあるから、彼の仕事を手伝う分にはやぶさかじゃないんだけど、どっちかっていうと今、僕はラクール先生以下、職員室の便利屋みたいにき使われている。


 そんな中、前期の中間試験も行われた訳だけど、やはりほぼ満点の首席に輝いた。しかし他の生徒たちからは、「先生に媚を売って」とか、陰口を叩かれる始末。カミーユ先輩とか、一部の生徒は分かってくれているとはいえ、かつての仲間だった奴らが好き勝手言ってるのは、ちょっと凹む。確かに、経済研究会からいきなり農業研究会に鞍替えして、しかもカバネル先生と一緒に論文を出したなんてことになれば、そういうやっかみを受けるのは、ある程度予測はしていたけども。




 更に悪いことに、成績を張り出された翌日。実家に帰ると。


「無断で冒険者の真似事をした挙句、魔法の研究とは何事だ」


 前ループでは成績が上がったと喜んでくれた両親が、カンカンになっていた。防具屋の親父さんが、装備を買ったその日に中級ダンジョンでブーツがやられたのを、こっそり告げ口したらしい。これは心配して言ってくれているのだから、仕方ない。僕もちょっと迂闊だった。


 だけど困ったのは、ラクール先生だ。知らない間に実家を訪ねて、僕を「塔」に推薦するからって、勝手にあれこれ手続きを進めていたそうだ。


 僕が高等部に進学させてもらったのは、実家のアペール商会に就職して、兄の補佐を務めるため。前回は「冒険者になって護衛で商会を支えたい」という理屈で通したが、今回は先生が「お子さんが学者になれるなんて嬉しいでしょう」っていきなりカチ込んで来たんだもんな。しかも相手は貴族の子弟、無下に出来ない。僕は「何とか断るから」と再三侘びたが、聞き入れられず。冬休みの間は、実家でガッツリ商売のイロハを叩き込まれることとなってしまった。


 なお、兄は両親の背後で、嫌らしい顔で笑っていた。そういうとこだぞ。彼さえしっかりしてくれれば、僕はこんな目に遭わなくて済むのに。僕に家督を奪われたくなくて嫌がらせをするくらいなら、真面目に仕事に打ち込むべきだと思うんだけど。




 両親からは、倉庫の整理を言い渡された。お仕置き的な意味合いもあるのだろう。残念ながら、倉庫の整理も帳簿の整理も、これまでのループで散々やっている。手慣れたものだ。


 しかし前ループで日本人の前世を思い出して、改めてこの倉庫を見渡してみると、管理の甘さにびっくりする。前回は、実家の手伝いを免れたから気にならなかったが、在庫量も目分量、価格もざっくりと記憶頼り。無くなりそうになったら仕入れる。これで、領都ではやり手の大店おおだななんだから、びっくりする。


 在庫管理、月末、期末、地獄の棚卸し。倉庫業務は懲罰的な閑職というイメージがあるが、庶務会計を舐めんなよって話だ。とりあえず過去の帳簿を持って来て、在庫と突き合わせながら、品名、価格、最低在庫数、入荷基準単位などを木片に書き込んで整理して行く。古い在庫は手前に、新しい在庫が入荷したら奥に。幸い、うちは消費期限が短いものは取り扱っていないが、古いものはやはり流行遅れで陳腐化していたり、埃を被っていたりする。


 なっとらん!ああ、なっとらん!仕事が山積みだ!


 最初は僕を倉庫に缶詰にして、二日も経てば音を上げるだろうと踏んでいた両親も、僕が朝から晩まで鬼のように仕事をしているのを逆に心配して、「そろそろ仕事を切り上げては」なんて呼びに来る始末。甘過ぎる。こんなドンブリ勘定で、小売業など営めるか。


 そうして僕は、毎日倉庫に籠もった。聖節祭も新年祭もくそくらえだ。店を閉め、従業員が皆帰省している今がチャンス。在庫が動かぬうちに、徹底的に洗い出して、整理してやる。


 やがて母が泣き出し、父が僕を説得にかかり、兄が不気味そうに見守る中、鬼気迫る僕が猛然と倉庫整理を続けて、約一週間。突然脳裏にファンファーレが鳴り、小ウィンドウがポップアップした。




===


スキル「鑑定」を習得しました


===




「はぁっ?!」


 急に奇声を上げる僕に、見守る家族がビクゥッ!となっている。いや、僕もびっくりした。まさかこんなところで、異世界人気スキルトップ3に入る鑑定をゲット出来るなんて。僕は在庫整理の手を止めて、いそいそとステータス画面をタップした。




===


 鑑定。1,000種類のアイテムを精査鑑定すると取得。


===




 なるほど。この倉庫にはおびただしい種類の商品が詰め込まれているから、鑑定スキルを得るにはうってつけだ。目利きの商人って、こうやって育成されるんだな。使用方法は、対象に視点を合わせて「鑑定」と口に出すか、念じる。もしくは、自動鑑定をオンにする。


「おおう!」


 自動鑑定をオンにすると、視界が全てポップアップウィンドウで埋め尽くされた。僕は慌てて、自動鑑定を簡易鑑定に切り替える。すると、視線を遣ったものだけ、簡単なウィンドウがポップするようになった。


 急に座り込んで虚空を指差し、奇声を上げながら周囲を見回す僕を、両親はガタガタと震えながら見守っていたが、僕が一通り試運転を終えて満面の笑みを送ると、いよいよ絶望的な表情をしていた。しかし、倉庫の整理があらかた終わって成果を披露すると、ほっとした様子で喜んでいた。




 改めて、僕は両親に、家業をないがしろにするつもりはないと話した。だけど、今回学園で巻き込まれた魔法の研究については(本当は僕が周りを巻き込んだんだけど)、相手が貴族なため、勧誘は断れないかも知れない。だから、僕の出来る範囲で商会に貢献したいと説明した。


 彼らも分かっている。平民が貴族を相手にして、何を申し入れても無駄だということを。中にはこちらの意思を汲んで尊重してくれる善良な貴族もいるが、それはほんの一握りだ。僕がラクール先生や学園長のスカウトをかわせる、かわせないに関わらず、休みの度には実家に足を運び、手伝うことを約束した。


 だって、帳簿もザルでいい加減なんだ。こっちは税金なんかもドンブリ勘定なのかも知れないけど、前世の会計魂に火が点いてしまった。まだだ。まだ終わらんよ。次は夏休みだ。

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